BATTLE
ROYALE
〜 The Gatekeeper 〜
第88話〜代行の章・3『質問』
プログラム会場となっている街の東、エリア区分で言えば--E-8エリア。そこは街の南東部に広がる海浜公園の端の方にあたり、人家や店舗も増えてくるエリア。
その中にある一軒の雑居ビル。その2階にある一室に、清川永市(男子9番)はいた。その部屋は何かの事務所として使われていたのか、スチール製の机と椅子が多く置かれている。入口の傍には衝立とテーブル、ソファーがあり、来客の応対に使われていたことを感じさせる。
今、ソファーの上には井本直美(女子1番)が座っている。永市は窓の傍に立って外の様子を伺いつつ、彼女の様子を見る。外の雨は、ほぼ止んだようだ。これからの行動はやりやすくなりそうだ。
直美は憔悴しているらしく、俯いて今は一言も言葉を発しない。彼女の身に起きた出来事を考えれば、やむを得ないのかもしれないが。
永市が、直美を連れてこのビルまでやってきたのは、今から一時間ほど前のことだ。何とか彼女を落ち着かせるために建物を探して、ここまでやってきた(彼女と最初に出会ったホテルに入ることも考えたが、それは彼女が拒否したのでやめた。多分彼女のここまでの経緯故に、嫌なイメージがついてしまったのだろう)。
そこで永市は、ようやく直美から話を聞くことができた。
--阪田雪乃(女子5番)たちと共に、ずっとJ-7エリアにあるホテルに立て籠もっていたこと。
--蜷川悠斗(男子13番)に会うために、ホテルを飛び出し……福島伊織(男子15番)に襲われたこと。そして追ってきた雪乃に助けられたこと。
--瀕死の悠斗と出会い、その死を看取ったこと。
--ホテルに戻ったら、玉山真琴(女子8番)が離脱していたこと。
--町田江里佳(女子15番)によってホテルが襲撃され、戸叶光(女子10番)と度会奈保(女子18番)がおそらく生命を落とし、雪乃に逃がされる形で逃げてきたこと--。
全ての話を聞いたとき、永市は一つ、感じたことがあった。
--悠斗。お前は井本と会えたんだな。
悠斗が死の前に、直美と会うことができたという事実。それは永市の心を、幾分か軽くさせた。もちろん、ほんの幾分かでしかないのだが。
--ということは、直美は悠斗の思いを、少なくとも知ることはできたとみて良いだろう。
後、気になることとしては、やはり直美が何故悠斗から離れたのか、ということだ。これまでの話から考えるに、直美は決して悠斗から心が離れたわけではないらしい。となると、何か事情があったということになる。
では、その事情とは何か?
それを、これから永市は直美から聞き出さなければならない。果たして彼女は、答えてくれるだろうか……。
「なあ、井本……」
永市が、そう言いながら近くにある仕事机に腰掛けた時だった。
『はい、皆さんお疲れ様でーす! 担任の古嶋でーっす』
相も変わらず鬱陶しい、古嶋の声が響き渡る。それを見て永市は、時計で時間を確認する。時間はちょうど0時。どうやら、定時放送の時間になったらしい。古嶋の声は腹立たしいが、放送はきちんと聞いておく必要がある。永市はメモの準備をする。直美を見ると、彼女も状況は理解していたようで、自分のバッグから地図と名簿を用意していた。その手はどこか、震えていたようにも思えた。
「うっぜぇ声」
思わず率直な感情が、口を突いて出る。直美が一瞬、怪訝そうな表情を浮かべたが、すぐに放送に集中した。
『それではまず、これまでに死んだクラスメイトの名前を読み上げます。女子10番、戸叶光さん。女子18番、度会奈保さん。女子5番、阪田雪乃さん。女子15番、町田江里佳さん。以上4名です』
名前を呼ばれたのは、直美から話を聞いていた者たちばかりだった。そんな中で、直美たちを襲ったはずの江里佳の名前が呼ばれていたのが、永市には気にかかった。その後で何者かに殺されたということなのだろうが--。
少なくとも、江里佳の死により脅威が一つ減った、と言えるのかもしれない(無論そんなことは意地でも口にしない。襲われたとはいえ、直美は江里佳とも仲が良かったのだから)。
一方で、直美は江里佳が拳銃を二丁持っていたと言っていた。その江里佳が死んだということは、その相手は江里佳の武器も手に入れ、装備面でかなり強力になっていると言える。 何者かは分からないが、十分に警戒しておく必要があるだろう。
後はもちろん、以前モールを襲撃してきた岡元哲弥(男子3番)。そして直美を襲ったという伊織。この二人は要注意人物だ。
さらに永市と逸れた仲間の中で唯一生き残っている光海冬子(女子16番)も、まだ安心できない。少なくとも、一度彼女に会って見定めなくてはならないだろう。
それに、まだ一度も会っていないが、不登校だった矢田蛍(女子17番)も注意しておく必要がある。蛍は交流がなさ過ぎて、全く行動が予想できない。ゲームに乗るかどうかも分からない以上、無条件に信用はできないはずだ。
『ちょっとペースが落ちたみたいだけど、雨も強かったし、まあ許容範囲です。でもあんまり動きが鈍り続けると、こっちにも考えがあるんでそのつもりで頑張ってくださいねー』
--考えがあるとは、どういうことだろうか?
