BATTLE ROYALE
The Gatekeeper


第83話〜『祈願』

 上階の方で、銃声が聞こえる。そしてそれに混じり、度会奈保(女子18番)のものと思われる叫び声が微かに響いた。それを背に、阪田雪乃(女子5番)はデイパックと私物のスポーツバッグを手に取っていた。
 恐らく奈保は、恐怖に晒されているのだろう。だがそんな彼女を助けに行くことはしない。これから雪乃は、
井本直美(女子1番)と共にこのホテルを脱出する。
 ホテルの厨房に存在する勝手口。ここならばもともと規模が小さいこともあってバリケードもすぐに動かせる。バリケードは既に、直美が取り払っていた。
――ごめんなさい、奈保。本当に、ごめん。
 雪乃は、もう届かないかもしれない思いを浮かべる。そして、目の前にいる直美を見据える。直美はもう、荷物の準備を終えていた。その手には、
蜷川悠斗(男子13番)の形見となったファイブセブンもある。
「さあ、雪乃。行こう」
 直美がそう言って、雪乃を促す。その姿を見て、雪乃は何だか少しほっとした思いがした。
 悠斗の最期を看取って以降、直美はずっとふさぎ込んでいた。いや、このゲームに参加させられてからずっとそうだった。悠斗と距離を置いたことを後悔し、それを取り返すことができなくなった。そのまま戻ってこれないのではないか。雪乃はそう思ったりもした。
 だが、
玉山真琴(女子8番)の離脱をきっかけに変化が起きた。
 少しずつだが直美が、いつも通りの姿を取り戻しつつあり、今度は逆に雪乃自身の気分が落ち込み始めている。
 そんな雪乃に、直美が言った言葉がある。

――私に何かできることあったら……言って? もう私、これ以上皆に甘えていたくないから。一人で抱え込まないで。お願い。
――二人で最低を分け合おうよ。私が、雪乃の荷物を背負うの手伝うから。

――いつの間にか、私が直美に支えられていたんだ。

 その事実に気づいて、雪乃は直美の表情を見る。その眼には、確かな力が宿り始めている。
 もうすぐ――きっともうすぐ、雪乃がよく知る井本直美が戻ってくる。そう、雪乃は確信した。

「……どうしたの、雪乃。さあ、行こう」
 直美がそう言って、雪乃に向かって手を差し出す。雪乃は、その手をしっかりと握る。それを確認した直美は、すぐ目の前にある扉を開いて外に飛び出す。外はまだ、強い雨が降り続いていた。
「雪乃、また濡れちゃうけど……ごめんね?」
「――別に大丈夫だよ、私は」
 そう言って雪乃は、直美に笑みを返す。あまり彼女を心配させたくない。そう思って出た笑顔だった。直美はその笑顔を見ると、言った。
「無理はしないでね、雪乃」
「本当に、大丈夫だから」
 言いながら、二人は雨の中へと駆け出す。
 同時にホテルから二発の銃声が雨に紛れて響く。それ以降、銃声はしない。それは、奈保が
町田江里佳(女子15番)によって遂にその生命を奪われたことを示している。おそらく江里佳は、次に雪乃たちを追ってくるだろう。
――ごめんね、奈保。
 雪乃はもう一度、心の中で奈保への謝罪の言葉を叫ぶ。隣の直美も、沈痛そうな表情を浮かべている。だがその眼は、前を見据えている。
 雪乃たちはとにかく走った。走った先にあてなどはない。だが、走るしかなかった。

 死の直前に、悠斗が直美に言っていた言葉が蘇る。あの時、悠斗が直美に向けて言葉を発していたのを、雪乃も聞いていたのだ。彼はあの時、確かにこう言っていた。

――生きてくれ。

 それこそが、悠斗が直美にかけた願い。そう思った。ならば自分は、悠斗の願いを叶えるために戦わなければならない。
 直美の友人として。そして、悠斗を想う一人の女として。彼らの望むことを叶えたい。そんな思いが雪乃の思考の中にあるのだ。そのために、今は逃げるしかない。それしか、今直美を助ける方法はなかった。

