BATTLE
ROYALE
〜 The Gatekeeper 〜
第78話〜『対峙』
目の前にいるのは、以前モールにいた時に一緒だった光海冬子(女子16番)。その姿を見て、浦島隆彦(男子2番)は少し違和感を覚えた。
冬子とは以前、ショッピングモールにいた時に出会っている。しかしその時に比べても、纏っている雰囲気に何か違和感を感じるのだ。それが何故なのか……隆彦には今一つ説明がつけられそうにない。
しかし――。
隆彦は、僅かに冬子から視線を外す。その視線の先には、少し離れた木陰に身を隠す、私服姿の女子生徒――矢田蛍(女子17番)の姿があった。
――あいつは、何故光海を恐れるんだ……?
話は冬子が声をかけてくる少し前に遡る。
隆彦と篠居幸靖(男子8番)は、このC−1エリアの木陰で、蛍と向き合っていた。雨も降っていることだし、本来ならば屋内のどこかを探すほうが良かったのだろうが、なかなか手頃な建物を見つけることができず、結局この場所くらいしか手に入らなかったのだ。
その場には、随分と長い間沈黙が流れた。蛍はこちらを見てこそいるが、一言も発しない。幸靖は周囲を警戒するといって、しきりに周囲を見回すだけ。
――まあ、無理もないな。
隆彦たちと蛍には、全く面識がない。同じクラスに不登校の生徒がいることくらいは知っていたが、会ったこともない人間だ。名前だって、このプログラムに参加させられて名簿を見た時に初めて、矢田蛍という聞き慣れない名前から『彼女が不登校の生徒だろう』と思ったくらいだった。
向こうにしたって、隆彦の名前くらいは聞いたことがあるかもしれないが、それ以上の情報など持ち合わせてはいないはず。この状況で出くわしたら、こうなるのは目に見えていた。
そもそも、隆彦たちが蛍と出会ったのは偶然に過ぎない。
モールからの脱出後、何とか脱出の方法を探したいと考え、もう一度人を探すことに決めた。まずは以前に出会っていて信用が置けそうな原尾友宏(男子14番)と星崎百合(女子14番)を探すことにしようとした。
だが脱出直後からの雨で、思うような動きが取れず、結局次の定時放送まで何も進展がないまま時間は過ぎていった。そんな状態で少し焦りを抱え始めた時、G−2エリアの路地で銃声を聞いた。
様子を見に行こうと路地の先へと歩を進めたところで隆彦は、ショットガンを持った福島伊織(男子15番)と、彼に追われる黒の半袖シャツにジーンズ姿の女子生徒――蛍を見つけた。瞬間に、状況を察した隆彦は蛍に声をかけていた。
――そこの奴、こっちに来い!
その声が自分に向けられていると気づいたらしい蛍は、戸惑いを隠せないといった表情をしながらも、隆彦たちの方へやってきた。隆彦は幸靖に伊織への牽制を任せ、銃撃で伊織の足が止まった隙に蛍を連れて駆け出したのだ。
別に、蛍を助けたいと思ったわけではない。
ただ、目の前でよく知らない相手とはいえクラスメイトが死ぬかもしれないのを放っておけるほど、隆彦も幸靖も冷血ではなかったということなのだろう。
それに何より、今は何とか仲間が欲しいと思っている時だったし、見る限りやる気ではなさそうな蛍ならば仲間に加えられるかもしれない、という思いも多少あったのだ。
だが全く話は進まない。
このままでは埒が明かない。そう思って、隆彦はまず自分から話しかけてみることにした。隆彦は蛍の方をじっと見据え、話かける。
「……矢田、だっけか。お前は、やる気じゃない。そう思って良いんだな?」
隆彦の問いかけに、蛍は即座に頷いて返す。それを見て、隆彦は言葉を続ける。
「俺たちも、このゲームに乗る気なんてさらさらない。俺たちは、このゲームから脱出する方法がないか考えてる。でも俺たちだけじゃどうにもならない。だから、今は仲間が欲しい」
蛍の表情が、少しだけ和らぐのが感じられた。少しは警戒を解いてくれたものと考え、隆彦は続けた。
「だから、良ければ俺たちの仲間にならないか? まだ先は見えないが、信用できる仲間が多ければ可能性は上がると思う。どうだ?」
蛍はしばらく思案顔といった感じの表情を浮かべ、やがてこちらを見据えて言う。
「――分かったわ。あなたたちは信用できると、私も思う。正直なところ、私も仲間はいたほうが良いって思ってたから」
「了解。じゃあひとまず俺たちは仲間ってことだ。とりあえずは、お互いの情報を交換しておこうか」
