BATTLE
ROYALE
〜 The Gatekeeper 〜
第77話〜深遠の章・5『接近』
少し東の方で銃声がした気がする。しかし光海冬子(女子16番)は特に意に介さず歩を進めた。
しつこく降り続くこの雨のせいで、音がいまいち聞き取りづらい状況になっている。それなのに、銃声がした気がする程度でいちいち反応するわけにはいかない。こちらの武器も、大して強いわけではないのだ。
――上手くいかないものね。
冬子は心の中でそう、呟いた。
この雨から逃れるために再び隠れることにした、D−3エリアの民家。とにかく暗く気に食わない場所だったが、雨が止むまでの辛抱だと考えていた。しかし、よりによって18時の定時放送でそのD−3エリアが、1時間後に禁止エリアになると発表されてしまった。
そうなると、雨が止むまで隠れているという当初の予定は成り立たない。
結局、冬子はすぐに民家を出る準備をして、19時に余裕をもって外へ出ていかざるを得なかった。
――まあ、あんなところにいつまでもいるとこっちの気分がおかしくなりそうだし、良いか。
冬子はそう思うことにして、気持ちを切り替える。
あんなところにいると、昔を――五年前の『あの日』を思い出してしまう。『あの日』がきっかけで、冬子は岡元哲弥(男子3番)と出会えた。そのこと自体は、喜ぶべきことだと思う。
だが『あの日』のことを必要以上に思い出すと、後ろ髪を引かれてしまうのだ。
――『あの日』、あんなことにならなければ……私の人生はもっと違っていたのかな?
そんなことを考えてしまうのだ。
考えても無駄なことだった。もう時計の針は戻らない。冬子はひたすらに前へと進むしかない。どんな障害も全て蹴落として、上り詰めるしかないのだ。そう、既に『あの日』から冬子と哲弥の道は決まっていたのだ。ならばそれに従って、何でもやって生きていく。
それしかないのだ。
雨がしつこく降り続く中、冬子は歩を進める。
先程から定期的に地図をチェックしているが、もうそろそろC−1エリア――西の端へと辿り着く頃だろう。
地図の情報が確かならばその辺りで人家は減り始め、山と森が続く区域へと入っていくことになるはずだった。もう民家に隠れて暗さに気分を悪くするのも嫌だったし、木々に隠れて当座の雨をしのぐのが最善だと思える。
会場の端の方ならば、周囲への警戒もある程度しやすくなる。そう判断しての移動だった。
――雨なんか降らなきゃ、こんな思いしなくて済んだのに。
――暗闇なんて、この世から消えてしまえば良いのに。
嘘偽りのない感情が、心に湧き上がる。
『あの日』、冬子の人生は死んだ。いや、もっと前から全ては腐り果てていたのかもしれない。死んだのではなく、新たな光を与えられたのかもしれない。
哲弥によって、腐り落ちた冬子は光に照らされた。その光はとても歪で、拙くて、到底光なんて大層な代物ではなかったけれど、冬子にとっては唯一の光だった。その光を元手に、冬子は歩んできたのだ。哲弥と共に、僅かな光の中を這いずり回って。そしてそれはこれからも変わらない。たとえ哲弥を失ったとしても、冬子は彼が示してくれた光を頼りに生き続けるだけだ。
自分が歪んでいることは、先刻承知だ。
だが既に、冬子たちはこの道を歩んでいる。今更引き返すことはできない。『あの日』より前に戻ることなどできないし、戻りたいとも思わない。
――哲弥と出会えない人生なんて… …今以上の暗闇。
――何でもやってやるわ。『あの日』からずっと、そうやって生きてきたんだもの。
その時、目の前に木々が生い茂る斜面が見えてきた。どうやら、目指していたC−1エリアに無事着いたらしい。
――ようやく、雨宿りできそうね。
冬子はそう思って、目の前の山へと足を踏み入れる。周囲の草木が何とも鬱陶しいが、この場合はやむを得ないと思い歩を進める。その時、斜面の向こう側で何か物音がした。誰かの足音のようにも聞こえるが、その姿は見えない。
「……誰?」
相手が何者かを確認するため、冬子は声をかけてみる。しかし、反応はない。こちらを相当警戒しているのだろうか。相手の正体を確認できないのは、どうも不安だった。そこで冬子は一つ賭けに出た。木々の隙間――やや開けた場所にその身を晒す。
「私が見える? 私、光海よ。こうやってわざわざ姿を見せたんだから、そっちも見せてほしいんだけど」
もし相手がやる気の人間だった場合、かなり危険なはずだ。しかし仮にやる気だった場合、こちらを問答無用で攻撃してくる方が可能性は高い。ならばと思って、身を晒しての声掛けを行った。
「こっちにはやる気なんてないの。だからお願い、そっちにその気がないなら姿を見せて」
――ここまでやって、駄目なら……しょうがないわね。
冬子はそっと、ポケットに忍ばせたデリンジャーに手をかける。志賀崎康(男子7番)の持っていた日本刀はさすがに大きすぎて取り回しがききづらいので、私物のスポーツバッグの中に隠してある(それでもうまく隠すのには随分手間がかかったが)。
相手次第では、上手く近づいて殺す必要があるだろう。もっと良い銃を持っているならばありがたい。
チャンスは少ないだろうが、今後生き残るうえでは重要なところだ。確実にやっていかなくてはならない。
――……出てくるかしら……?
冬子が足音のした方向をじっと見据えていたその時、木々の隙間から人影が覗いた。人影は、二つ。どちらも冬子の見知った顔だった。
一人は、浦島隆彦(男子2番)。あまり感情を表に出すことなく、鋭い視線でこちらを見つめている。その眼光は、神戸市中で名を知られる不良だけはあるといえるものだった。そしてもう一人は、篠居幸靖(男子8番)。こちらも冬子をじっと見ている。その手に握られた拳銃の銃口は、冬子へと向けられている。
以前冬子が哲弥と共に崩壊させたショッピングモールにいたメンバーだ。しかも彼らの仲間である横野了祐(男子18番)は、冬子によって招き入れられた哲弥が殺している。
――あまり会いたくなかった顔ぶれね……。
彼らが冬子を疑っている可能性は低い。そこまで悪目立ちするようなことは彼らの前でしていないし、ボロを出すような真似はしなかった。哲弥の姿を見ている了祐も、その場で殺しているから手がかりなどない。
だが、あの時のメンバーは今後冬子を疑うようになる可能性はある。それ故、隆彦たちや清川永市(男子9番)との直接の接触は避けたかったし、可能ならば哲弥や福島伊織(男子15番)に始末してもらいたかった相手だ。
しかし、こうして互いに顔を合わせてしまった以上仕方がない。この場をどうにか切り抜ける以外ないだろう。
可能ならば幸靖が持っている拳銃を手に入れてしまいたいが、それはさすがに難しそうだ。ひとまずデリンジャーはしまい直す。
さまざまな思考を巡らせながら、冬子は隆彦たちへの対応を始めることにした。
<残り17人>