BATTLE
ROYALE
〜 The Gatekeeper 〜
第75話〜『消沈』
窓の外では、まだ雨が降り続けている。勢いよく降り続け、空をどんよりと曇らせるその光景はまるで今の自分たちの心境を表しているようで、星崎百合(女子14番)はやけにいやな気分がした。
百合の傍ら、木製の椅子の上には百合の恋人の原尾友宏(男子14番)がいる。
しかしその友宏は、先程から全く口を開かない。ぼうっとした視線を時々あちらこちらにやるだけで、ずっと俯いたまま。
――友宏君……。
昼前に、百合たちは目の前で所真之介(男子11番)が生命を落とす瞬間を目撃した。高埜道昌(男子10番)を助けてほしい。そう言って助けを求めてきた彼を、中山久信(男子12番)は無慈悲に殺した。そして彼は、友宏の親友の琴山啓次郎(男子5番)と駒谷弘樹(男子6番)も殺したと、そう言ってのけた。
久信の言葉に、友宏は相当なショックを受けたはずだ。何故なら友宏は、二人を探すことを考えてずっと百合と一緒に行動していたのだから。
きっと、友宏は腸が煮えくり返るような思いをしていたことだろう。
それでも目の前の久信に、友宏は言い放ったのだ。
――……お前が殺したんだとしたら、めちゃくちゃに憎いさ。でも、俺は人殺しはしない。このゲームに乗ったりなんかしない。
その言葉を聞いたとき、百合は心から友宏と一緒にいて良かったと思えた。
怒りを堪えて行動できる、そんな友宏を心からカッコいい男だと、そう思ったのだ。
だが、久信はそんな友宏を罵倒した。自分と友宏二人だけ生き残ったらどうする気だ、脱出だってそうそうできるものじゃない、なのに大事な奴のために生命を張る覚悟のないお前は臆病者だ。そう罵ったのだ。
友宏は、すっかり打ちのめされてしまった。完全に意気消沈し、いつもの元気と力強さに溢れた友宏の姿はなくなってしまった。
結局久信は言うだけ言ってその場を去り、百合はショックからかまともな思考もできないでいる友宏を連れて移動しなければならなくなった。
今の状態の友宏を連れて外を出歩くのは危険。そう思った百合は、手頃な民家を探した。そして見つけたのが、今いる平屋建ての民家。会場のやや北――C−5エリアの住宅街の外れにある、小さな民家だったのである。
そこに入って、友宏の様子を見ながら隠れ続け、いつしか外では雨が降り出し……そして残るクラスメイトは半分を切ってしまっていた。
友宏をあの時罵倒した久信も、友宏の部活仲間だった蜷川悠斗(男子13番)も、そして以前に会ったクラスメイトのうち、横野了祐(男子18番)も――皆名前を呼ばれた。
百合や友宏にとって馴染みのある名前は、百合と仲良くしていた夏野ちはる(女子11番)と、了祐と一緒にいた浦島隆彦(男子2番)、篠居幸靖(男子8番)くらいしかいない。
先が見えない五里霧中……。百合はすっかり途方に暮れていた。
――ねえ、友宏君。私たち、これからどうなっちゃうの?
そんな言葉が出そうになるのを、百合は必死で堪えた。
今の状況を受け止めきれなかったからこそ、友宏は今の状態にあるのだ。しかし友宏はこのまま終わるような人間ではない。それは、原尾友宏という少年を間近で見てきた百合にこそ分かることだ。
いつだって諦めない心。そして、どんなに苦しくても逃げない。それこそが友宏の精神だった。そんな友宏の姿に惹かれたからこそ、百合はこうして友宏の傍にいる。
きっと彼は今、内面で戦っている。
一度に受けすぎたショックと、自分の精神が闘い続けている。風邪をひいたときの熱のようなもの。百合はそう信じていた。
――友宏君ならきっと、大丈夫だよね。もしダメなら……私が支える。友宏君の分も、私が頑張るしかないんだから。
そう、百合が決意を新たにしていたとき、であった。
百合の近くにある窓の向こうに、何かの気配を感じた。百合たちがいる民家の台所――その窓の外で、雨音にしてはやけに大きな水の跳ねる音が聞こえた気がした。
――誰か、いる……?
相手が誰なのか、それが問題だ。
気配を感じた窓の外には、この民家の庭がある。そこまで誰かが来ているということは、その人物もこの家に入ろうとしている可能性が高い。そしてその相手は、ゲームに乗っているのか否か。それが分からない。
「友宏君。ちょっと場所を移ろう」
念には念を入れて、百合は友宏に声をかける。相手がどういうつもりかは知らないが、万が一やる気だった場合、唯一の武器を持つ友宏がこの状態ではどうにもならない。すぐに逃げられる状況を作っておく必要があった。
幸い、友宏も気配には気づいていたらしく、すぐに百合の意図を察してか荷物を持って動き始めた。
そうやって百合たちがリビングの方へと移動したその時、ガラスの割れる音が響いた。百合はそっと、音のした方角――台所の勝手口を見やる。
そこには、砕けて散らばったガラスの破片。外にいた何者かが、勝手口のドアのガラスを割ったのだ。おそらくは内側から鍵のかかった扉を開けるため。となると次は……。
案の定、ドアが開く音と共に何者かが中に入ってきた。着ているのは雨に濡れたセーラー服。女子生徒のようだ。
――……逃げたほうが、良さそう。
瞬時にそう判断した百合は、友宏に目配せをすると、そっとリビングの窓に取り付けられたクレッセント錠を開ける。その時、微かに音がたった。
音に反応したのか、台所に入ってきていた女子生徒が、こちらへとやってくる。百合はすぐに友宏を連れて、窓を開け放ち外へと飛び出す。そしてちらりと、背後を振り返る。
こちらへと向かってくる女子生徒――薄い茶色に染められたセミロングヘアーが、薄暗い部屋の中でも目立っている――北岡弓(女子4番)が、こちらへと右手に持ったもの――拳銃を向けている。
その眼は、殺意に満ち溢れていた。
――早く逃げないと!
友宏を連れて、百合は走り出す。すぐに背後で銃声が響き渡り、百合は背筋が凍る感覚を覚えた。とにかく今は、逃げる以外にない。庭から飛び出し、道路へと出て駆けていく。
唯一の武器であるトカレフは友宏が持っている。しかし今の友宏には到底撃てそうにない。
ならば自分で対抗するか? しかしそれでまともに弓とやりあえる自信はない。
背後で水の跳ねる音がする。もう一度振り返ると、雨の中を弓がなおも追いかけてきていた。弓が手に持った拳銃の引き金を引く。走りながら撃ったためだろう、放たれた銃弾は見当違いの方向へと飛んでいく。しかし、こちらの精神を着実にすり減らす。
――どうすれば……どうすれば良いの……?
状況を打開する術を思いつかないまま、百合はひたすらに走った。
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