BATTLE ROYALE
The Gatekeeper


第71話〜親愛の章・1『親友』

 プログラム会場の北西に広がる中華街。その一角であるD−8エリア。その中にある一軒の小さな土産物店。その軒先から、夏野ちはる(女子11番)はそっと顔を出した。
 周囲を見回してみるが、人の気配はない。雨音が足音を消しているだけかもしれないが、とりあえずは安堵して胸をなでおろす。
 修学旅行の直前に見た天気予報では、一度強めの雨があるかもしれない、と言ってはいたが……この会場がどのあたりにあるのか分からない以上、参考にはならないだろう。
 ちはるは、自分の左手に握られたもの――支給武器の、ワルサーPPK9mmという拳銃だ――をそっと見る。この銃を、ちはるはまだ一度も撃ったことがない。だが、いざという時にはこれを使わなければならないということは、十分に分かっているつもりだ。
 だが、できれば使いたくない相手もいるのだが……。

――冬子。冬子は今、どこにいるの?

 彼女の脳裏に、一番の親友――
光海冬子(女子16番)の顔が過った。


 ちはるが冬子と知り合ったのは、中学に入ってすぐのことだった。中学一年の時に同じクラスとなり、翌月の研修旅行でたまたま同じ班となったのがきっかけになった。
 もっとも、ちはるは研修旅行以前に冬子のことを知っていた。
 中学の入学式の日、校門の前でたまたま彼女と出会い、その時の印象が鮮烈に記憶に残っていたのだ。
 艶があり美しい長い黒髪。日本的な――いわゆる大和撫子というやつだろうか?――そういった雰囲気を漂わせた容貌。育ちの良さを感じさせる佇まい。何もかもが美しい。ちはるはそう思ったものだ。
 そんな冬子と仲良くなった時、ちはるは当初劣等感を抱いていた。
 十人並みの容姿な自分と、道行く人が振り返るレベルの冬子。その二人が一緒にいても釣り合わないのではないか。そう思われているのではないか。
 実際に、一部の心ない同級生などがそんなことを言っているのを聞いたこともある。彼ら曰く、ちはるは冬子の顔を際立たせる素材、なのだそうだ。
 そのことに悩み、落ち込んでいたときにそれを察したのか、冬子が声をかけてきた。

――私は、ちはるといるの楽しいよ。ちはるといると、人の輪が広がっていく気がして。

 ちはるは昔から、どんな相手にも物怖じせずに話をすることができた。どんなに怖そうな人相手でも平然と話をし、両親をひやひやさせることさえあったというから筋金入りだ。もっとも、ちはるは今の今までそのことを長所と捉えたことはなかった。自分はどこまでも平凡で、取り立てて取り柄のないどこにでもいる少女。そう思い続けてきた。
 だが、冬子の言葉を聞いてちはるは気づいた。
 自分はただの凡人ではない、と。たった一つだけ、自分は非凡な才があるのだと。
 そのことに気づかせてくれた冬子に、ちはるは大きな感謝の念を抱いた。そして今まで以上に、冬子との繋がりを深くしていった――。


――そう、冬子は私の一番の親友。そして……私に変わるきっかけをくれた大事な人。
――だから、会いたい。
――でも……。

 冬子に会いたい思いと同時に、ちはるの心には一つの疑念があった。
 それは他ならぬ冬子のこと。ちはるは知っていた。冬子には、決して誰にも見せようとしないもう一つの内面があることに。

 きっかけは些細なことだった。通っていた塾からの帰りが遅くなったある夜、ちはるは家への近道をするために繁華街を通っていた。繁華街には危ないから近づかないよう、両親からはきつく言われていたが――。
――あまり遅くなっても、まずいしね。
 そんな軽い気持ちで、一回だけのつもりでちはるは繁華街に足を踏み入れた。そこに広がっていたのは、ちはるの知らない、華やかにして退廃的な独特の空気。一瞬にして、ちはるは自分がここには馴染めないことを悟った。
――早く出ようっと。
 そう思って走っていく途中、ちはるの目に信じがたい光景が飛び込んできた。
 よく見慣れた、美しい長い黒髪の少女。その少女が、路地裏の暗がりで道路に背を向けて、誰かと話している光景。到底この場に似つかわしくない雰囲気を纏っていたその少女こそ――冬子だった。
 一瞬、ちはるはその場に立ち止った。そして冬子のほうを見る。冬子はちはるの存在には気づいていないようだったが……やがて道路のほうへと振り向いた。その時の彼女の眼を見て、ちはるは背筋が凍りついたような思いがした。
 口元にはいつものような優雅な笑み。しかしその眼は笑っていなかった。この世の全てを見透かすような、何もかもを疑ってかかるような、そんな眼。
 思わず、ちはるは走り出していた。自分の知らない親友の姿を見た。その姿に、ちはるは恐怖したのだ。
 結局、そのまま無事に家路についたちはるだったが……この時のことは両親にも、もちろん冬子にも話さなかった。

