BATTLE ROYALE
The Gatekeeper


第76話〜『再起』

 原尾友宏の思考は、停滞しきっていた。
 中山久信にぶつけられた言葉。そして、目的を失ったことによる喪失感。それらの要素が、友宏から気力を奪ってしまっていた。

――啓次郎も、弘樹も、もういない。
――俺は、百合を守り通せるんだろうか……?

 懊悩がひたすらに巡り続けるばかり。そんな状態が何時間も続き、無為に時間を過ごしてきた。そして、百合にも迷惑と手間ばかりかけてきたはずだ。そんな自分に不甲斐なさを感じつつも、今の今まで動けないでいる。
 皆死んでゆく。

 啓次郎も弘樹も、バスケ部の仲間である悠斗も。以前に出会ったクラスメイトも、横野了祐が既にこの世にいない。そして、友宏から気力を奪った久信も、もうこの世の者ではない。
 この先どうしていけば良いのか、友宏にはもう分からなかった。頭の中がめちゃくちゃにかき乱されて、どうしようもない状態だった。
 そんな時に、北岡弓の襲撃を受けた。百合に促されるままに、友宏は逃げ出した。弓は友宏と百合を追ってくる。しかし、友宏は思った。

――俺は、このままで良いのか?
――何もかも百合に頼りっぱなしじゃないか。俺は何もしちゃいない。浦島たちみたいに、脱出を目指して何かしたわけでもない。大事な人間も守れてない。そして、今や百合に頼りっきり……。
――これで良いのかよ、俺。このままじゃ、ますます情けない男に成り下がって……!

 その時、友宏の体が宙に浮いた。何が起こったのかわからないまま、傍らの百合を見る。
 百合は、茫然とした表情をしていた。自分と同じように、宙を浮いている。訳が分からないまま、友宏は地面に叩き付けられた。腹這いに、地に倒れ伏す。そして百合もまた、尻餅をつく格好で倒れこんだ。
 足元には、水溜り。この雨で生まれたものだろう。そこで友宏は、全てを察した。
 おそらくこの水溜りに足を踏み入れ、慌てて逃げていたために二人揃って足を滑らせてしまったのだろう。何とも間抜けな話ではあるが、事実なのだから仕方がない。
 したたかに打ち付けた痛みを堪えながら、友宏は身を起こす。百合も同じように、立ち上がった。その視界に飛び込んできたのは、目の前までやってきていた弓の姿と、こちらに向けられた銃口だった。
 弓の顔は、酷く歪んでいる。学年でもその容姿故に人気の高かった彼女の風貌は、もはやそこにはない。
 一体何が彼女をここまで変えてしまったのか、友宏はそれを思うと戦慄した。
 そして弓は、何事かを呟いている。
「やっと捕まえたわ。殺して、殺して、殺して。殺しまくってやる。そうしなきゃ生きていけないっていうんなら、どこまでもやってやるわよ!」
 呟きは途中から叫びへと変わり、弓の右手に握られた拳銃――コルト・ガバメントが微かに動いた。

――ここで、終わるのか?
――何もできないままで、惨めに終わっちまうのかよ。
――そんなのは、嫌だ……。

 そう思ったとき、友宏の中で百合とのこれまでが思い出された。


――私、原尾君のことが好きです。よかったら、付き合ってくれませんか?
 百合に突然そう告白されたのは、去年の秋。
 彼女とは中学に入ってからずっと同じクラスだった。班活動などでやたら同じ班になることが多く、自然と話をする機会は増えていた。そのうち彼女はバスケ部の練習を見に来るようになり、そして二年の秋、この告白をされた。
 正直、嬉しさと同時に戸惑いもあった。
 話をする機会は多かったが、友宏の中では百合は、異性の友達というカテゴリを超えていなかった。だからその場では「少し考えさせてほしい」とだけ言って終わった。
 しかしいざそう言われてみると、ついつい百合の事が気になるようになってしまう自分がいた。気づけば、友宏の中で百合の存在は大きくなっていった。後日友宏は、その感情に従って百合に返事をした。


