BATTLE
ROYALE
〜 The Gatekeeper 〜
第73話〜守護の章・3『突発』
静寂と、血の臭いがその場を支配していた。
プログラム会場の南西部、ショッピングモールの中。その中に広がるアミューズメントエリア。そこに、福島伊織(男子15番)は立っていた。
足元には、津倉奈美江(女子9番)の亡骸が転がっている。仰向けに倒れこんでいて、その全身が銃弾に撃ち貫かれていた。表情は無念さに満ちていて、さぞかし悔しかったのであろうことが容易に想像できる。
奈美江の死体から少し離れた場所には、金髪のロングヘアーが良く目立つ、園崎恭子(女子7番)の亡骸。右肩と額に一発ずつ銃弾が食い込んだ痕が見える。
伊織の知る限り、この二人は仲が良かったはずだが……一緒にいたのだろうか?
少し伊織は考えて、すぐにそれは違う、と結論を出した。
二人は確かに同じ場所で死んでいるが、その死に様は全く異なる。恭子は二発の銃弾で死んでいるが、奈美江は全身に銃弾を浴びている。おそらくはマシンガンのようなもので撃たれたのだろう。一緒にいたのなら、なぜ二人は違う方法で死んでいるのか? そのあたりが気になるところだ。
そこまで考えて、伊織は放送前に遭遇した岡元哲弥(男子3番)のことを思い出した。哲弥はマシンガンを持っていた。だとすれば、彼こそが奈美江を殺した犯人なのかもしれない。
だとすると、一体恭子を殺したのは何者なのだろうか?
伊織は自分の知る限りの情報をもって、恭子を殺した人物を考えてみる。
まず、哲弥の可能性は先ほど結論付けたとおり、ない。
最初の放送後に遭遇した中山久信(男子12番)。彼は間違いなくやる気だった。しかし彼は先ほどの放送で名前を呼ばれている。誰が久信を殺したのかは分からないが、久信の可能性も低そうだ。
その他に伊織が出くわした相手といえば、井本直美(女子1番)、阪田雪乃(女子5番)、夏野ちはる(女子11番)くらい。如何せん、情報が少なすぎた。
―― 何故こうも、上手くいかないんだろうか。
心の底で、伊織はそう呟く。
このゲームに乗る。そう決意してもう随分と時間がたった。しかし伊織は未だに、誰もその手にかけていない。ここまでの全てが、失敗だらけだ。
支給武器であるイサカはもちろん強力な武器だが、他のやる気になった人間もいい加減に武器を充実させてくる段階のはずだ。マシンガンを持っている哲弥などがその典型だ。彼はひょっとしたら、目も眩みそうなほどの数のクラスメイトを殺めているのではないか? そう思うと、身震いがする。
だが、戦い抜かなければいけない。恐怖に震えている余裕などないのだ。
――僕は、あの子を守ると決めたんだから。
最初にした決意を、もう一度思い起こす。脳裏にはかつての思い出の中の少女――光海冬子(女子16番)の姿が浮かんだ。
伊織が初めて冬子と出会い、仲良くしていた頃――彼女は唐川冬子と。そう名乗っていた。
幼稚園の卒園と同時に彼女が引越し、中学で再会した時には、今の光海姓を名乗っていた。そのあたりの事情を、伊織は知らない。自分が忘れられているかもしれないと思うと怖くなり、何も聞けずに今日まで過ごしてきていたからだ。
だが、伊織が見ていた冬子の姿はあの頃と変わりなかった。彼女は、今も慈愛に溢れたあの頃のままだ。
伊織は、そう信じている。
――彼女は、今どこにいるのだろうか?
伊織はふと、冬子のことを思う。
少なくとも冬子が、今もこの会場のどこかで生きていることは間違いない。彼女は一体どんな思いで、この殺し合いゲームを生き抜いているのだろうか。
誰かに襲われたりはしていないだろうか? 怯えていたりはしないだろうか? 不安が募っていく。
――僕が、唐川さんを守るんだ。彼女に抱いているこの感情に従って、僕は唐川さんを守ってみせる。
不安が、伊織にまた強い決意を抱かせる。冬子を守るため、そのためにこの手を血に染める。その思いをまた新たにした。
ともかく、これ以上の収穫はここにはなさそうだ。そう判断し、伊織は恭子と奈美江の亡骸を一瞥した後、その場を後にすることにする。
このモールは、激しい戦闘が行われていた可能性が高い(事実、放送より前にたびたび銃声がこの方角から聞こえてきていた)。となると、その銃声を聞いてやってくるクラスメイトもいるかもしれない。
そういう人間を殺していくのもありだろうが……それでも正面から戦うのは避けたほうが良い。武器は強いが、伊織自身は特に運動能力が高いわけでもない。真正面から戦っても、相手次第では返り討ちに遭うかもしれないのだ。
ともかく今は、一度ここから離れたほうが良いだろう。
伊織は慎重に、モールの出口を目指して歩いていく。誰かと出くわした時のため、イサカは常に構えたまま。引き金にも指が添えられている。
丁寧に、通路の先や曲がり角といったところをチェックしていく。いつどこに、誰がいるか分からないのだ。
そうやって伊織は、徐々にではあるが、出口へと近づいていく。血の臭いも強いこの場所からは、早く出ていきたい。逸る気持ちを抑えつつ、出口へ向かう。その時、伊織は何者かの気配を感じた。
出口近くの、伊織からは死角になるテナントの立ち並ぶ通路。その先から、こちらへと向かってくる足音が微かに聞こえる。伊織は即座にイサカをいつでも撃てるよう準備して、角の壁に背中を預けて様子を伺う。
通路の先にいたのは、ちょっと異質な格好の女子生徒だった。何故か、黒い半袖シャツにジーンズ姿というやけにラフなスタイルでいる彼女は、周囲を警戒しながらこちらへと向かってくる。その女子生徒の顔に、伊織は見覚えがない。彼女は一体誰だろうか?
そこで伊織は、一つの可能性に思い至った。
このプログラムに参加させられているA組にただ一人だけいる、不登校の女子生徒。伊織は当然面識がなかったが……名前は確か、矢田蛍(女子17番)。
彼女が参加していないなんて話は聞いていないし、恐らくは自宅から直接ここまで連れてこられた、というところだろうか。政府がどこまでやるのかはよく知らないが、考えられる話だ。
その蛍の手には、二つの刃物が握られている。一つは包丁のようだ。刃渡りはかなりのもので、殺傷能力は十分だろう。もう一つは……いわゆるブッシュナイフとか、マチェットとかいうものだろうか。伊織は別に刃物に詳しくないので、それ以上のことは分からなかったが。
武器を複数持っているということは、彼女はゲームに乗っているのだろうか? それにしては、哲弥や久信のような殺気は感じられない。
だが、どちらにせよ結論は出ていた。
ここで彼女を殺し、武器を奪う。そして一線を越えることで、弾みをつける。
その意志だけは、絶対に揺らがない。
伊織はじっと、蛍を襲撃するタイミングを伺った。
<残り17人>