BATTLE
ROYALE
〜 終焉の日にあなたは何を思う 〜
9
「なあ喜一。何でこんなに歩く必要があるんだよ…」
大学のキャンパスは想像を絶するほどの広さだ。
あてもなくさまよって4時間は経過してるだろう。
和久井秀吉(男子十七番)は疲労困憊な体を引き釣りながら歩いた。
「とりあえず後ででいいか、とりあえず目的があるんだ」
村田喜一(男子十五番)は冷静にそういった。
自分と同じく何時間も歩き疲労してるはずなのにあせる様子もなく淡々と歩みを進める。
自分は喜一に必死に着いていく。
3年間バンドを組んでて喜一とはもう長い付き合いだが、あまり見たことない姿だった。
喜一曰く誰かを捜してるらしいが誰かすら教えてくれない。
ちなみに俺たちの武器は両方外れだった。
喜一の支給されたのはカラオケ用のマイク、自分が支給されたのは総統の歴史書だ。
イラストも入ってなく細かい明朝体の文字でびっしり書かれていて、すぐ見るのをやめてどこかに捨ててしまった。
昨日シャワーを浴びてないせいでセットした髪は汗と皮膚の油で染みている。
この状況でそんなこと考えていることは愚かなことだが、そんなことはたいしたことはなかった。
ここを出発したとき土屋香澄の亡骸を見てしまったのだ。
心臓を撃たれたらしく酷く絶望した顔で、思わず絶句した。
あの放送部の元気のいい声は二度と聴けないのだ。
喜一はしょんぼりした顔で私物のハンカチを香澄の顔にそっと被せた。
せめてもの供養だ。
早い段階でクラスメイトの亡骸を見てしまったことは、自分にとっても喜一にとってもこの現状から逃れることを目標にすることを方針として強く定めた。
しかしどうやって逃げるのだろう。
1997年の誰もが驚愕したあの事件。
プログラムからの脱走。
脱出不可能といわれたものを中学三年生が破ったのだ。
テレビではそのニュースばかり流れ退屈な気分になったのを今でも覚えている。
アニメやバラエティ番組も中止になり事の重大さを知らない子供は我儘やいちゃもんをつけるなどクレームもあり社会問題にもなった。
「とりあえず俺たちみたいな馬鹿が、どう天才政府に楯突くつもりだよ」
彼等はどうやったかなんて知らないが、なんらかの方法で抜け出せる頭脳を持っていた。
それがない限り50年近く守られてきた秩序は壊せないだろう。
「…」
喜一は上を見上げていた。レンガ造りの古い建物…
よく見るとガラス越しに例の転校生吉川咲子(女子転校生二番)が…
ヒッと小さな声をあげた。
気づかれないようにと祈るばかりの自分と対照的に、何故かわからないが喜一の表情は安堵に包まれていた。
「おい。これまずいんじゃ。早く逃げようぜっ…。って喜一どこ行くんだよ。お前正気か」
「見つけたよ秀吉、唯一の希望が」
喜一はその建物のなかへと入っていく。
薄暗い廊下は床が軋むほどの年季が入っていて、まるで悪い意味の幻想へと連れてかれそうだった。
「着いたぞ…」
喜一は軽く息を吐くと、パソコン室の扉の前で立ち止まると扉を開けた。
するとキャリコを持った転校生が緊迫の表情で現れた。
と思うやいなや安心した顔ですぐに武器を下ろした。
「喜一か」
転校生はため息をつくと、デスクトップの前に座りインスタントコーヒーを少し口に含んだ。
「いやいや、そんなことより捜しましたよ。吉川さん」
目をキョトンとした。
転校生と喜一が知り合いだということに…。
「んで、そのチャラ男みたいな奴は喜一のお友達なのか」
「チャ、チャラ!?」
突然の失礼な第一印象に憤慨し反論しようとしたのも束の間、先ほどの殺気を銃口に込め額に向けてきた。
細長い銃口は穏やかだがしかし底知れぬ威圧を物語っていた。
「質問に答えてもらおうか。お前は喜一の友達なのか」
「ハ、ハイッ」
思わず声が裏返ってしまった。
恐怖で声が出ない…。
腰も抜け思わずグッタリしてしまう。
「そうか、ならいいや。生かしておこう」
その姿を見た喜一は眉をピクピクさせ、不機嫌そうな表情だった。
「そういうことはやめてくれよ…。あんまり秀吉苛めるなよ」
「あーっそういうつもりじゃなかったんだけどね…。でも警戒はしないと。私もああなりたくないから」
転校生はちょっと辛そうな顔で、おそるおそるカーテンを開けた。
窓からは目も疑う光景が…
し、死んでいる…。
それは冷たいアスファルトに倒れこんでいて、自分たちを見上げるように大きく目を見開いていた。
小柄な男子制服姿に分厚い眼鏡。
おそらく亀田洋介(男子三番)だろう。
複数刺された跡があり先ほどの香澄の死体の映像が重なってデジャヴした。
「か、亀田…」
「私、この子が殺される瞬間見ちゃったのよ・・・あの例の男子転校生にね」
男子転校生…あの凍るような笑みを思い出し悪寒がした。
ということはこの状況を楽しんでいたのは、まぎれもない事実だということになる。
「あいつは気をつけたほうがいい。正直身の毛もよだつ光景だったわ…」
「あの…じゃあ吉川さん本題にいって大丈夫かな。秀吉も大事な話があるからとりあえず座りなよ」
俺はそのやり取りに小さく頷くとため息を深くつき、適当な椅子に座った。
「まあ喜一が考えてることは何となく想像はつくよ…」
転校生は深呼吸すると見透かしたような眼で喜一を見てニヤリと笑った。
「1997年のあの事件…つまり脱出したいわけだよね」
「…はい」
喜一は緊迫した趣だった。
自然に自らの表情も強張る。
「やれる限りはやるよ。ただ分かっているかもしれないけど、私には大切な目的がある…。少しでも喜一たちが足手まといになるんだったら、私は喜一達を見捨てる…。それでもいいなら力になるよ」
「やっぱりあのこと…」
弱弱しく遠慮がちに喜一はそういうと、転校生は立ち上がるとインスタントコーヒーを注いだ。
出来立てのブラックコーヒーのいい香りが立ち込める。
「それ以外に私がわざわざ志願する理由はないよ…。こんなの本当はわたしの自己満足かもしれないけどね。まあわたしのことなんて覚えてないと思うけどさ」
転校生はデスクトップの隣に置かれた写真立てを手に取った。
写真のなかには気の強そうな少女と薄く微笑んだ少女が並んでいた。
「とりあえず二人には仕事を手伝ってほしいんだ」
「どういった内容なんだ」
喜一が質問する。
「政府がいるあの劇場があるだろ? あそこに爆弾を積んだトラックをぶつけるんだ」
あまりにも神風特攻隊を彷彿させるような大雑把な内容に唖然としてしまった。
「って無茶なこといわないでくださいよ。大体おれら免許持ってないんですけど」
「あのさ、こんなプログラムに法律も糞もあるもんか。別にこの大学は地図を見る限りたいして複雑な構図はしてないから、よっぽどのことがない限り事故なんかしないだろ。それともこのプログラムに積極的に参加して無駄死にするかどっちがいいと思う?」
これに参加しない限りはプログラムに足を突っ込まなければいけない。
同時に亀田と香澄の死体が脳内で廻った。
二人には申し訳ないが正直ああいうふうになりたくはない。
二人の空気は重く沈んだ。
「それにこの作戦にはもうひとつ意味があるんだ。まあ今は教えないことにしよう」
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