BATTLE ROYALE
〜過去から現在(いま)へ〜


13

 暗闇の中を、和はまだ走っていた。
 まだ数分も走っていないだろう、しかし足場はあまり良くない上に、視界も悪い。闇に何が潜んでいるかもわからず、前を闇雲に進む真紘を見失わないよう追いかけていると、体は「休もう」と言ってくる。
「片月…! 止まって、くれ…」
 切れ切れに出る声は、真紘には届かない。
 小枝が跳ねた。背中にデイパックの中身が当たる。軟らかい感覚、硬い感覚…。デイパックの上下、踏み出す足の入れ替え、自分の呼吸は一定感覚のはずだったが、真紘の足は遅くなったり早くなったりと不規則で、その背中は見えない。
――このまま、追いつけなかったら…?
 そんな事が頭の中をよぎる度に俺は口内を噛む。幾度目かには口の中に少し温かい鉄の味がした。
――大丈夫、俺は真紘と仲が良かったじゃないか…。
 それに、あの瞬間に見た記憶では、真紘は2班だった。俺も2班、同じ班とわかれば真紘も信用してくれるはず…。
 だからこそ、ここで諦める事は絶対に出来ない。必ず追いつかなければ。
 そう思った瞬間に、今まで聞こえていた真紘の足音が小さくなった。遠ざかっているのかと俺はスピードを上げた。ここで離されたら、部活に入っていない俺では、スタミナ切れで追いつくことが出来なくなる。
――くっ…もう少し…!
 一気にラストスパートをかけた、瞬間暗闇から抜け視界が広くなる。

 パッと月の光が目に飛び込んできた。潮の匂いが鼻に届いてくる。森を抜けてすぐのその海岸で、真紘は止まっていた。俺も少し間を空けて立ち、肩からデイパックを下ろし、息を整える。数秒…深呼吸をして前を向いた俺に真紘が話しかけた。
「あたしも、殺すの…?」
 そう俺に問う真紘の目には怯えが映っている。ほんのちょっと前には体育館の裏の階段から落ちていたのに、いきなりこんな状況下に連れて来られれば無理も無い…。
「違う…俺は、2班だ。片月も、そうだろ?」
 今まで手、足、デイパックと泳いでいた視線が首輪に集まり、俺の顔に…。
「…だから、他の班の人は、殺すの?」
 真紘は俺があの吐き気のする状況を作り出したのだと思っているようだ…。
「俺が、柳瀬や阿部を殺すわけがない…! なんで、青井や綿由まで殺さなくちゃいけないんだ…」
 そうだ、青井と綿由は付き合っていた。青井が告白しようかどうか迷っていた時にも、相談に乗ってあげたのは俺だ…。
「なぁ、俺達は信じ合えないのか?」
 それだったら、加瀬井やキムの思う壺だ。このまま全員が戦って、そして本当の意味では、全員死ぬことになる…
「――片月、今まで俺はお前にどう映っていたんだ?」
 俺は、今まで友達として接していたつもりだ。もちろんそれ以上の関係を求めてはいたが、友達以下とは言わせないつもりだ。それなのに…
「――俺は、お前を殺せると思うか?」
 今まで笑いあってただろ…? 友達が敵になったら、はい殺す、なんて出来るわけが無いだろ…?
「――そんな、人間に見えていたのか?」
 友達を見境なく殺すような…そんな人間に?
「俺達は――」
 言いながら、真紘に歩み寄った。そして、静かに瞳を見つめた。言いたい言葉は勝手に口を割って出てきた。

「――友達だろ…?」
 風が吹き抜けた。俺達の間の壁が吹き去るのと同時に真紘は泣き崩れた。俺はそっと近寄ってしゃがみ込んだ。そして小刻みに震える真紘を俺は無意識に抱きこんだ。
「――あたし…怖いよ。」
 そう真紘が言ったまま時間が過ぎた。

 何分経っただろうか…。
 静かに真紘が体育館の中での出来事を話し始めた。
「安珠君は…死んだの……」
 俺は思わず聞き返した。
「な、なんで…」
「あたしが…悪いの。あたしは…参加を拒否した。もちろん、信子のように死ぬのは分かってた…。けど、あたしは…殺しあうなんて…嫌だったの。けど…あたしが撃たれるはずだったのに………安珠君…かばったの、あたしを……」
 気付くと、真紘の髪には何か、黒く見えるものがこびり付いている。
「……ごめんね。安珠君……あたし…怖かったの……だから………」
 真紘は何かを思い出すように、そっと息を吸った。胸が静かに上下する。
「ねぇ…和……あたし、安珠君に『好きだった』って言われたの…。『だから守りきれて良かった』って…。だから、あたしは体育館を…出たの。あたし…だから……安珠君が死んでしまった事に…意味があるように、生きたい……」
 真紘は自分の決心を言い切った。そして、それっきり、真紘は泣くだけだった。
――安珠、先を越されたな、俺…。
 真紘に対して同じ気持ちなのは2人とも分かっていた。だからこそ、親友であったし、それ故にお互いがお互いの長所をを羨んで、良きライバルとしても絆を深めてきた。
「…なぁ、安珠。お前、先に逝くのはナシだろ…?」
 幾度と無く笑いあった仲間が、また一人消えた…。もう、俺達はゲームに乗るしかないのだろうか…。やはり殺しあうしか…? 信じあうなんて…出来るのか?
 全部が分からない…。こんな状況下で、俺は頭を働かせるなんて、到底無理だ。
――だとしたら…
 俺達が最後に頼れる人間の名前を俺は口にした。最後の砦。
「――なぁ、片月…。鏡夜を探そう」
 名村鏡夜、本名――大鳳(おおとり)鏡夜。
「鏡夜なら、絶対になんとかしてくれる」

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