BATTLE
ROYALE
〜過去から現在(いま)へ〜
11
暫くの間は、加勢仁すらも動かなかった。どこか哀れむような、悲しいような表情を浮かべていた。
「くそっ…」
野中が呟いた。須来安珠(男子7番)も心の中で同じ事を繰り返す。
――加勢先生…なんで、こうなるんだ?
そう思いながら、加勢仁の目を見るが、既にその目からは何の感情も感じられない。
「和帝二、立て」
加勢が今村の次である、男子5番の和の名前を呼んだ。
加勢から目線を外し、俺は和を見た。
――安珠、待ってる…。
そう言った気がして、俺は頷いた。
――一緒に行こう、和。
和も俺に頷いた。
和は、俺から視線を外して、デイパックを受け取った。
そして、真紘に何か言いたそうにしながらも、キムが腰にしまった銃にまた手を伸ばすのを見て、躊躇うそぶりを見せたが、出て行った。
――しかし、これからどうすれば良い…? 俺には何も案は浮かばない…とすれば…。
俺は名村鏡夜(男子11番)の方を向いた。眼鏡の奥の表情は見えなかったが、既に頭はフル回転を始めたはずだ。全国一と言っても過言ではないその成績と、人並み外れた知識の量…。
そして、全てにおいて、誰よりも上を行く、そのアビリティの高さ。
間違いなく鏡夜なら、何とかしてくれる。
鏡夜は以前、『世界の仕組みなんて、一度入り込んでみれば単純なものさ。弱者と強者しか居ない』と言った。俺は弱者に入るだろうけれど、鏡夜は違う。
「そう…俺は、弱い…」
そう言葉にすると、今までの自分を思い出した。
いつも、クラスの代表として、全員を先導し、教師達にも模範生として認められていた自分。
けれど、本当に、心のそこから俺が模範生だったかと言うと、そうではなかった。
――自分の為に…。
ただ、誰かに嫌われたくなかっただけ…。――独りは嫌だ、そう感じ始めたのは物心付く前からだったかもしれない。
特に良い家柄というわけではなかったが、須来家は厳しかった。自分を偽ってでも模範的でいなければならなかった。
父は冷たく安珠に接した。母も安珠よりも弟の廉の方にしか目が向いておらず、完全に孤立していた。
だから、安珠は母の、父の目を自分に向けさせる為に、優等生で在り続けた。勉強も隠れて沢山したし、あまり上手くは無いスポーツも努力で上達できる事を証明した。
けれど、それでも誰も安珠を見はしなかった。
「片月健(男子6番)」
俺は健とも目を合わせて、また過去に戻る。
廉は言った。
『安珠、負けないよ。あんたが居る限り、俺は勝てないと思っていたら、大間違いさ…。今に足元をすくってやるよ』
その後に俺は弁解しようとした。違う、俺は別に跡を継ぎたい訳じゃない、と…。家なんてどうでも良いんだ! と…。けれど、廉は耳を貸そうとはしなかった。
その日の前後から、廉はまるで、子どもらしさを感じさせなくなった。不自然なほどに、まるで父親を追うように、成長していった。
――良いか…? 人生はゲームにも似ている。他人を倒していかなければ、勝ちはないんだ。
父がそう廉に言ったところを、俺は見た…。
「良いのか…?」
加勢の声で、少しずつ意識が現実に戻ってきた。
加勢が再度意思を確認し、キムが既に構えている銃の先に居た人間は――片月真紘(女子6番)だった。
「――お前も今村のようになるのか?」
真紘は震えて、ただ立っているだけだった。
「真紘! やだ!」
「なんでや…片月、死んだらあかん!」
神崎美佳(女子8番)が飛び出そうとするのを、野中秀勝(男子15番)が止めながらも、真紘に不参加を撤回させようとしていた。
「ねぇ、真紘、考え直して…!」
「片月…!」
瀬野真由と仁志雷也…。
「あたし、無理だよ…。みんなと…殺しあうなんて、嫌」
真紘はやはり、殺し合いの中に投げ出されることを拒んでいた。けれど、出発させなければならない…。
――和、あれ、片月だよな…。
振り向いてほしい…それは、幼い日、両親に振り向いてほしかった時と、中学校で出会ったある女の子にだけ、抱いた感情だった。
その昼、学校の屋上に上がっていた時に見えた笑顔…それだけだった。それだけで十分だった。
キムが銃を構えた。
――真紘!
走った。精一杯…。誰かの為に、走った。いや、もしかすれば自分の為だったかもしれないけれど…とにかく走った。
走りつく先は地獄だろうか、天国だろうか…。
足は、恐怖でいつ止まってもおかしくない。だけど、どうあっても間に合わなくちゃいけない…。
――止まらないでくれ!
誰かが、俺の名前を呼んだ。
キムの持ったCz.M75の銃口が、火を噴いた。