 そして今、ちはるたちはこのどうしようもないゲームに巻き込まれて生命を奪い合っている。
 当初ちはるは、冬子との合流を考えていた。冬子への恐怖を抱いたことは事実だったが、それでもちはるは彼女に強い友情を感じていたのだ。だが、ちはるは結局恐怖心には勝てなかった。あの時に感じた得体のしれない恐怖。それがちはるに、冬子との合流を躊躇わせたのである。
 その後は夜明けまでずっと、会場の北東――A−9エリアに隠れて息を潜めていた。支給された武器こそ銃だったが、そんなものを自分が使いこなせるとは思わなかった。ただただ、怖かった。
 しかし、朝の放送であの古嶋という海パン男が死者の名前を読み上げていったとき、ちはるは思った。
――冬子は無事だったんだ……良かった。
 ごくごく自然に漏れた感情。それがちはるに全てを悟らせた。自分は、冬子と最後まで親友でいたいのだと。彼女がどんな内面を孕んでいたとしても、構わない。むしろその内面を知り、もっと冬子を理解したい。そう思えた。
 すぐにちはるは、行動を開始した。危険を伴う行為だとは思ったが、動かずにはいられなかった。必ず冬子を探し出し、その全てを知る。そう決意したちはるの心には、もう迷いはなかった。
 二回目の放送の少し前には、C−8エリアで
福島伊織(男子15番)に出会った。周囲を見回していた眼をたまたま伊織のいたほうに向けたのだ。その時の伊織は、こちらにショットガンらしきものの銃口を向けていた。
 即座にちはるは走り出した。しかし直後に銃声が響き、左肩に痛みが走った。怪我の程度はよく分からなかったが、とにかく走るしかなかった。やがて伊織の姿は見えなくなり、ちはるは一度足を止め、左肩を見た。幸い銃弾は肩を掠めた程度だったようだが、服が切り裂かれて血が滲んでいる。
――何か、処置しておいたほうが良いかもしれない。
 左利きのちはるにとって、左肩を怪我したというのは後々良くないことを招くかもしれない。そう思って、ちはるは地図を頼りにE−6エリアにある病院へと向かった。
 そこで処置を済ませ一息つくと、すぐにちはるは行動を再開した。いくらかの薬や医療道具を持ち出して私物のスポーツバッグに詰め、病院を後にした(実はちはるが出ていった10分程後に
中山久信(男子12番)が病院を訪れてちはるの生徒手帳を拾っていたのだが、ちはる自身は知る由もない)。
 それから後はひたすらに銃声の響き渡る会場中を駆けずり回ったが、冬子の足取りは掴めず……そして雨に降られてこの土産物店に身を潜めていたのだ。

――冬子……。
 ちはるは、このプログラム中に何度反芻したかも覚えていない親友の名を心の中で呟く。
 彼女は果たして今、どうしているのだろうか? ゲームには乗らず、一人でいるのだろうか? それとも、誰かと一緒にいる? それとも……。
 考えながらちはるは、そっと土産物店から外へ出る。激しい雨が体に降りかかってくるが、覚悟していたこと。気にしても仕方がないと割り切った。とにかく、当てはないが冬子を探し続けるしかない。
 自然とワルサーを握った左手に力がこもる。その時だった。
「夏野さん? 夏野さんでしょ?」
 雨に紛れながらも、そんな声がちはるの耳に届く。声のした方向へとちはるが向き直る。
 そこにいたのは、長身の女子生徒。ボーイッシュな雰囲気を漂わせたショートカットに、誰もが羨む小顔とスタイルの良さ。
玉山真琴(女子8番)に間違いなかった。

<残り17人>


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