話が成立したところで、隆彦はすぐに蛍との情報の交換を始めることにした。蛍からも、誰かしら信用できそうな人間の話が聞き出せるかもしれない。そう判断して、隆彦は自分と幸靖に今まであったことを話してみた。すると、蛍に反応があった。
「じゃあ、井本さんには会ってない? 井本直美」
「井本?」
隆彦は少し首を傾げた。井本直美(女子1番)のことを、何故蛍が聞いてくるのだろうか? 不登校だったはずの蛍に、彼女とどんな接点があるのだろうか。
「……悪いが、井本には会ってないな。どうしても会う必要があるのか?」
「――ちょっと、重要な話がしたくって。どういう話かは、今はまだ話せない。ごめんなさい」
そう言って、蛍はぺこりと頭を下げた。
「いや、話しづらい話なら構わない。俺たちに今すぐ関係ある話じゃないっていうなら、尚更だ」
「ありがとう。じゃあ、次は私の方の話ね――」
直美についての話はそこで打ち切って、今度は蛍の話を聞く。しかし、仲間にできそうな人物については有力な情報は得られなかった。彼女が出会ったやる気でない人物といえば園崎恭子(女子7番)くらいのようだが、彼女は少し前の放送で既に名前を呼ばれている。
それでも、役に立つ情報もある。さっき蛍が襲われた伊織以外にも、危険人物として町田江里佳(女子15番)の名前が挙げられたからだ。
江里佳について、隆彦はそこまで脅威と認識してはいなかったが、蛍の話を聞く限りでは既に相当狂気に囚われているらしい。銃も持っているということだし、普段の姿と同列に捉えない方が良さそうではある。
これで、危険人物といえるのは伊織と江里佳、そして岡元哲弥(男子3番)ということになる(かつて仲間だった中山久信(男子12番)は、恭子と同じ放送で名前を呼ばれていた。既に久信とは決別したはずなのに、そのことを知ったとき隆彦は、胸がちくりと痛むような感覚を覚えた)。
無論、まだ遭遇していないだけの危険人物もいるかもしれない。しかし、少しでも情報が得られただけでもましだと思うほかない。
――となると、やっぱり原尾と星崎を仲間にするのが妥当ってことになるか……?
隆彦がそこまで思考していたとき、周囲を見回していた幸靖が、声を潜めて声をかけてきた。
「隆彦さん、今こっちに誰か来るのが見えました」
どうやら、何者かがこの場所に近づいているらしい。とにかく、相手が誰なのかをきちんと確認しなければ。隆彦はそう思った。
「よし、こっちから相手の姿を確認して……」
そう言いながら隆彦は身を少し動かす。その時、近くの木の枝に身体が触れる。少し撓んだ枝はしなって揺れ、枝についた葉が擦れてがさがさと音を立てる。その音は存外に大きいものとなって、周囲に響いた。
――しまった――!
相手にこちらの存在に気づかれてしまっただろうか。その恐れを抱きながら、隆彦は辺りを警戒する。もし相手がやる気だった場合、上手く逃げる算段を立てなければならない。どうするか……。
その時、唐突に声がした。どうやら、女の声だ。
「……誰?」
しかし、この一言では女子生徒だということしか分からない。うかつにこちらから返事をするのは危険すぎる。隆彦は幸靖に目配せをし、蛍には口の前で右手人差し指を立てるポーズをとり、こちらの意図を伝える。幸い、どちらにも意図は伝わったようで、幸靖も蛍も口を噤んでいる。
すると痺れを切らしたのか、物音と共に、隆彦たちのいる場所から少し山を下った開けた場所に一人の女子生徒が姿を現した。
「私が見える? 私、光海よ。こうやってわざわざ姿を見せたんだから、そっちも見せてほしいんだけど」その女子生徒――光海冬子(女子16番)は、敵意はないと示すためなのか、わざわざその身を晒してこちらに声をかけてきている。
冬子は、少し前まで同じショッピングモールに隠れていた元仲間の一人だ。あの時彼女は、他のモールの連中――志賀崎康(男子7番)たちと一緒にいたはずだ。その後の放送で康と蜷川悠斗(男子13番)の死が知らされ、残るメンバーは清川永市(男子9番)と冬子だけになっていたはずだ。
しかしその冬子が、何故一人でここにいるのか? あの後で一人で逃げた? それとも哲弥か誰かに襲われ、彼女と永市だけ助かって二人はバラバラに逃げた? それとも……。
――分からねえ!
