BATTLE ROYALE
The Gatekeeper


第86話〜代行の章・2『保護』

 あれだけ降り続いた雨が、徐々に勢いを弱めてきていた。身体に当たる雨粒の感覚が薄くなっていることで、清川永市(男子9番)はそのことを身をもって感じていた。
 永市の目の前には、大きなホテルが姿を現していた。大きさからして、おそらくこの会場で最も大きなものだろう。そのあまりの存在感に、永市は思わず圧倒される。
「えらくでかいな、おい……」
 そんな感想を漏らしつつも、永市は自分の右手に握られたもの――探知機のディスプレイを確認する。画面には今のところ、永市自身の首輪の反応しか表示されていない。現状、この近辺には誰もいない、ということらしい。
――さっきから銃声がしてたし、井本がいないかと思ったんだけどな。


 定時放送で自分のいるエリア――G−4エリアが禁止エリアになると知って、永市はすぐに行動を開始した。
 目的は三つ。
 一つ目。
浦島隆彦(男子2番)たちともう一度合流し、協力関係を作る。隆彦たちがやる気ではなく、このゲームからの脱出を狙っているのは永市も知っている。具体案は永市にもないが、協力できる者とは協力しておきたい。
 二つ目。
光海冬子(女子16番)を発見し、真実を知る。死んだ志賀崎康(男子7番)の警戒が杞憂でなかった可能性が出てきた以上、彼女から情報を聞き出す必要がある。彼女は、蜷川悠斗(男子13番)も裏切っていた可能性だってあるのだから。
 そして、三つ目。
井本直美(女子1番)を探し出し、彼女の真意を確かめる。そして悠斗に代わって彼の心を少しでも伝える。
 直美を守るべき男――悠斗はもういない。ならば彼の友人として、永市は彼が愛した人の傍にいてやりたいと思った。そして、悠斗の気持ちが伝わっているのかを知りたかった。
 これら三つの目的を達成するためには、永市の支給武器だった探知機はまさにうってつけのものだといえた。これを逐一確認して、周囲の捜索を行う。他の生徒の反応があれば、相手の確認を行ったうえで状況に応じて接触を図る。
 他に碌な武器がないだけに、やる気の人間――例えば、
岡元哲弥(男子3番)のような奴だ――を発見した時が大変ではあるが、そういうことも覚悟の上だ。
 自分が動かなければ、何も始まらない。
 永市は、そう思っていた。


 それからずっと、目的を果たすために永市は探知機を頼りに行動を続けてきた。だがここまでで、特にこれといった成果もないままだ。
 ホテルの方角へと、永市は足を進める。ホテルの中に、誰か隠れていたりはしないかと、そう思った。その時、探知機に永市以外の反応が現れた。その反応は、ホテルの中に入ってすぐ辺りにある。動く気配がないが、既に死んでしまっているのだろうか?
 この探知機では、首輪の反応しか表示されない。その反応の主が、生きているのか死んでいるのか。男子なのか女子なのかも分からない。
 だが、ようやく見つけた反応なのだ。行ってみるしかない。
――頼む、俺の探してる奴であってくれよ。
 永市は意を決してホテルの中へと飛び込む。ホテルの敷地内には、誰もいる様子はない。ということはやはり、反応は既に死んだクラスメイトの誰かなのだろうか。
 もう一度、永市は周囲をよく観察する。そして見つけた。ホテルの入り口前、屋根付きロータリーのところに、誰かが倒れているのを。すぐに永市は、その誰かに駆け寄った。
 その誰かは、カッターシャツを着ていた。その腹部は血にまみれ、その表情に既に生気はない。
「悠斗……」
 倒れていたのは、蜷川悠斗に他ならなかった。その全身は雨と血に濡れて、すっかりボロボロになっている。自分が最後に見た時の悠斗とは、かなり違っているように見えた。しかし、その表情はやけに穏やかに見える。あのモールで、やけに疲れた様子を見せていた彼とは少し違う。まるで、このゲームに巻き込まれる前の頃のような……そんなところが垣間見えたような気がした。

――……悠斗。あの後、お前に何があったんだ?
――どうしてお前は、そんなに穏やかな顔をしてるんだ?

 疑問は尽きなかった。そして、悠斗の亡骸は多少ではあったが、綺麗に整えられている。これは、誰かが悠斗の死を看取った、ということなのだろうか? これらの疑問の答えは、今のところ出そうにない。
 とにかく、悠斗には悪いが今の時点で収穫はなさそうだ。また人を探さなければならない。
 そう思って、永市が移動をしようとした時だった。探知機のディスプレイに、また別の首輪の反応が現れた。その反応は、さっき永市が通ったホテルの前あたりにある。
――とにかく、行ってみなきゃな。
 永市は、その反応に向かって駆け出した。そしてホテルの前へと出て行った永市の眼に、一人の女子生徒の姿が映った。
「せ、清川、君……?」
 その女子生徒――井本直美も、こちらを見て呟く。さっきまで走っていたのだろうか、息はずいぶん荒く、その肩が大きく上下している。
「清川君が、なん、で、ここに――」
 直美の表情は、随分疲れている。多少休ませないと、これではまともに会話もできないだろう。ようやく探していたうちの一人と会えたが、少し落ち着かせないといけないようだ。
「あまりしゃべるな、井本。疲れてるんなら、少し休んだほうが良い」
 そう、永市は声をかける。この状況で自分が、直美からどの程度信用してもらえるかは分からないが……とにかくここは、自分が彼女を保護しなければいけない。そう思った。
「どこか、落ち着ける場所を探そう。そこでとりあえず、話を聞くからさ」
「う、うん……分かった……」
 直美は永市の問いかけに、すんなりと応じた。どうやら、ある程度信用してもらえているようだ。
――さて……とにかく、早く井本を落ち着かせなきゃな。
――でも、目標は一つクリアできそうだ。
 永市は、そう考えて心を奮い立たせた。

 惑乱編・終了
 集約編へと続く――

<残り13人>


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