BATTLE
ROYALE
〜 The Gatekeeper 〜
第74話〜反逆の章・4『援護』
ショッピングモールの中は、血の臭いが満ち始めている。その臭いは確かに嫌なものだが、慣れなければやっていけないということだろう。
矢田蛍(女子17番)は、そんなある種の割り切りをしながら通路の中を進んでいく。
周囲には、衣料品の店やアクセサリーショップなどのテナントが軒を連ねている。このあたりは、どうもファッション関係の店が多いエリアらしい。しかし、そこで何か有益なものが得られるような気は、蛍にはしなかった。
――……ここで、一体何があったのかしら?
このモールにたどり着いてすぐに蛍が見つけたのは、大量の弾痕と薬莢。そして破壊されたバリケード。
おそらくはここに誰かが立て籠もっていたのは間違いないはず。そしてその誰かは、先ほどの放送で名前を呼ばれたうちの誰か……ということではないのか。そう考えて蛍は、モールの中を探索していた。
ひょっとしたら、ここに井本直美(女子1番)がいた形跡があるかもしれない。藁にも縋るような思いではあったが、やってみるしかなかった。
しかし直美の手掛かりになるようなものはなく、代わりに見つけたのは、フードコートの破壊されたバリケード近くに倒れていた横野了祐(男子18番)と、アミューズメントエリアのトイレ近くにいた本谷健太(男子17番)の亡骸だけだった。
二人は刃物による傷で死んでいた。しかしこのモールは以前から銃声が響いていた。二人が銃によって死んだわけではないとなると……ここには、複数のゲームに乗った人間がいたということだろうか?
――あまり考えてみても、分からないか。
そう判断して、蛍はそれ以上の思考をやめることにした。
さすがに、答えの見えない推測ばかり並べるのも意味がない。
しかし、先程の放送以降完全に状況は振出しに戻ってしまった。
以前に出会い、互いに敵意がないことを確認しあった園崎恭子(女子7番)。彼女もまた、放送でその名前を読み上げられていた。彼女が探していたという友人、津倉奈美江(女子9番)の名と共に。
恭子を失ったことは、殆どのクラスメイトと面識がない蛍にとって、仲間を失うことと同義だった。
現状の目的である直美を探し出したところで、彼女に信用してもらえなければ無意味。そういう時に仲間がいれば、大きなアドバンテージとなるはずだった。
その点、合流こそできなかったが恭子の存在は大きかった。もう一度彼女と出会い、彼女と共に直美を探し出すことができれば物事はかなり楽になったはずだ。しかし恭子は、もういない。
しかし、そのことをこれ以上嘆いても仕方のないことだとも思う。こうなった以上、一人でやるしかない。仲間が得られればそれに越したことはないが、そう簡単にいくかどうか……。
そんな思考を巡らせつつ、蛍は通路を先へと進む。目指すはモールの出口。結局蛍にとっての収穫がなかった以上、これ以上ここに留まる意味はない。それに、こうも空気の悪いところに長居する気にはやはりなれない。
周囲を警戒しながら、蛍は歩を進める。そこで、何かの気配を感じた。
通路の先に、誰かがいる。その正体は蛍には分からないが、相手がどういう人間か読めない以上、やれることは少ない。
蛍は意を決して、声をかけてみることにした。
「……そこに、誰かいるの? 私、矢田蛍。ゲームに乗ったりはしてないわ。あなたは ……どうなの?」
まずは出方を伺う。相手がこれにどう反応するか。次の行動はそれ次第で決まるだろう。そして、見えない相手は反応してきた。壁から何か……銃口を覗かせるという形で。
すぐに蛍は踵を返し、走り出した。同時に、背後から誰かが走ってくる音が聞こえた。蛍は相手の顔を確認するつもりで、少し振り返る。
そこにいたのは、女子生徒にさえ見えるほどに中性的な容姿をした、学ラン姿の男子生徒。蛍はその男子生徒に見覚えがあった。
確か、自分より少し前にあの駅舎を出発していった人物。名前はそう――福島伊織(男子15番)。その彼が、蛍を追ってきているのだ。その手には、ショットガンのようなものが握られている。いくら蛍が防弾チョッキを着ているといっても、あれを相手に正面から抵抗などできるはずがない。
――一刻も早く、ここを脱出しないと……。
蛍は必死に通路を駆け抜ける。その後を伊織も追ってくる。幸い、伊織は運動能力はさほど高くないようで、蛍との距離はあまり縮まらないでいる。
だが、時折その手にあるショットガンをこちらへと向けて撃ってくる。走りながら故に狙いはあまり良くなく、蛍に傷を与えることはなかったが、その銃声は蛍に確かな恐怖を与えてくる。
――早く! 早く!
