BATTLE ROYALE
The Gatekeeper


第79話〜後悔の章・4『約束』

 プログラム会場南端、J−7エリア、ホテル1階ロビー。そこには、少々重苦しい雰囲気が漂っていた。
 
玉山真琴(女子8番)のグループ離脱。その事実は残った仲間の心を沈ませてしまっていた。それは井本直美(女子1番)も例外ではなかった。蜷川悠斗(男子13番)のことに整理がつかない状況での、さらなる追い打ちは直美の心をますます傷つける。
 直美はただ、ロビーのソファに以前と同じように座り込んでいる。

 今は、直美に声をかけてくる者もいない。
 真琴が出ていくのを許した形になってしまった
戸叶光(女子10番)度会奈保(女子18番)は、ほとんど口を開かない。光はまだ若干の立ち直りを感じさせるが、奈保はすっかり気落ちしているのか、俯いたまま表情さえ伺えない状態だ。どちらもフロントのカウンターにもたれかかるようにして座り込んでいる。
 そして誰よりも衝撃が強いはずなのは、今ここにいない
阪田雪乃(女子5番)のはずだ。彼女は今、見張りに出ている。
 自分が直美を探しに出ていったせいで、真琴は出て行ってしまったのではないか。雪乃はきっと、そう思っていることだろう。
 でもそれならば、その原因を作ったのは直美にある。そう思うと、直美の胸がちくりと痛む。

――私が、身勝手だったんだ。

 悠斗のことを気にするあまりに、勝手な行動をとった。そうして
福島伊織(男子15番)に襲われていた直美の危地を、雪乃は救ってくれた。しかしそのことが、結果的に彼女の心を痛める原因になってしまった。
 直美は、知っていた。雪乃が、悠斗に好意を抱いているということを。
 以前、直美が悠斗と距離を置こうとした時の彼女の反応で、直美は大体のことは察していた。雪乃は悠斗が好きなのだと。そして自分のために身を引こうとしているのだと。
――雪乃。私たち、親友だよ? 気づかないわけ、ないじゃない……。
 直美の中で、少しずつ周りを見つめなおす気持ちが湧き上がってきていた。それは、雪乃が受けている衝撃を理解しているが故なのだろうか。心の整理がつかないままではあるが、少しだけ落ち着いてきてはいる。
 だからといって、気持ちが晴れることはないのだが。
――私も、雪乃や皆のために何かしたい……。
 今まで迷惑をかけてきているだけに、ここにきて他の仲間のために何かしたい気持ちが出てくる。だが、具体的に何をすれば良いのかが出てこない。
 沈んでいる皆を鼓舞しようにも、直美自身気分が晴れたわけではない。その状態では空回り――いや、逆効果になりかねない。
――どうすれば良いの……? ねえ悠斗、私どうしたら……。

 その時、外に通じる出入り口から、雪乃がバリケードの隙間を縫って入ってきた。身体が雨に濡れたのか、少し水滴が床に滴っている。
「あっ、雪乃……。もう交代の時間だっけ。お疲れ様……」
 最初に雪乃に声をかけたのは、奈保だった。彼女にしては珍しいが、たぶん彼女なりに雪乃を気遣っているのだろう。奈保は自己主張こそ少なく目立たないが、時々こうした気遣いを見せる。彼女もまた、仲間を大事に思っているということなのだろう。
「うん、私は大丈夫。ごめんね奈保、心配させて」
 そう言って、雪乃は笑みを浮かべる。でも、その笑顔はどこか無理をしていることがはっきりと見てとれる。そんな彼女の姿を見るのが、少し辛い。
「じゃあ、次は私の番だっけ。雪乃、銃貸して」
 光が、そう言いながら立ち上がると、雪乃のもとへと近づく。雪乃は光を見ると、すぐに手に持っていたS&WM686を手渡す(ちなみに、悠斗が持っていたファイブセブンは、今も直美の手元にある。予備の弾丸もない以上見張りに持たせるのは良くないということ、そして何より悠斗の形見に等しいものだから、と雪乃が持っているように言ったのだ。直美はそう言われたとき、何とも複雑な思いがした)。
「分かった。よろしくね、光」
「了解……あ、雪乃」
 M686を受け取ってバリケードの外に出ようとした光が足を止め、雪乃に声をかける。
「マコのこと……ごめんね」
「え?」
「私がしっかりしてれば、マコが出て行くようなこともなかったはずなのに……本当に、ごめん」
 そう言って、光は雪乃に向かって頭を下げた。
「いや、私がしっかりしてないから、真琴も出て行ったんだと思う。光が謝ることはないよ……」
 雪乃はそう言って、また笑みを浮かべた。精一杯、残った皆をまとめるために。そういう意志が見える、やはり見ていて辛くなる笑顔。
「でも、本当に――ごめん。それだけは、言っておきたかったから。じゃあ、見張りに行ってくるね」
 光はそう言い残して、バリケードの外へと出て行った。それを見送った後、雪乃は私物のスポーツバッグからタオルを一枚取り出して、濡れた身体を拭き始めた。直美は、そんな彼女に近づく。
「……ねえ、雪乃」
「うん?」
「私に何かできることあったら……言って? もう私、これ以上皆に甘えていたくないから。一人で抱え込まないで。お願い」
 心の底からの思いを、言葉にする。自分で何をすれば良いのか分からなければ、彼女の願いを聞き届けよう。そうやって、少しでも力になっていこう。直美はそう思っていた。
 雪乃は一瞬きょとんとした表情を浮かべ、すぐに微笑みを浮かべて言う。
「直美、ありがとう。直美が少しでも元気になってくれるんなら、私はそれだけで嬉しいよ。まあ、何かお願いしたくなったら必ず言うからさ。今のところは、そういうことでお願い」
「……分かった」
 直美はそう返事をして、雪乃から離れていく。

――雪乃……。本当に、ありがとう。
――何か困ったら、必ず力になるから。親友として、仲間として。

 思わず涙腺が緩んだが、直美は必死で涙を堪えた。
 まだまだ自分には涙が残っていたのかと、思い知らされた。

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