BATTLE ROYALE
The Gatekeeper


第84話〜『強襲』

 足元には、一人の女子生徒の亡骸。左足と、左胸を撃ち抜かれている。亡骸の正体は、阪田雪乃(女子5番)で間違いなさそうだ。北岡弓(女子4番)は、つい先ほど見つけた雪乃の死体を前に思考を巡らせていた。
――やったのは、誰……?
 弓はそんなことを考えつつ、薄茶色の髪を左手で軽く梳く。雨のせいか、髪がごわごわして気分が悪い。気づけば、最近は定期的にやっている気がする。
――まあ、さっきの銃声の主がやったんだろうけどね。
 なんとなくそう結論付けて、弓は思考を打ち切る。これ以上答えの出ない思考を巡らせていても、無意味だと悟った。

 そもそも弓がここへ足を運んだのは、その銃声を聞いたからだった。
 今日の昼前、
高埜道昌(男子10番)を仕留めて以降、まともに他のクラスメイトを見つけることができないでいた。こちらからやってやると、そう決めているにも関わらず、である。
 少し前には
原尾友宏(男子14番)星崎百合(女子14番)を見つけて襲ったが、これは夏野ちはる(女子11番)に邪魔されてしまった。おまけに友宏には、左腕を撃たれてしまった。傷はさほど深くはなかったが、酷い目に遭ったものである。
――次に会ったら、絶対に殺してやる。
 弓はそう強く誓っていた。
 そして撃たれた傷の応急処置を済ませ、南の方角へ移動し始めた時、弓は複数の銃声を聞いた。それはよく聞いてみると単発の銃声が複数鳴っているように聞こえ、これまでに何度か聞いたマシンガンのものとは違っていた。
――あのマシンガンの奴じゃなければ、何とかなるかも。
 そう判断して、弓は銃声のしていた方角――南端のホテルを目指すことにしたのだ。

 ここまで来る途中にも、たびたび銃声は聞こえてきていた。結局銃声は途切れ途切れに響き続け、弓がかなり近くまで来ても鳴っていた。しかしそれもホテルがはっきりと視認できるようになる頃には止み、雨音だけが後には残った。
 そして今、弓の目の前には雪乃の亡骸が転がっている。
 弓にとって、雪乃はさほど思い入れのあるクラスメイトではない。クラス委員長だったこともあって目立つ存在ではあったが、それだけだ。出発前に、彼女が仲の良いクラスメイトに何かメモのようなものを渡しているのを、弓は見ている。おそらくは、彼女たちと合流するつもりでいたのだろう。
 だが、今の弓にとっては雪乃のその行為は嘲笑の対象だった。

――皆で仲良く、どうするか考えよう、ってとこ?
――だとしたら、あなたは大馬鹿よ。そんなこと、この場所で通用するはずないんだから。

 仲間だったはずの
乙子志穂(女子2番)はあっさりと裏切って、弓と沼井玲香(女子12番)に毒を盛った。そして玲香は悶え苦しんで死に、弓も中毒症状を味わった。
 怒りに任せて志穂を殺した弓には、これからどうするか全く考えつかなかった。だが、当てもなく彷徨い歩くうちに気づいた。この場所は殺し合いゲームの場なのだと。つまり、志穂だけでなく、他のクラスメイトも弓を殺そうと牙をむく可能性があるということに。
 ならば、やることは一つしかない。
 やられる前にやるしかない。どうせ皆やる気なのだから、先手を取ってこちらから殺しに行くしかない。
 皆自分を殺すのだ。そうされないためには、こちらもやるしかない。ならばどんな相手も問答無用。見つけ次第殺す。そうやって、このふざけたゲームを生き残るしかないだろう。
 そう考えて、弓は今まで生き残ってきた。
 あの後最初に出会った
方村梨恵子(女子3番)も、向こうから声をかけてきたようだったがすぐに殺した。普段はそれなりに近しいクラスメイトだったが、関係ない。この状況で不用意に近づいてきた彼女が悪いのだ。
 次に見つけた道昌と
所真之介(男子11番)にも襲い掛かった。結局真之介は逃がしてしまったが、道昌を仕留めて銃を手に入れられたのだから上々だろう。
 しかし、それ以降はどうにも上手くいかない。マシンガンを持って、弓以上に積極的に動いている奴もいるようだし、このままでは武器が不足してしまうかもしれない。弓に、少し焦りが出始めていた。

 とにかく、これ以上雪乃の死体を見ていても収穫はなさそうだ。彼女の右手にはフォールディングナイフが握られているが、死後硬直が起きているのか取れそうにない。それに、今更ナイフ一本増えたところでどうにもならなさそうだ。
――メインはやっぱり、これでしょうね。
 弓は、右手に握った拳銃――道昌から奪ったコルト・ガバメントを見る。あくまでもメインはこれ。そしてもともとは玲香に支給されていたクロスボウ。これはデイパックの中に忍ばせてあるが、いざという時に取り出しやすいように仕舞ってある。
 できれば、もうクロスボウを出すような状況に追い込まれたくないものだが……。
 そう思いながら、弓は雪乃の死体から離れていく。

――銃声の主は、まだ近くにいるのかしら? 上手く不意を突いてやれれば良いんだけど――。

 もしその相手を倒せれば、今の銃に加えてもう一つ銃を手に入れられる。そうなれば万々歳だ。
 しかしその相手は、やる気になっている人物である可能性が高い。そうなれば、梨恵子や道昌の時のようにはいかないかもしれない。先に相手を見つけ、奇襲を仕掛けることができれば勝算はある。
 考えながら移動しているうちに、弓は何かの気配を感じた。
――誰か、いる……?
 さっきの銃声の主かもしれない。そう考えて弓は、近くにあった木の陰に身を隠す。ここはI−6エリアあたり。会場の中でもかなりの海沿いにあたる。時折吹く潮風の匂いが、弓の鼻をくすぐる。
 その海の傍に、誰かの姿が見える。弓はその人物の姿を、気づかれないように少しだけ身を乗り出して凝視した。
 ややぽっちゃりとした体型の、女子生徒の姿が見える。右手には、拳銃が握られている。さらにもう片方の左手にも、拳銃。
――ちょっと、シャレにならないわよ……!
 弓は歯噛みした。あの女子生徒が銃声の主だとは思うが、まさか二丁も拳銃を持っているとは思わなかった。これではいくらなんでもこちらが不利だ。一旦距離をとって離れたほうが良いかもしれない。そう判断し、弓は女子生徒に気づかれないようにその場を離れようとする。
 その時だった。足元にあったやや大きめの水溜り、そこに弓の足が落ちた。普通ならば存在に気づいていておかしくない代物。しかし少々慌てていた弓は、それに気づくことができなかった。水しぶきと、大きめの音がぱしゃっと鳴った。
 直後、海沿いにいた女子生徒――
町田江里佳(女子15番)がこちらを向いた。その眼は明らかな狂気に染まり、音の主である弓を視線で捉えている。そして、右手の拳銃が弓に向けられた。
「ちっ」
 弓は舌打ちを一つすると、コルト・ガバメントを構えつつ走り出す。
 刹那、一発の銃声が鳴り響いた。

<残り14人>


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