BATTLE ROYALE
The Gatekeeper


第80話〜『変貌』

 バリケードの外に出てみると、外は相も変わらず雨続き。ただでさえ気が落ち込んでいるというのに、ますます滅入りそうで嫌になる。
 そんなことを思いながら、
戸叶光(女子10番)は見張り用のポイントにつく。

――あー、本当に嫌になるなぁ、この雨。

 思えば、
玉山真琴(女子8番)が出て行ったのも、雨が降り出してからだ。おかげで光の中では、雨というものへのイメージはまさしく最悪となっている。その雨を眼前で見続ける気分は、良いものではない。
 真琴はきっと、光たちに見切りをつけたのだろう。もう、ここにいても先はない。そう判断したということだ。
 もともと真琴はかなりドライな性格だったし、このホテルに来てからも自分本位なことを度々言っていた。光はそんな真琴の態度に苛立っていた。
 
井本直美(女子1番)の気持ちも考えずに好き勝手なことを言い、そのたびに光は真琴の言動に腹を立ててきた。でも、実際真琴がいなくなると思うのだ。やはり彼女も自分たちの仲間。大事な友人なのだと。
――やっぱり、私がもう少しマコにも気を使えてたら……。
 そんなことを考えてしまう。そうしておけば、
阪田雪乃(女子5番)にも余計な不安を与えずに済んだのに。
 後悔ばかりが、胸を過る。

 しかし、そのことばかり考えていても仕方がない。光は何とか後悔を振り切って先のことを考えようとする。
 正直なところ、このまま隠れ続けていても埒が明かないのは事実。そうなると、優勝以外で生き残る方法は脱出しかない。
 光の知る限り、二年前――1997年に脱出の例があった。香川県の中学で、男女一人ずつ脱出したとかいう話だ。それと去年にも、そういった話があった。これは確か山口県の中学。結構な人数が逃げたとかで、割と話題になっていたのを覚えている。
 少なくとも、脱出というのは不可能な話ではないのだろう。だが、どうすれば脱出できるかなど、そういった情報から得られるはずもなかった。そして光には、そういう具体的なアイデアをひねり出すことはできない。
――こういう時に、普段の読書が役に立たないっていうのはもどかしいなぁ……。
 光は読書を好み。知識欲の赴くままに様々な本を読み漁ってきた。勉強は苦手だが、知識を得る作業は苦とも思わなかった。
 しかしその知識も、この状況で役に立たないのでは意味がない。光は今になって言いようのないもどかしさを感じていた。
 となれば、他の生き残った生徒たちと力を合わせて具体案を生み出すしか方法はない。そこで光は、今生き残っている生徒たちの中で仲間にできそうなのは誰かを考えてみることにした。

 前の定時放送の結果、残る生徒の数は17人。既に半分を切ってしまっている。そして光の友人たちのうち、最初にあの駅舎を出発した
鞘原澄香(女子6番)は、最初の放送で早々に名前を呼ばれてしまった。出発の時の、怯えきった澄香の姿が思い出される。彼女は一体、どこでその生命を散らしたのか。合流もできずに死んでしまった友人を思う。
 それと、澄香同様に合流できないままではあるが、まだ生きている友人に
町田江里佳(女子15番)がいる。少しぽっちゃりとした、おとなしい江里佳の姿を思い出す。
 彼女は一体、どうしているのだろうか。何故、雪乃が駅舎で回したメモに従わなかったのだろうか。ひょっとして……。
――いや、江里佳に限ってあり得ないわ。ゲームに乗るだなんて、そんな――。
 光は必死に、脳裏を過った可能性を打ち消す。友人がこの殺し合いゲームに乗った姿、そんなものを想像したくなかった。
 その他には
浦島隆彦(男子2番)篠居幸靖(男子8番)といったいわゆる不良グループ。彼らはクラス内でもめ事を起こすようなことはなかったので避けられてはいなかったが……この状況では、正直どう転ぶか予想できない。
 
岡元哲弥(男子3番)も、よく分からない存在だ。ろくに話もしたことがないし、どういう人物なのかさっぱり分からない。
 
清川永市(男子9番)は、十分信用しても良さそうだ。蜷川悠斗(男子13番)から直美を通してではあるが、その人となりはある程度は理解できているはず。社交的で、確か政府に禁止されているロックを密かに愛好しているという話を聞いたことがある。以前にも教室内の仲間内の会話で政府への不満(主にロック絡みだが)をぶちまけていたのを聞いたことがある。
 
原尾友宏(男子14番)星崎百合(女子14番)は、出発順も近かったし、たぶん一緒に行動していることだろう。となるとゲームに乗っている可能性はかなり低くなる。永市と並んで信用できそうな相手かもしれない。
 
福島伊織(男子15番)は、直美と雪乃が既に出会っているらしい。直美を襲っていたということだから、十中八九やる気になっている。彼については問答無用でアウトだ。
 
北岡弓(女子4番)。これもちょっとどうなるか分からない。不良っぽい雰囲気はあるが彼女も特に敬遠されたりはしていなかった。しかし、彼女の仲間の乙子志穂(女子2番)沼井玲香(女子12番)は既に死んでいる。となると、やる気になっている可能性だってある。
 
