BATTLE ROYALE
終わりに続く階段


第7話

 生徒はとうに全員出発し、パソコンのキーボードからブラインドタッチの三重奏だけが軽快に鳴る空間。
 そんな無機質な空間を遠峯怜二はけだものを見るような目つきで見ていた。
 あぁお前ら自分の地位をあげるために頑張っているのでしょうか? Fuckだな。
 あぁむかついてくるよそういうの。
 そう心の中で毒づくと、いらだった表情で茶色の飲み物を徐に飲んだ。
 この飲み物、見た目こそは何処にでもある普通の飲み物だが、実際は常人では到底飲めないものになっており、ホワイトウォーター、コーヒー、ウーロン茶、林檎ジュース、コーラという異端なセレクトとなっていた。
 それを平然と飲み干す遠峯は一部から噂が耐えず、その飲み物のことは別名遠峯デラックスと呼ばれていた。
 当の本人が知ったことではないが。
 またこの話をすると、どこか寂しげな表情になる…何故だか分からないが…
「とりあえず死亡報告書を書こう」
 結んだ髪を解き涼しげな表情でそう呟くと、社長室に置いてありそうな黒い皮製のソファーから、事務所においてありそうなテーブル(回転椅子のおまけつきだ)へと移った。
 死亡報告書というのは先ほど死んだ
五十嵐桃子(女子1番)柳生俊哉(男子4番)のことだ。
 死んだ二人には申し訳ないがルールということもあり同情すら出来ない。
 ルールを破る時点でこの世界から除外される。
 それは死を意味し、弱い自分を守る秩序にもなっている。
 そして死ねない理由はたった一つ。
『ごめんね怜二…
私、皆を友達を殺しすぎた…最初は何としても生きたかったんだ…
でも私もう耐えられない…
だからあなただけは生きて。私の一番大好きな怜二…』
 パン
[残り1人/ゲーム終了・以上高沢中学校3年B組プログラム実施本部選手確認モニタより]
 沙耶…
 折れる勢いでペンを握り締め、ギシギシと音を立たせ辛そうな表情を見せていた。
 俺はまだ死ねない。

「ち、違う! 私じゃない、信じて」
「本当に…?」
 あいからわず柳刃包丁の矛先は私を見据えていた。
 先ほど川上先生のあんな無残な姿を見て嘔吐してしまった優は顔色が悪く、どこかぎこちない渋めの表情を見せていた。
「本当に…本当だよ!…俊也はもう…ウゥ」
 大粒の涙で顔はぐしゃぐしゃになっているだろう。
 もう辛くて辛くてやりきれない気持ちの表れがそこに出ていた。
「…どうやら」
 優は少し笑顔を浮かべると柳刃包丁を私から遠ざけ、それをディバックの中に閉まった。
 その代わりにブレザーのポケットの中から白いシルク製のハンカチを差し出してくれた。
「ごめんなさい、疑って…涙拭いて…」
 それを渡されると徐に涙を拭いた…それでもすすり泣きが止まらなかった。
 俊哉の死によって心にポッカリと空いた深い溝は中々埋まらずどこか空虚をさまよっているまさしくそんな気分だった。
「…俊哉ぁ」
 思えば俊哉はずっと私のそばにいた。
 元々活発な二人のため何か馬があい、家も隣だったからほぼ毎日一緒に登校していたし、互いの親も仲がいいからよく遠くで遊んだこともあった。
 まっさきに思い出すのは小学二年生の海に行った日。
 私は親の目を盗んで出来るだけ遠くまで泳いでみた…
 だが海は私が思っていた以上に深く、気が付けば足がつかるくらいの浅瀬から犬掻きしか出来ないような深さになっていた。
 薄れ行く意識の中で最期に見たのは俊哉だった。

「椎名さん、椎名さん…こっち見て」
「えっ」
「ほら岩島先生の真似」
 優はそういうと人差し指で目を吊り上げさせ、親指で口を大きく横に開かせて、大口ツリ目爺と影で呼ばれていた岩島先生をこの戦場で見事に再現させた。
「プッ」
 その物真似は見事に私のツボを上手くついた。
「椎名ぁ…お前何笑っているんだぁ」
 しかも独特のまったりとしたイントネーションまでこのうえなく上手く再現されていて思わず声をあげて笑ってしまった。
 同時に緊張の糸がほどよく解け、どこか安心できる何かを感じた。
 それと同時に乾いたはずの涙が再び滝のようにあふれだした。
「え、えぇちょっと椎名さん」
 逆効果になったと勘違いさせてしまったのか、優は少し慌てた表情を見せていた。
「違うんだよ優…うれしいんだよ、私俊哉が死んでからずっと心辛くて」
 私は涙をこれでもかというほど流し、不器用にはにかんだ。

「じゃあ椎名さん。私行くよ…」
「えっ、何で…」
「私やらなきゃいけないことがあるんだ」
 優はディバックを担ぐとニコッと笑った。
 その笑顔は教室内ではあまり見ない強気な笑顔だった。
 だが私には何故か辛そうな顔に見えた。
「私…七姫君を止めるよ、絶対に…」
「何で! そんなことしたら」
「分かってる…これが危険なことだなんて」
 やや声のトーンが落ちた。そう優だって怖いんだ…
 それでも七姫を止めたい。好きな人を止めたい。
 その気持ちに私は止めるという感情は持てなかった。
「気をつけてね」
「えっ」
「気をつけてね。これは優が決めた道なんだから思い切って優のやりたいことをやってきな」
 涙は乾きどこか晴れ晴れしい気分だった。
 それはホームランを打ったときのあの感触にもよく似ていた。
「ありがとう…」
 優は泣きそうな目で優しく微笑むと後ろを向き歩みを始めた。
「また会えるよね!」
 私は枯れた喉で出せる限りの声を出した。
「うん、また会おう…絶対に」
 振り向いたその優の顔はすでに涙まみれの笑顔だった、
 そしてあのときの表情が、あの時の俊哉の笑顔と重なった。

「じゃあ、私行くね…」
 いまや動かない俊哉に小さい声でささやいた。
 もう涙はない。まだめそめそしていたら俊哉に合わせる顔がないからだ。
 空はいつのまにか厚雲に包まれ、六等星の集団は覆い隠された。
 それはどこか不吉な何かを漂わせ、不気味だった。
 それでも私は進んでみる、たとえ砂漠を彷徨う旅人になったとしても。
 ネガティブ思考をポジティブ思考にリバースすると、俊哉のほうを向いた。
 頭部が破損され、無残になっているものの、どこか俊哉の面影がまだ残っていた。
「じゃあね俊哉、天国でせいぜい見守ってなさいよ」
 私はあっかんべーをすると後ろを向き足早に歩み始めた。
 俊哉に泣き虫といわれないために。
 穏やかな北風がミドルロングの髪の毛をくすぐった。
 それはどこか俊哉が「まぁせいぜい見守ってやるかぁ」といってるように感じた。

 残り5名


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