BATTLE
ROYALE
〜 The Gatekeeper 〜
第70話〜『減少』
蜷川悠斗(男子13番)の亡骸が眠るF−7エリアより南――H−7エリア。目の前には海洋博物館があるようだが、この雨のせいではっきりとは見えない。
その海洋博物館の前の道を、阪田雪乃(女子5番)は南へと下っていた。傍らには、井本直美(女子1番)の姿もある。直美はずっと俯いたままで、先ほどから一言も口を利かない。その眼は、泣き腫らして赤くなっている。
少し前、雪乃たちは悠斗の死を見届けた。誰が彼を手に掛けたのかは分からない。だが、雪乃はその人物を到底許せる気がしなかった。
雪乃は、隣の直美を見やる。直美は、相変わらず俯いたままだ。
直美は、悠斗と距離を置いたことを後悔していた。その直美から、やり直す機会を永遠に奪ったことは絶対に許すことはできない。そんな思いが雪乃の心を占めていく。
直美と悠斗が付き合い始めたことを直美自身の口から聞きだしたとき、雪乃は喜んだ。雪乃自身の目から見ても、二人はお似合いだと、そう思っていた。しかし、同時に複雑な思いもあった。
雪乃が悠斗のことを知ったのは、中学の時だ。
中学に入ってから仲良くなった直美と一緒に帰ろうと、彼女が部活をしている体育館に行った時。その時に、雪乃は悠斗と出会った。同じ体育館で練習をしている、彼の姿に雪乃は一瞬で惹かれていた。
初めて、異性を意識した瞬間だった。その思いは日毎に募っていき、たびたび体育館に足を運んだ。
それだけに、悠斗が直美と一緒に帰っている姿を目撃した時は酷くショックを受けたものだった。だが、雪乃はすぐに心を切り替えた。
――直美も、彼も……楽しそう。私の出る幕じゃ、ないな――。
雪乃は、悠斗への思いを自分の心の内だけに秘めることを誓った。それ以来、雪乃は常に二人の仲を応援してきた。直美から何か相談を受ければ、必ず相談に乗ってきた。この気持ちは、誰にだって話したことはない。そんなことをすれば、直美との関係は気まずくなってしまうだろう。そんなことは雪乃の望むところではない。
だからこそ、直美と悠斗がうまくいくことだけを雪乃は願っていた。しかしある日、彼女は言ったのだ。
悠斗と、距離を置きたい、と。
どういった理由なのか、雪乃は聞いた。だが、直美ははっきりとは理由を言わなかった。そのことに、雪乃は怒りを覚えた。
――何のために、私はこの気持ちを諦めたっていうのよ!
だが、決して口には出さない。出したが最後、二人の関係は全て終わってしまうから。それだけは絶対に嫌だったから。
雪乃はとにかく、直美から理由を聞き出そうとした。しかし直美の答えは『どうしても言えない』の一点張り。もう、どうしようもなかった。分かったのは、彼女が悠斗を嫌いになったわけじゃない、ということだけ。
その時、雪乃は彼女にこう言ったのだ。
――そこまで言うならもう止めないよ。でも……後で後悔しても遅いんだってことは覚えておいてよ?
そしてあの言葉は、現実となってしまった。悠斗は目の前でその生命を散らし、直美は今強い後悔の中で溺れかけている。
雪乃は、直美に何か声をかけてやりたかった。だが、何も思いつかなかった。何故なら、悠斗を失って悲嘆に暮れているのは直美だけではないから。自分自身、振り切ったつもりでいた悠斗への想いを振り切れていなかった。
今でもちょっと気を抜いたら、涙で顔中ぐしゃぐしゃになってしまいそうで……直美にそれを知られたくなくて……それで必死に堪えている状況。
その状態では、直美に何かをしてやれることはできなかった。
――私が早く立ち直らなくちゃ……。
そう思えば思うほど、気持ちは落ち込んでゆく。それが何よりも辛い。
とにかく、今は一刻も早く仲間たちが待つJ−7エリアのホテルへ戻る必要がある。彼女たちに危機が迫っていないか心配でもあるし、急いで戻らなくてはいけない。
――真琴たちは、大丈夫かな……?
何せ、急な外出のうえにかなり時間がかかってしまっている。放送もあったことだし不安は多少軽減されているかもしれないが、心配をかけているであろうことは事実。戻ったら、素直に謝罪の意思を見せなければならないだろう。
そんなことを考えながら歩いているうちに、ようやくホテルが見えてきた。
「ほら、直美。ホテルに戻って身体を拭いて、少し休もう?」
未だ戻ってこない直美をどうにか動かし、雪乃はホテルの出入り口へと向かう。そこで雪乃は、ある事実に気付いた。
――見張りが、いない……?
いつも立てていたはずの、見張りが誰もいない。雪乃が出て行った時には、玉山真琴(女子8番)が見張りをしていたはずだ。さすがに交代時間は過ぎているはずだが、それでも、後の戸叶光(女子10番)と渡会奈保(女子18番)のどちらも見張りに立たないのは不自然だ。
雨が降っているから? いや、そんなことは理由にはならない。
放送で三人とも名前は呼ばれていないはずだし、疑念ばかりが渦巻いていく。とにかく、確認をしなければいけない。雪乃はそう思い、出入り口からホテルの中へと入っていく。
「真琴、光、奈保。直美を連れて、戻ってきたよ?」
アピールしておかなくては、侵入者と疑われてしまうかもしれない。そう思って、雪乃は入るなり声をかけた。
「……あっ、雪乃、直美……」
最初に雪乃たちに気付いたのは、奈保だった。彼女はちょっと疲れた雰囲気で、ロビーにあるフロントのカウンターにもたれかかって座っていた。俯いた状態から顔をあげ、こちらに声をかける。
「光、雪乃たちが戻ってきたよ」
奈保はすぐに光を呼びに向かった。光は、以前直美が座っていたソファに座っていたらしく、奈保の呼びかけを聞いて、すぐにこちらへやってきた。
「よかった……無事だったのね。放送で名前を呼ばれてなかったとはいえ、心配したんだから」
「うん。ごめんなさいね。直美を見つけてから、ちょっと色々あったから……。そのことは後で話すけど……」
そこまで言ったところで、雪乃はあることに気がついた。
「――真琴は?」
思ったことが、口から洩れる。そう、真琴がまだ姿を見せていない。見張りに誰もいなかった以上、真琴もこのホテルの中にいるはずなのに。何故か姿を見せない。
「雪乃……落ち着いて聞いてね」
光が、口を開いた。その表情は、沈痛そうな面持ちをしている。一体、何があったのだろうか。
「真琴に、何かあったの?」
雪乃は、そう問いかける。すると光が、ゆっくりと話しだした。
「雪乃が出て行った後、真琴の見張りの時間が終わって……。しばらくしたら、マコがいなくなってたの。奈保と手分けして探したら……マコの荷物と武器がなくなってて……、裏口のバリケードが開けられてて……」
そこで光の言葉が詰まる。そして続きを、奈保が紡いだ。
「真琴……出て行っちゃった。私たちに何も言わずに、一人で、どこか行っちゃった……」
少し、身体の力が抜けた気がした。
何かが軋むような音が、身体の奥で聞こえた。それが何なのか、何を意味しているのか。今の雪乃には分からなかった。
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