夏野ちはる(女子11番)光海冬子(女子16番)。二人はやはり一緒に行動しているのだろうか? そうでなかったとしても、あの二人がゲームに乗る展開は光にはどうも想像しづらい。
 そして
矢田蛍(女子17番)。一番分からないのが彼女だ。そもそもずっと不登校だった蛍のことを、光は全く知らない。不登校になる以前も違うクラスだったし、蛍の家に定期的にプリントなどを届けていた雪乃も本人に会ったことはなかったという。
 光も蛍の顔はほとんど知らないが、出発前の駅舎にいた、黒い半袖シャツとジーンズ姿の異質な女子は覚えている。あれが多分、蛍なのだろう。雰囲気からは危険な感じはなかったが、分からない。よく気を付けたほうが良いだろう。

 こうして残った生徒を考えてみても、合流できそうなのは江里佳以外には、永市、友宏、ちはる、百合、冬子といったところだ。
 しかし彼らの誰ともまだ出会ったりはしていない。そうなると、彼らを無条件に信用することはできなくなる。でも、信用できるかもしれない人間が、このホテルの中以外にもいる。そう考えると随分と気が楽になる。
――そうだ、このことを見張りが終わったら雪乃に話してみようか。
 このままここに居続けても仕方がないことは、彼女も分かっているはず。ならば可能性を信じて動いてみるよう、雪乃に言ってみるのもありだと思う。
 可能性が見えてきた方が、空気を良くすることにも繋がるはずだ。
 そんなことを考えていたとき、光は何か気配を感じた。視線を、ホテルの敷地の外の方へ向ける。雨に紛れて、誰かがこのホテルの方へと近づいてきている。
 警戒して、光はM686を握る手に力を込める。相手が誰なのか、それを見極めなくてはいけない。相手がこのホテルに向かってくる気で、しかもやる気とあれば……光もやらなければならないのだ。
――誰……?
 その誰かは、こちらへと歩を進めてきている。そしてその姿が、徐々に光の眼にもはっきりと認識できるようになってきた。
 相手の顔に、光は見覚えがあった。それは間違いなく、光も、そして雪乃も直美も奈保も見覚えのある顔。
 江里佳だった。ホテルに合流できなかった友人の一人である、町田江里佳。彼女が遂にこのホテルに姿を現したのだ。そのことに、光は安堵感を隠せなかった。
――え、江里佳――!
 やがて江里佳は、光に気づいたような素振りを見せた。そして光のいる方へと近づいてくる。
「……ひ、かる……?」
「江里佳……! 良かった、無事だったんだね!」
 光がそうやって声をかけると、江里佳はこちらへと駆け寄るように近づいてくる。その手には、一丁の拳銃が握られていたが、銃口は下を向いたまま。こちらに敵意があるわけでもなさそうだ。
「遅かったじゃない、江里佳。あなたが来るの、待ってたんだから」
「――ごめんね、光。色々パニックを起こしちゃって、それで……」
 恐縮そうに言う江里佳を制し、光は言った。
「良いよ、あなたがこうやって無事だったなら、雪乃たちだって何も言わないからさ。早速、中に入ろう? 雪乃たちに会わせてあげる」
 光は振り返り歩き出す。出入り口の方へ向かい、江里佳を招き入れようとする。

――良かった。仲間が増えるだけでも、本当に良かった。江里佳が無事で、本当に――。

 一発の、銃声。
 光の背中に、鈍い痛みが走った。

――な、に……?

 振り返ると、視線の先に江里佳がいた。そこにいた江里佳は、いつもの……さっきまでの江里佳とは違った。さっきまで地面に向けられていた拳銃――ピストレット・マカロフの銃口は、光に向けられている。そしてその顔は――狂気に歪んでいた。
 そして光の背中から、血液の抜ける感覚が伝わる。それはすなわち、光が江里佳に撃たれたということを指し示していた。
「何よ……どう、いうこと……?」
 わけが分からなかった。何故江里佳が自分を撃ったのか。今浮かべている表情の意味は何か。何もかもが理解不能だった。光の脳が、著しい混乱を来し始めていた。
――江里佳が、ゲームに乗った? そういうことなの? そうなの? 嘘、でしょ?
 とにかく、反撃するしかない。光は混乱の中、どうにか右手に握られたM686を構えようとする。しかし混乱した脳からの信号が腕まで伝わらないのか、右腕は上手く動かない。 その間に、江里佳がマカロフの引き金を、引いていた。
 もう一度、銃声。
 江里佳が放った銃弾は、正確に光の額を捉え、その頭蓋骨を貫いた。鉛弾は混乱を来した光の脳を即座に破壊し、その機能を停止させることで混乱を抑えた。銃弾が貫通して後頭部を飛び出すと、その衝撃で光の後頭部が爆ぜた。
 完全に力を失った光の身体は、ゆっくりと仰向けに倒れると、もう二度と動くことはなかった。背中の銃創から溢れた血液と、後頭部から漏れた脳漿の一部が混ざり合い、酷く不気味なコントラストとなった。
 江里佳は光がもはやその生命活動を停止させていることを確認すると、口元を大きく歪めた。そして彼女の手からM686を引き剥がすと、出入り口へと足を進めた。

 <PM20:03> 女子10番 戸叶光 ゲーム退場

<残り16人>


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