走っているうちに、エントランスエリアへと飛び出す。先程までよりは開けた場所だが、それでもまだ狭い。幸いにして、出入り口のバリケードは既に破壊されているので、出ていくのは容易だろう。
すぐに蛍は、出入り口から外へと出ていく。背後では相変わらず伊織の足音。そして、銃声。出入り口近くに放置されていた観葉植物の幹が弾け飛ぶ。
――しつこいわね。
反撃したいところだが、持っている武器は柳刃包丁と以前拾ったブッシュナイフのみ。これではショットガン相手に何もできない。やはり逃げる以外の選択肢は残されていなかった。
外へと出ても、落ち着く暇はない。蛍はとにかく走り続けるしかない。細かい行先など気にせずに、ただただ北へ向かって走る。
しかしすっかり息も切れ、足取りが重くなる。そして伊織の足音も、近くに迫ってくる。その足音は、雨に紛れながらもよく伝わってくる。
――まだ、終われないのに。
自分はここで終わってしまうのだろうか。そんな思いが、蛍の脳裏を過る。
まだ死ねないのに。まだ、立ち向かうことさえできていないのに。
無念の感情ばかりが巡る。その時だった。
「そこの奴、こっちに来い!」
男の声がした。蛍は一瞬戸惑い、そしてその声が自分に向けられていることに気づくと、すぐに必死で駆け出す。声のする先は、古びた雑居ビルの間の路地。蛍はそこに駆け込んだ。その路地にいたのは、二人組の男子生徒。
その二人が誰なのかは、不登校の蛍でもすぐに分かった。一人は街でよく知られた不良――浦島隆彦(男子2番)。そしてもう一人……オレンジ色の丸刈り頭。彼は確か、早いうちにあの駅舎を出発していった――篠居幸靖(男子8番)だ。
「幸靖、やっちまっていいぞ」
「了解!」
隆彦の言葉にそう返事をすると、幸靖は手に持っていた拳銃――ジェリコ941Fを路地の外へ向け、撃った。
一発、二発。
続けざまの銃声とともに、先程まで聞こえていた伊織の足音が止まる。どうやら、幸靖の放った銃弾が足止めになったようだ。
「おい、あんた。まだ走れるか?」
隆彦が、そう蛍に声をかけてくる。どうやら、彼は相手が誰なのか分かってはいないようだ。まあ、隆彦が不登校のクラスメイトをよく知っている、なんてことがあったら奇跡だとも思うが。
息が上がって、上手く言葉は出なかったが、とにかく蛍は一度、首を縦に振った。正直かなり苦しいが、ここを逃げ切らなければ待っているのは死。そしてどうやら、事情はよく分からないが隆彦たちは自分を助けてくれるようだ。ならば、それに乗らない手はない。
「よし、ちょっとばかりきついが、もう一度走ってもらうぜ。幸靖、もう何発かかましてやってからお前も来い!」
「分かりました、もう少し足を止めてみます!」
そう叫んで、幸靖がまた路地の外へ向けてジェリコの引き金を引く。銃声が雨の中に響く。そして蛍は、隆彦に連れられて路地の奥へと走り出した。
<残り17人>