BATTLE
ROYALE
〜過去から現在(いま)へ〜
10
――パラララララッ。
その胸を締め付ける様な音は重苦しい空気の体育館に、さらに重々しく響いた。片月真紘(女子6番)は隣の真由の手をさらに強く握り締めた。
「…何、今の音…?」
真由が呟いた。そして、答えを求めたのか、こちらを向く。もちろんあたしは知らない…。でも、何となく分かる気がして、あたしは怖くなった。
「全員、今のは銃声だぞ。もうやる気になってる奴が居るって事だ。気をつけろよ。」
加瀬井臣へと変わってしまった、加勢が言った。
「じゃあ次、赤桐凌(男子2番)!」
――銃声…。
つまりは、誰かと誰かが殺しあっている、と言う事だ…。
「…なんで?」
つい口に出た。
「真紘…?」
真由が聞いてきた。
「ううん…なんでもない」
適当に答えてしまった。
――あたしは、参加するの?
そう思った瞬間、またパララララッと言う音。真由が隣で震えているのが分かった。そんな真由を、仁志が心配そうに見ていた。
「ふん…派手にやってるな…。じゃあ、今村信子(女子4番)! 立て」
信子が呼ばれた。あまり人付き合いの上手くない信子は、クラスの中でも少し孤立していた。
ゆっくりと立つ信子に視線が集まる。けれど、信子は下を向いて立っただけで動こうとしなかった。手は握られている。
「どうしたんや、今村?」
野中が聞いた。その後、大分誰も口を開かなかったけど、信子が顔を上げた。
「ぁ、あ、あたし………い、嫌……」
――沈黙。数十秒後、「ふっ」と誰かが笑った。
「今村、不参加で良いのか?」
加勢先生が聞いた。少しして、信子は強くうなずいた。
「あたしは…今まで、あんまりこのクラスで誰かと関わったりしてこなかったけど、あたしはこのクラスが好き…。
美佳や、真紘、真由…みんなが居る」
自分の名前が呼ばれた事にあたしは驚いた。
信子とはただ普通に接している思い出しかなかった。
それどころか、一人でいる時にも、声を掛けたりなんてできずに、見ているだけだったのに、それなのに…。
「今村、それが…お前の答えなんだな?」
そう、加勢先生が言った瞬間だった。
隣に居たさっきの男が、なんの躊躇もなく信子を撃った。
その銃口から出た弾はゆっくりと信子に向かった。信子は笑った。初めて見た気のする、力強い笑顔だった。
信子の胸から、紅い霧が立ち上った。反動で、信子は2,3歩後ろに下がる。メガネが床に落ちて、割れた。
それを見届けるように信子は視線を落とし…倒れた。
全部、スローモーションの様だった。
「信子!」
美佳が叫んだ。しかし、いくら信子の元へ行こうと思っても野中に押さえられて動けなかった。
「信子! 嘘! 嫌、嫌…! ……先生! どうして!?」
真紘はどうしてだろう、死にゆく信子から、目を離せなかった。
視界は段々と暗くなっていく、緑内障にかかったかのように…。
――あぁ…あたし、死ぬんだ…。
今まで体験した事の無い、“熱い”という感覚、苦しい…。今までに、こんな痛みをあたしは感じた事が無かった。
――お母さん、お父さん…会いに行けるよ。
消えかけた光の映る自分の目の前には、美佳の顔が僅かに見える。その顔に何かが光っている様に見えた。
――涙…? 泣いて…くれてるの…?
信子は視界がぼやけていくのを、死が近いからだと思った。けれど、違った。
これまで、3歳で親に先立たれてから楽しいと思える事も、嬉しいと思える事もほとんど無かった。もちろん、嬉しくて流す涙なんて知らなかった。流す涙はいつも哀しみに染まっていた。
けれど、そうではなかったのだ。
――言わせて、一言だけ…。なんで…死んじゃったの…?
いつしか、おぼろげにしか思い出せなくなってしまった両親の顔が、ふっと浮かんできた。笑顔で両手を広げて、自分を迎えてくれている。ただいま。
体中の感覚がなくなっている。痛みも哀しみも、嬉しさも思い出も全部、ちょっと先に行ってしまったみたいだった…。
けれどまだ、信子には一つ残った物があった。
――目。
ほとんど見えなくなっていたが、まだ神崎の涙だけは、見えた。
こんな、涙もある。
信子はそれを知る事が出来て良かったと、思っていた。それだけで、幸せだと。