BATTLE
ROYALE
〜 The Gatekeeper 〜
第72話〜親愛の章・2『判断』
目の前に突如現れた真琴の真意を、ちはるは判断できないでいた。
真琴はこちらに気を許しているのか、ごくごく自然にちはるの方へと歩いてくる。確かにちはるは真琴とも話すことはあったが、彼女の友人たちほど関わりは深くない。何故そこまで彼女が自分を信用しているのか、ちはるには分からない。
ちはるは、自分の知る限りの真琴の情報を脳内から引き出す。そうすることで、真琴をどう扱うかがはっきりするはずだ。
バトミントン部に所属しているクラスメイトで、そのボーイッシュな外見もあってか同性の後輩たちからは高い人気を誇っているという。以前、バレンタインデーのチョコを後輩たちから大量にもらって困惑しているという話を、ちはるも聞いたことがある。
普段仲良くしているのは、阪田雪乃(女子5番)を中心としたグループの面々。その雪乃は、確か出発前に周りの女子たちに何かを回しているのを見た覚えがある。
あれがもし合流場所の連絡なのだとしたら、既に死んでいる鞘原澄香(女子6番)以外の仲間は皆合流している、という可能性が高い。しかし今、真琴はこうして一人でいる。その意味は……?
「ねえ、夏野さんは大丈夫よね?」
ちはるが警戒を解いていないことを悟ったのか、真琴が声をかけてくる。
大丈夫、とはどういう意味だろうか? そんなことを考えているうちに、真琴が次の言葉を発していた。
「夏野さんは、殺しあったりしてないよね? 信じて良いよね?」
――そういう、意味ね。
そこでちはるは、真琴が言いたいことを察した。つまり彼女は、特別に親しいわけではないちはるがゲームに乗っているかどうかを測りかねていた、ということだろう。だが、直感的にゲームに乗っている可能性は低いと思って声をかけた。しかしちはるが警戒を解かないので心配になった……大体そんなところだろうか。
「……ゲームに乗るつもりはないわ。ただ、ちょっとね」
ちはるはそう言って少し言葉を濁す。真琴という人物についての検討はまだ終わっていない。少しでも時間を稼ぎ、真琴が信用にたる人間か決めなくてはならない。
もう一度ちはるは、彼女のことを考える。
真琴という人間の性質で一番不安な点は、彼女の性格にある。ドライだといえば聞こえは良いし、彼女の友人たちはそう言っているようだが、ちはるはそうは思っていない。思うに、玉山真琴という人間は総じて『冷たい』のだ。もともときつめの言動が目立ち、ちはると話していても節々に棘が目立っていた。普段の人付き合いについては特に問題はなかっただろうが、こういう状況下でどこまで信用して良いか怪しいタイプだ。
こういうタイプはこんな時に軋轢を生みやすいし、下手をすれば他者を切り捨てるかもしれない。
そしてちはるは、一つの結論を出した。
――玉山さんは、駄目。
その結論が出ると同時に、ちはるはもう一度真琴の方を見る。そこでちはるはあることに気づいた。先ほどから真琴は、こちらに左手しか見せていない。右手はずっと、体の後ろに隠している。
――こんなことに気づかないなんて……私も間抜けよね。
真琴の腹は読めた。即座にちはるは、左手に握っていたワルサーの銃口を真琴に向けた。
この銃を誰かに向けたのはこれが初めてだ。無論、撃ちたいとも思わない。とにかく、信用できそうにない真琴をこの場から退かせなくてはならない。
「ねえ、夏野さん……どういうことよ」
真琴がこちらに問いかける。さも心外そうな声色だ。だが、文句があるのはこちらも同じことだ。
「玉山さん。信用してほしいのなら、まずはその右手に持っているものを出してくれない?」
「えっ……」
真琴の肩がびくっと震えた。どうやら図星らしい。演技の類は上手くないようだ。
「大方、何か武器を隠し持っているんでしょう? それを使って私を襲うつもりだった? じゃなかったとして、手の内を隠してるあなたを信用できるはずがないじゃない。それとも、私を格下に見てたのかしら?」
徐々に真琴の表情が歪んでいく。そして、何かが決壊したように彼女が言った。右手を体の前に出し――その手に握られた武器――パタークラブを構えながら。
「――一々うるさいのよ。私は死にたくないの。そのためにはもっと良い武器が必要なの。もうお友達してられる状況じゃないの。何をやってでも、私は生き残るの!」
そう吼えると同時に、真琴がパタークラブを振りかざしてこちらへ走ってくる。これは、ちはるも予想していなかった。武器の優劣がある以上、真琴はさすがに退くと思っていた。この状況で退かないということは、それだけ彼女も冷静さを欠いているということだろうか。
――それなら、私だってまだ死ねない。
――冬子に会うまで……冬子の全てを知るまで、私は生きていなきゃいけない。
真琴の動きは、体育会系らしい素早さだった。運動神経に恵まれていないちはるのような生徒相手ならば、十分に殺せる。良い動きだった。
だが、真琴には足りないものがあった。冷静さと、覚悟。
その両面で真琴を、ちはるは上回っていた。ちはるは迫る真琴に対して素早くワルサーを両手で構え直し、その引き金を引いた。すぐに雨にかき消されてしまいそうな規模の銃声。そして放たれた銃弾は、接近していた真琴の左肩を撃ち抜いた。
「うあああっ」
初めて味わったであろう痛覚に耐えられなかったのか、真琴が足を止め、左肩を抑えて蹲る。右手に持っていたパタークラブが、雨に吸われながらも確かな音の主張をして地に落ちた。
それを見てすぐにちはるは真琴の来た方向とは逆に駆け出した。
別に、真琴の生命を奪おうとは思わない。そこまでの覚悟ができているとは思っていない。とにかく、今はここから離れることこそが重要だった。
背後で真琴の呻き声が聞こえる。しかしそれを気にすることなく、ちはるは走る。
ちはるの目的は一つだけ。冬子に会うこと。会って話をすること。それしかなかった。もう、真琴に構ってはいられなかった。
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