隆彦には、冬子の置かれている状況をはっきりと推測できる要素がなかった。声をかけてきたということは敵意がないとも取れるが、状況的に真っ白とも言い難い。どうするべきか、隆彦は迷った。
「こっちにはやる気なんてないの。だからお願い、そっちにその気がないなら姿を見せて」
冬子がなおも声をかけてくる。あまり向こうを焦らすのはまずい。もし彼女が仲間にすることのできる相手だった場合、ここで心証を損ねることはマイナスになりかねない。
だが、隆彦にはどうしても判断がつかない。悩みに悩み、隆彦は幸靖と蛍を見る。
幸靖は隆彦と同じく、隆彦と蛍を交互に見比べている。どうやら幸靖も、判断がつかないでいるようだ。何とか隆彦と蛍から良い意見を得られないかと考えている。そんな顔だ。
次に蛍。彼女はというと――。
木陰で身を屈め、俯いていた。
その表情を推し量ることはできないが、微かに除く肌は蒼白になっており、その身を震わせている。雨に濡れて冷えたにしては、あまりにも急だ。
「矢田、どうした?」
同じように蛍の反応が気になったらしい幸靖が、少し蛍に近づいて小声で声をかける。蛍が何と言っているかは聞き取れないが、彼女の唇が何度か動くのが隆彦にも見えた。
「……幸靖。矢田は、何て?」
「――怖い、としか」
――怖い?
怖いというのは、何に対してだろうか? さっきまではこんなに様子がおかしくなったりはしなかったはずだ。隆彦たちにも少しずつではあるが心を開いてきていたはずだ。
では、恐れているのは何か? あり得るものは一つだけしかない。隆彦はそう思った。
冬子だ。蛍は冬子を恐れているのだ。その理由が何なのかは分からない。蛍はそう簡単にはその理由を話してはくれないだろう。だが、少なくとも蛍の様子が尋常でないことだけは確かだ。
――結論は、出た。
隆彦は幸靖の方を見る。幸靖もどうやら隆彦と同じ結論に達していたらしく、こちらを見て一つ頷く。さすがは仲間、話が早い。
隆彦たちは蛍に隠れているよう指示して、意を決して冬子の前に姿を見せた。
ようやく姿を現した隆彦たちを見て、冬子は少し目を大きく開き、やがていつも通りの表情に戻った。それが何を意味するかは隆彦には分からない。
だが、結論自体は出ている。この状況はすぐに終わらせられる。
幸靖は隆彦の横で、ジェリコの銃口を冬子に向けたまま立っている。
やがて、冬子が口を開いた。
「やっと出てきてくれたのね。見ての通り、私はやる気じゃない。浦島君たちなら、そのことはよく知っているでしょう?」
「……ああ。知ってる」
隆彦はそう口を開く。そして一拍置き、続ける。
「だが、今はお前と一緒にいることはできない。悪いがここは退いてくれないか」
「どういうこと? 私はこのゲームに乗ったりなんかしない。あなたたちだって、あのモールを脱出するとき言ってたじゃない。お前らがやる気じゃないのはよく分かった、って」
確かに、あの時隆彦はそう言った。だが、今はあの時とは状況が違うのだ。あの後康たちに何があったか。それが分からない以上すんなりと彼女を真っ白と判断できない。おまけに、蛍のあの反応だ。蛍は冬子に恐れを抱き警戒している。それは間違いないだろう。
蛍が何を知っているのかは分からない。だが、隆彦と幸靖だけで判断するより、蛍の反応も考慮に入れたほうが良い結果を生むかもしれない。
だが、蛍のことを今ここで話に出すのは避けたほうが良いだろう。冬子が真っ白だった場合に、後で要らない疑念を抱かれるかもしれないから。もっとも、この時点で心証は最悪な気もするが……もう仕方がないだろう。
「――確かに俺はそう言った。でも、あの時とは状況も変わってきてるんだ。とにかく、今の俺たちにお前と行動を共にする気はない。悪いとは、思うがな」
隆彦ははっきりとそう言い放つ。そして、幸靖は相変わらずジェリコの銃口を冬子に向けたまま。
そこでようやく、冬子が口を開いた。
「……そう強く出られちゃ、仕方ないわね。ごめんなさい。また、会いましょうね」
それだけ言って、冬子は踵を返して去っていく。その姿はやがて木立に隠れて見えなくなった。
「……しっかし、矢田の奴どうしたんですかね」
冬子が去っていったのを確認したところで、ジェリコを下ろした幸靖が呟く。
「さてな。矢田が落ち着いたら、話を聞いてみるしかないだろう。あの様子は尋常じゃないからな」
「そうですね……」
言いながら、隆彦と幸靖は蛍のいる場所へと戻っていく。蛍のあの態度の理由が、どうしても引っかかる。
――光海に、何かあるのか……?
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