BATTLE ROYALE
The Gatekeeper


集約編

Now13students remaining.

第87話〜『偶然』

 プログラムのスタート地点にして、開催本部にあたる駅舎。その一階事務室において、古嶋余地夫(1999年度兵庫県神戸市立月港中学校3年A組プログラム担当教官)はソファに腰かけて、書類とのにらめっこをしている。
 古嶋が見ている書類、それは
岡元哲弥(男子3番)光海冬子(女子16番)に関する資料の山である。放送の後、休憩をとった島居マサコ(同プログラム担当教官補佐)に代わって、これらの資料をチェックすることになったからだ。
 その中には、二人のこれまでの経歴、そして当時の写真などがある。その中の一つに、古嶋は目をやる。
「これは……」
 それは、光海冬子--当時は、唐川冬子だったか--の、養護施設時代の写真だった。他の子どもたちと一緒に、笑顔で写っている。
 だが、その笑顔に古嶋は少し違和感を覚えた。確かにその表情は笑っている。だがその眼は……決して笑っていない。他者をとことん値踏みしているような、強かで冷徹な眼だ。この当時の冬子は、まだ十歳そこらのはず。それがこんな眼を見せている……。

--こりゃ、相当のタマだな。

 古嶋はそう直感した。
 こんな眼をしている人間を、古嶋も見てきたことはある。プログラムの担当教官なんてものをしていると、嫌でも眼にすることが多くなる。この殺し合いゲームを生き残って、優勝した連中に多い眼だ。
 他人に裏切られ、生命や精神を追い込まれ、それでもなお生きた??全てを擦り減らした者の眼だ。
 しかし、このゲームが開始される前の説明中において、彼女はそんな眼をしたことなどはなかった。いや、それどころかこうやって彼女の調査を始めた段階でも、光海冬子のそういう面を証言する者などいなかったのだ。

--つまり。

 それはすなわち、光海冬子が己の暗い面を周到に隠して生きる術を身に着けている、ということだ。
 表面上は品のある良家の子女として、おとなしく振る舞っている。その一方で、心は常に打算的で、強(したた)か--他の誰かを蹴落としてでも上り詰める。そういう意識を持って行動していることになる。
 おそらく彼女は、今後もずっとそうしていくつもりなのだ。本心など絶対に見せることなく、偽りの仮面を身に着けたまま周囲を出し抜いて先へ進む。
 このプログラムにおいても、そうやってきた、ということなのだ。
 思考を巡らせて
蜷川悠斗(男子13番)を騙し、仲間に合流して哲弥と謀ってグループを崩壊させた。そして最後に、以前に自分を助けた悠斗を平然と切り捨てた。

 そんな彼女の現在を形作ったのは何なのか。そして、何故彼女は哲弥と協力を続けるのか。古嶋はそれに関心を持っていた。
 冬子について、今分かっている情報は三つ。
--七年前、父親が放火殺人を犯し逮捕、死刑判決を受けている。彼自身は昨年死刑を執行されているらしい。
--五年前に、母親が自宅で自殺。遺書はなかったが、生活に困っていた事実があったために、生活苦からの自殺と判断されたという。
--そして三年前、児童養護施設にいた冬子は現在の養父母に引き取られて『光海冬子』となった。この時、冬子は光海家の養子となるべく打算を働かせた可能性がある。
 しかしこれだけでは、冬子について知る手がかりとはなり得ない。

 その他にも気になるのは、冬子の母親が自殺する少し前に起きたという廃ビルでの殺人事件だ。
 この事件で死亡した被害者の中に、今プログラムに参加している生徒の一人--
矢田蛍(女子17番)の父親がいる。これが何の関係があるか……それは分からない。だが、古嶋には全くの無関係と切り捨てることができないでいた。
 そう感じている理由が--少し前に手に入れた資料の中にあった。島居に代わって資料をチェックし始めた時に、気になって取り寄せたものだ。

--例の廃ビル殺人事件の、捜査報告書。

 古嶋の旧知のツテで手に入れたこの資料には、またしても興味深い話が載っていたのである。
 この事件を担当していた刑事が一人、捜査の最中に事故に遭い、現在も意識不明のままだという。その刑事の名は??井本利文。古嶋はその名前を見てすぐに、今回の対象クラスの生徒資料をチェックしなおした。
 そして見つけたのだ。今回プログラムに参加している生徒の一人--
井本直美(女子1番)が、この井本利文刑事の娘だという事実を。

 五年前の殺人事件に関連する人物が、このプログラム会場に二人いる。それだけでも古嶋は驚きを隠せなかった。そして謎の多い光海冬子の存在。さらに彼女に協力する岡元哲弥。
 全ての要素が、古嶋の知的好奇心をくすぐってくる。
「--こりゃあ、凄いことになりそうだぞ」
「何が凄いんですか? 古嶋さん」
 古嶋が独り言ちると、背後で声がした。振り返ってみると、島居がこちらを見下ろしていた。どうやら、休憩を終わらせてきたらしい。
--ちょうど良かったな。
 そう思った古嶋は、新たに手に入れた情報を包み隠さずに島居へ伝えた。たちまち、島居の表情が驚きに包まれた。
「それって、もうただの偶然では済まないのではないですか?」
「ああ、俺もそう思うよ」
 それが古嶋の率直な感想だった。このクラスがプログラムの対象クラスになったのは偶然だが、五年前の殺人事件に繋がる人間が二人出てきた。それも、かなり深い形で。
「もっと細かく、調査していった方が良いかもしれないな。もうすぐ次の放送だし、その後でもうちょっと深いところまで調べてみるか」
「分かりました」
 島居がそう返事をしたのを見て、古嶋は本業へと意識を向ける。事務室の壁にかけられた時計は、まもなく0時を指そうとしている。次の放送まで、もうすぐだ。
 残りは13人。
 光海冬子も、岡元哲弥も、井本直美も矢田蛍もまだ生き残っている。

--ここから、どうなっていくのかねぇ……。

 古嶋は、そう考えながらソファから立ち上がり、ぐっと一伸びした。

<残り13人>


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