 あれから、友宏は百合と共に色々な時間を過ごしてきた。その全てが、簡単に思い出せるほどに自分の中を占めている。
 それは友宏にとって失くしたくない大事なものだ。
 既に色々なものを自分は失くしてきたのかもしれない。でも、これ以上何かを失うのは嫌だった。今目の前にいる大切な人。それを守れないまま終わるのは嫌だった。
 そう思った瞬間、友宏の手が動いていた。
 右手に持っていた拳銃――トカレフTT−33をすっと持ち上げる。銃口は自然と、こちらに銃を向ける弓に向けられた。弓の眼が、こちらを見据えている。
――俺は、百合を守らなきゃいけないんだ!
 友宏は、トカレフの引き金を引く。音とともに放たれた銃弾は、弓の左腕を掠めていく。左腕から微かに血が流れ、弓が顔をしかめる。しかし銃口は、こちらに向けられたまま。
「百合、逃げろ!」
 そう友宏が叫んだ次の瞬間、今度は弓の足元で別の銃弾が跳ねた。友宏たちがいた場所とは別の方角。別に銃を持った誰かがいる、ということだ。そのことに気づいたのだろう、弓は苦々しげな表情を浮かべてこちらを一瞥した後、踵を返して走り去っていった。どうやら、この場は諦めたとみて良さそうだ。
「……た、助かった、のか?」
「そう、みたい……」
 呆けた声で友宏が呟くと、百合もそれに返した。彼女の声もまた、呆けていた。
 とにかく、当座の危険は去ったらしい。しかし問題はまだある。先程、弓に向けて放たれた銃弾。その主が誰なのか、ということだ。相手が何者かによっては、まだ危険は続くということになる。
 友宏と百合は、銃声がした方角を見る。そこに広がるのは、やや広めの道路。その脇に立っていた街路樹の陰から、一人の女子生徒が顔を出した。
「ちはる……」
 百合が、一言呟いた。そこにいた女子生徒は、縁なしの眼鏡をかけている。このクラスで縁なしの眼鏡をかけているのはただ一人。百合とも交遊のあった、夏野ちはるしかいない。
 彼女の左手には拳銃が握られており、それだけで友宏は大体のことを察した。
「さっき撃ったのは、君だったんだ」
 友宏は、ちはるにそう問いかける。ちはるは一度頷くと、こちらへと歩いてきた。手にある銃を構える気配はない。どうやら、敵意はなさそうだ。
「たまたま、二人が北岡さんに襲われてるのを見たの。それで、思わず……ね」
 そう言うと、ちはるは空いた右手で頭をかく仕草を見せる。百合が、ちはるの言葉に反応する。
「でも、ちはるのおかげで助かったわ。友宏君が元気を取り戻してくれたけど、あのままじゃ危なかったもの」
 百合の口調は、少し明るくなっている。交遊のあるちはると出会えたからだろうか。それとも……。

――気づいたら、身体が動いてたな。

 友宏は、右手に握られたままのトカレフを見つめる。初めて撃った銃。でも、以前ほど撃つことへの抵抗感はもうない。
 自分に残された大切なもの。それを失わないために、どこまでもやってみるしかない。生存の椅子はただ一つ。だとしても、最後まで徹底的にあがいてやる。久信が早々に切り捨てた道を切り拓くために、どこまでもやり抜いてやる。そう、思った。
「じゃあ、私行くね。百合に会えて、良かったわ」
 しばらく百合と話をしていたちはるは、そう言うと踵を返して歩き出す。それを見て、百合がちはるを呼び止めた。
「ねえちはる。一緒に行動しない? こういう状況だし、仲間は一人でも多い方が良いと思うの。それに、浦島君たちが脱出の方法を探してるみたいなの。上手くいけば、ここから生きて帰れるかもしれないよ?」
 確かに、その通りだった。ここでちはるがなおも単独行動をとろうとする理由が友宏は最初、分からなかった。
 だが、少し考えて気づく。そして友宏は、言った。
「百合。たぶん夏野は、浦島たちと会った時の俺たちと同じなんだよ」
「同じ……?」
「誰かを探してる。だから今は、合流の話に乗れない。そうなんだろ、夏野」
 友宏がそう問いかけると、ちはるは振り返り、言った。
「うん、その通り。私は冬子を探してる。そしてできれば、冬子とは一対一で会いたい。だから、今は合流はダメ。でも……浦島君たちの話は覚えておくね。私の目的を果たしたら、必ず乗らせてもらう」
 どうやら彼女は、
光海冬子(女子16番)を探しているらしい。そういえば、ちはるは冬子と仲が良かったはずだ。冬子を探しているのはそのあたりからきているのだろうか。だが、少しニュアンスが違って聞こえた気もする。
 そしてちはるは、微笑みを浮かべた。
「だから、その時までお互いに、生き残ろう?」
「……うん。約束よ。ちはる」
「――お互いに、な」
 言葉を交わすと、ちはるは再び前を向き、歩き出す。その姿は強い雨に消されて、やがて見えなくなる。
 その姿を見送って、友宏は呟いた。
「百合。俺さ……」
「何?」
「土壇場まであがくよ。残されたものを守り抜くために、どこまでもやる。百合を守るために、徹底的に。そして皆で、脱出しよう」
「……うん」

――そう、俺は百合を守る。
――もう二度と、あんな思いをしないために。俺は俺の、守るための戦いをするんだ。

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