BATTLE
ROYALE
〜過去から現在(いま)へ〜
16
つい20分程前に聞こえてきた爆発音は、まだ頭に響いている。それは小型の爆弾、多分(このゲームで支給されているとすれば)手榴弾ではないだろうか。
7−Gの端、島の東側の川を5m程、下に臨む山林に名村鏡夜(男子11番:2班)は仁志雷也(男子12番:2班)、瀬野真由(女子12番:2班)と共に居た。
俺は大木の近くの石に腰を落とし、仁志はその隣の木に立ったまま凭れ掛かっている。真由は、ずっと丸くなって、足元で震えていた。
真由は体育館の中で目の前で死んだ今村と安珠の血のせいで、ずっと怯えっぱなしだった。昔から血が全く駄目な真由なのに、目の前の出来事は怪我とかそんなレベルの事じゃない出来事。誰かが目の前で死ぬ。それは、真由にとって、最も恐ろしい事…。
真由の血液恐怖症は、いつからか知らないが、とにかく小学3年で出会った頃からそうだった。そして、幼稚園から真由と一緒の仁志も同じ事を言う。生まれつきなのだろう。
真由とはそう、小学3年の頃に俺が転校して行った寮の学校で出会ったのだ。同時に、仁志と和や、今は生徒会長をしている姫沙率、そして、亜由香とも…。
あの生活の中で、俺は大切なものを幾つも得、そして失った。それは、みんな同じだろう。
それまで俺はただの冷徹な人間だった。
が、しかし、仁志と真由と…そして、みんなが少しずつ俺を変えた。それまで持ち得なかった愛と言う感情も…。
「真由、大丈夫か?」
真由は頷いたようだった。が、体は震えたままだ。
「仁志、さっきの爆発、やはり、見に行くか…?」
真由の心身を考えるとやはり、行くべきではない。しかし、もし、襲われているのが、和や片月健(男子6番)、立川耕作(男子9番)だったら…。不特定多数ならともかく、特定少数の人間となるとこのゲーム中には二度と会えないかもしれない。
「鏡夜…。俺は、鏡夜がさっき言った様に、もう一つの島に渡るべきだと思う…。真由は、今は…動けないだろうし…」
そう言って、仁志は真由の方を心配そうに見た。真由は気付いて(無理をして)にこっと笑う。けれどそれが逆に痛々しい。
「そうか、じゃあ、もう少し休んだら行こう」
俺が言うと仁志は座って、真由に制服の上着を着せた。真冬の夜だから、気温は4度くらいまで下がっているのではないだろうか。ここは島だから、そこまで冷え込むことは無いだろう。けど、真由の体力はこんな極限状態で3日持つかどうか、定かではない。
「真由、無理をするなよ? 大丈夫だから。」
そっと真由の頭を撫でた。少し震えがおさまったような気がする。
「なぁ、鏡夜。さっきの話、もう一度聞かせてくれないか? いまいち、話を呑み込めない」
仁志が言うと、真由もこちらを向いた。この状況では俺が要。この2人の命も自分が預かっているんだ。しっかりしなくちゃいけない。
「じゃあ、もう一度言うぞ。俺の支給品は、何の変哲も無い地図だ。が、しかし、お前達のもらっている地図よりもはるかに正確なものだ。等高線まであって、建物一つ一つも、書き漏らしていない」
そう、備え付けの地図は島の輪郭に黒い点が数箇所あるだけで、施設の名前などは何も無い、本当に使い方の分からない物…。
「その地図には、どうやらこのぼろくそに載っていない、島があったんだ」
俺はそのぼろくそをパンパンと叩きながら言った。その北側の海の空白に、支給品は島があることを書き示している。
「だから、そこなら殆どの奴は来ないはず。そこに向かいたいんだ」
はい、説明終わり。簡単だったと思うけど、さて質問は? 俺は目で訊いた。
「でも、どうやって行くんだ?」