古嶋の言葉の意味を永市は考えてみるが、どう考えても良い話にはならないだろう。先の話ばかり考えていても仕方がない。永市はすぐに思考を切り替えることにした。
『じゃあ次に、禁止エリアの発表に移ります』
そう言って、今度は島居の声に切り替わる。
『それでは、禁止エリアを発表します。1時から、A-6。3時から、B-9。5時から、F-7。以上となります。それでは、生きていたら次の放送でお会いしましょう--そろそろ、谷繁三津弥が逝く頃なので、迎えに行ってきまーす……』
島居が最後にえらく不謹慎なネタをかまして、放送は終わった。
「谷繁三津弥はまだまだ元気だっつの……」
映画界の大御所--谷繁三津弥(たにしげ・みつや)、御年96歳だ--の名前をあげつつ、永市は呟く。こんな所で古嶋たちの文句を言っても、仕方がないとは思うが、言わずにはいられなかった。
そこで、永市はソファに座っている直美に眼をやった。
直美は、表向き平静を保っている。だが、その心は引き裂かれんばかりだということは永市にも分かった。悠斗や雪乃たちだけでなく、江里佳も死んだ。もはや、かつて直美と交友のあった者はこの世にいない(一応真琴がいるにはいるが、直美の話を聞く限り、もはや彼女を信用していてはいけないだろう)。
その事実は、確実に直美を打ちのめしているはずだ。
--だから、俺がやらなきゃいけないんだよな? 悠斗。
悠斗の友人として、仲間として。自分は悠斗の愛した少女の傍にいてやらなければならない。守らねばならない。そんな思いを、改めて強くした。
そのためにも、直美の話をしっかりと聞かなければならない。彼女は話したがらないかもしれないが……ここはきちんと聞いておくべきだろう。
「なあ、井本。俺さ、ずっと聞きたかったことがあるんだ」
「--何? 清川君」
意外にも、直美はこちらの声にあっさりと反応した。その眼は、涙で潤んでいる。しかし、瞳の奥底には確かな力が感じられる。あの時ホテルの前で出会ったときに比べると、意志の強さを感じた。
「答えづらい話かも、しれないけど……良いか?」
「私なら、大丈夫」
直美は答えた。そして、続ける。
「悠斗も、雪乃も。私に生きてほしいって、そう言ったの。もう私は、大切なものを失って後悔したくない。そのためなら、何だって頑張れる。だから--大丈夫」
--悠斗。お前の大好きな女が、お前の言葉で立ち直ってるぞ。お前って、すげぇ奴だな。
永市は心の中で、己の友人を称える。そして、直美に一番ぶつけたかった問いを、投げかけた。
「お前は、何で悠斗を遠ざけたりしたんだ? 悠斗が、お前に何かしたってのか? そこのところが、俺はどうしても知りたいんだ」
直美は永市の質問を予想していたのか、やっぱりといった表情を浮かべて、少し俯く。やはり、あまり好き好んで話したい話題ではないのだろう。特に、悠斗が死んでしまった今は。
しかし、それでも直美はゆっくりと口を開く。
「……分かった。その話はちょっと長くなるけど、それでも良い?」
「ああ。俺は一向に構わない。悠斗の友達として、その話はどうしても知りたいからな」
そう言うと、直美はこちらに顔を向ける。その表情は決意に満ちていて、永市も思わず身が引き締まる。そして直美が、言葉を切り出した。
「始まりは、五年前からよ--」
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