 雪乃たちはホテルから北へと走り、I−7エリアに入る。少し北には、海洋博物館が見える。そのさらに先には、雪乃たちがいたホテルよりもっと大きなホテルが見える。
――江里佳が近くまで来てないと良いんだけど……。
 そう思った、まさにその時だった。一発の銃声と共に、雪乃の左足に強い痛みが走った。
「うっ……」
 痛みに耐えかねて、思わず雪乃は地面に倒れこむ。タイル張りの地面に叩き付けられた格好になって随分と痛かったが、足の痛みはそれ以上だった。
「雪乃!」
 直美が慌てて立ち止まり、雪乃を見ている。雪乃自身も少し身を起こして、痛む左足を見る。そして、目を見開いた。雪乃の左太腿に、一つ穴が開いている。そこから鮮血が溢れだして、タイルを赤く染め上げ始めていた。どうやら、撃たれたらしい。雪乃はすぐに、銃声の正体を探す。
 そして、その正体に気づく。雪乃たちが逃げてきた方角に、妖しい笑みを浮かべた江里佳の姿があった。その右手には、拳銃。その銃口からは微かに、硝煙が立ち昇っていた。
「江里、佳……」
 雪乃は呟いて、何とか立ち上がろうとする。だが、撃ち抜かれた左足がどうにも言うことを聞かない。まともに力が入らず、立ち上がるには相当の時間がかかりそうだ。だが悠長にしていたら、江里佳はまた引き金を引くだろう。そうなれば、雪乃自身も、直美も危険だった。
「雪乃、しっかりして! 雪乃!」
 直美は何とかして雪乃を立ち上がらせようとしているのか、雪乃の手を取って離れない。
――このままじゃ、いけない。
 雪乃はそう直感した。

「ぐう、っ……!」
 全身の力を振り絞って、雪乃は自分の力でどうにか立ち上がる。そして、直美に言った。
「直美……あなたのナイフ、貸してよ」
「えっ?」
「良いから早く!」
 雪乃の剣幕に押されてか、直美は持っていた自分の支給武器であるフォールディングナイフを雪乃に手渡す。雪乃はそれを右手で確かに握りしめると、続けて言った。
「ねえ、直美。あなた……私にできることあったら言って、って――さっきそう言ってたよね?」
「そ、そうだけど――」
「じゃあ、今から私の願いを叶えてよ……生きて。私の願いは、それだけ」
「い、いきなり何を――」
 直美の言葉を遮って、雪乃は続ける。
「蜷川君は! 彼は……あなたに生きてほしいって願ったんでしょう? なら、私の願いも同じ。あなたに生きてほしい。今の私には、それさえあればもう他には何もいらないの。だから……」
 一呼吸あく。江里佳はその間にもこちらとの距離を詰めてくる。早くしなければ。雪乃はそう思った。
「私はしてほしいことを言ったわ。だから… …叶えて。お願い……」
 心からの言葉だった。どうかその意志が、直美に伝わっていてほしい。そう願った。
 そして直美は、雪乃の眼をじっと見つめた後、踵を返して走り去っていった。その眼には、涙らしきものが見えた気がしたが……よく分からなかった。
 改めて、雪乃は江里佳に向き直る。江里佳は既に雪乃に完全に狙いを定めたようで、走り去っていく直美には目もくれない。
――それで良い。それで良いのよ。
 雪乃は、精一杯の力でフォールディングナイフを握りしめ、江里佳の方へと進む。左足は既に感覚がないのだが、何故かまだ立てるし動ける。何とも不思議な感覚だった。
 そして雪乃は、フォールディングナイフを翳して江里佳めがけて走り出す。その動きは極めて緩慢で、どうしようもなく遅い。だがそれは、強い意志のこもった動きだった。そして江里佳が、雪乃に向けて右手の拳銃の引き金を引いた。
 放たれた銃弾が、雪乃の左胸を確かに貫く。不思議と、痛みは感じなかった。既に痛覚が麻痺していたのだろうか、それとも……。とにかく、衝撃で雪乃の身体が後ろに傾く。もう、力は残っていない。重力に従って倒れるだけの中で、雪乃は思考する。

――蜷川君。これで良かったのよね? あなたの大切な人は、まだ生きてる。あなたの願い、私は叶えられたのかな?

――光、奈保。ごめんね。私……不甲斐ないリーダーだった。本当に、ごめんなさい。

――直美。生きて。友達として、一人の女として、それだけを願うわ。そして、どうか元気で。

「……さよ、なら」
 掠れた声で、呟く。同時に雪乃の身体は地面に仰向けに倒れこみ、二度と動くことはなかった。その身体の熱は、強い雨によって瞬く間に奪われていった。

 <PM20:32> 女子5番 阪田雪乃 ゲーム退場

<残り14人>


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