「はい、仁志くん、良い質問だ。」
真由がふっと笑った。
「それは問題ないんだ。地図には橋が書いてあるし、落とされていても船が近くにあるはず。禁止エリアになっても脱出はなんとかなると思うし…」
そう、俺の話を聞いて分かると思うが、このプログラムの会場には、隠された島がある。正確にはそちらが亜依騨島でこちらは依騨島らしい。
とにかく、その島にいる方が誰かの襲撃を避けやすい。もちろん、仲間となりえる人間との合流も出来なくなるが。
「少し、地図を確認したい、仁志、懐中電灯を貸してくれないか?」
月明かりがよくあるから、地図は見えない事も無いが、やはり灯りがある方が良い。
「なあ……仁志?」
俺は手を出すが、仁志は黙ったままで、俺がもう一度声を出そうとすると、仁志は右手で静かに俺の口を押さえた。
「……向こうの藪、誰か居る…」
瞬間、仁志の目がキュッと引き締まって、金色の眼光が強くなる。真由を俺は急いで後ろに下がらせた。
サッと藪の向こうの気配を探ると、確かに何故気付かなかったのか…藪からはまるで、戦場に居るかの様な鋭い視線と、生々しく尖った威圧感を感じた。既に人を殺している臭いもする。こんな奴がクラスに…
「…鏡夜!」
藪の中の人間の正体を考えていると、仁志にバッと後ろに引かれて草陰に放り込まれた。瞬間、俺がさっき居た場所にパンッと銃弾がめり込む。こちらが気付いたと見るや、いきなりの攻撃だった。そいつは、サッと藪の中を駆け抜けてさらに撃ってくる。俺達は身を屈めながら、距離をとる。仁志がついにベレッタM92Fで反撃した。
が、奴の素早い動きについていけていない。俺も、(S&W.チーフスペシャル三十八口径で)草陰から銃口を出して撃つが、当たっている様子はない。その間に、真由は20m程逃げている。
正直に言って、俺達の逃げ込んだ場所は傾斜が酷い。足場が悪くて移動は困難だ。ただでさえ、身体能力は俺達でさえも負けていると思われる相手。正直、一歩踏み外したら30m下まで急降下で、落ちたら軽傷では済まないだろう。
「仁志、任せろ。先に真由と、行け…」
俺は仁志の前に出た。仁志が真由の傍に居れば、真由は大丈夫な筈だ。あとは、俺が隙を見て逃げれば良い。俺がこいつから逃げられるかどうかは今考える事じゃない。
さらに俺は奴の駆ける音に位置を推測しながら、藪の中へ向けて数発撃った。そして、弾切れを起こし、ただ撃鉄が鳴るだけになったチーフスペシャルに弾を装填しながら仁志達が何処まで行ったのかを確認する。
その時に見ていたのは、ほんの5秒程だったろうか。その時間の間に、仁志は足を滑らせた。もちろん仁志は素早い動作で木を掴んで転落は免れたようだ。が、しかし、仁志が危ないと身構えた真由が、落ちた。華奢な体がサッと草陰に消えていく。
「…真由!」
俺が叫んで、真由の落ちたと思われる場所を見ようと移動するが、後ろからの銃弾を避けているために、体勢が悪く真由は確認できない。仁志は絶望の表情で、ただ立ち尽くしている。自分が落としたのだ、と…。
「くっ……仁志! 行くぞ!」
200mもこの山道を下れば、下の川原にはすぐに行ける筈だ。
俺は仁志の腕を強引に引っ張って、走った。後ろからは、襲撃者が追って来ていた。が、仁志がベレッタの銃弾を撃ちつくす間に距離は開き、すぐに姿は見えなくなった。そして、その間に鏡夜はその襲撃者が赤桐凌(男子2番)である事を確認した。
「仁志、赤桐だ…」
頷いたような動作をし、仁志は走り続けた。後ろからはもう、人はおろか銃弾すら迫ってはこなかったが、その鉛玉に射抜かれるより恐ろしい出来事に、俺達は焦っていた。