BATTLE ROYALE
〜過去から現在(いま)へ〜


17

 一度、パンッと銃声がした。
 その後、不規則に何発も銃声が交わる。最初は、少し軽い音だった気がする。その後には少し重い音…。
――誰と誰が撃ち合いをしているのだろうか…。
 和は鏡夜達で無い事を祈っていたが、それは叶わない。しかし、知る由も無いが、最悪ではない…。

「大丈夫か、片月…?」
 後ろの真紘を気にしながら、俺は真紘の支給武器スパーシヴM11ミレイアを右掌の汗を乾かす為に左手に持ち替えた。俺のS&Wの方が軽いので、真紘にはそっちを持たせている。

 俺達がどこをどう走ったのか知らないが、遠く――背の高い木のせいでやや疎らに――見える分校の明かりから、どうやら9−Fの近くに居る事は分かった。(反対側には灯台か何かの影がうっすらと分校の明かりで見えた)
 その後は、特に動いたりせずに、森を少し入った場所にただ座っている。
 俺達は相当走ってしまっていて、今は時間的にもう全員が分校を出ているだろう。禁止エリアになる残り時間も1分をきった…。どうやら、鏡夜達と合流する事は出来なさそうだ。
――それでも、良かった。
 そう、少なくとも真紘は居る。
 自分はそんなに運動神経が良い方ではないし、得意な事はテニスと碁だけだ…。(「趣味は?」「ご…」「ぇなんて言った?」と言う会話を何度しただろう……はぁ)
 しかし、それでもだ、自分が犠牲になれば、少なくとも一度の襲撃なら、真紘を守れるはずだ。俺が少しでも時間を稼いで、少しでも手傷を負わせる。そして、真紘は逃げる…。
 暗いビジョンに思わず笑ってしまう。死ぬ為に戦うなんてほんと、おかしな話だ。
 それでもだ、多分、後悔するよりはマシだと思う…。
「片月、大丈夫か?」
 顔を上げてまた聞いた。
「…何が? ケガは、無いけど…」
 適当に話し掛けてみたが、何が大丈夫か聞きたかったんだろう。
「いや…いきなりさ、こんな事に巻き込まれちゃったから…」
――そう、多分、精神的な事をじゃないかな…。自分がいつも見ていたのは笑顔の元気な真紘で、今はそうじゃないから…。
「――いつだったかな…そう、技術の時間の時に、木で物を作る途中に、お前さボンドを使おうとして失敗したよな」
 いきなりの思い出話…。
――あれは一年の時で、すっごい頑張ってボンドを出そうとしていた時に、実は蓋が開いていなかった話だ。
 あの時は内心、やるんじゃないかと思っていたんだが、本当になるとは思わなかった。
「あれは…気付かなかっただけ。だって、必死だったんだもん、『出ろ〜』ってさ…。開いてると思ってたんだよ」
 あはは、と俺達は笑って、また下を向いた。余計に昨日までが過去であったと思い知ったのだろう。
 そのまま、時間は静かに過ぎると俺は思った。
 けれど、笑い声を聞きつけたのだろうか、俺の名前を呼ぶ声がした。
 さっきまでの暗い空気はほんの数秒間和んだものの、俺のせいで、この先は予測もつかない方向へ向かおうとしている様だ。
――最悪ってのが一番似合うな…この状況。

「和か…? 和だろ…なぁ…居るんだろう…? 出てきてくれよ…なぁ……」
 聞こえてくる声は大分怯えている感じだった。多分、サッカー部の“何でも屋”(つまりはパシリ…)園村誠一(男子8番)だろう。
 髪は母親の言い付けで耳にかからない長さ。サッカー部に入った理由は父親が勧めたからと、まぁ過保護な両親に縛られている面があってか、学校でもなかなかみんなの輪に入ろうとしない奴。
 それだから、クラスメートの印象を良くする為に、パシリでもなんでも請け負う。
(ただ使われているだけの面もあるが、俺や安珠、次にとってはかなり助かっていた…)
――けど、問題なのは班だ…。
 そう、性格がどうこうじゃない。同じ班と分かれば絶対に攻撃はしてこないから。例えあの――何を考えているのかさっぱり分からない――矢賀大河(男子22番)や好戦的であろう赤桐凌(男子2番)であっても…。
一体、園村はどっちなんだろう。敵か、味方か…。
「和、なぁ…返事してくれよ…」
 真紘がこちらを見る。俺は視線だけ返した。
「園村…お前は、何班だ?」
 両手でミレイアを握りながら俺は聞いた。やや硬い木に寄りかかってそれらしい姿勢で暗い森の、声がした方を覗く。
 雲に隠れてしまった月明かりだけでは、明かりが少ない。しかし、薄っすらとだが、園村の輪郭が見える…。
「和…、班なんて、関係ないじゃないか…なぁ……」
 少しずつ、園村は近づいて来ているようだった。しかし、言葉からは何も読み取れない。ただ、どことなくいつもと違う感じもする。しかし、こんな状況だからそう聞こえるだけかもしれない。
――園村…来ないでくれ…!

「真紘、足音に気を付けながらここを離れろ…。一番近くの建物に行ってくれ…」
 いつもとは違って口答えをする事も無く、頷くような気配と共に、真紘はゆっくりと離れていった。少しずつ足音は遠くなる。
 しかし、一先ずの安心も得る事は出来なかった。
 同時に、園村も…同じ方向に向かったようなのだ…!
 恐らく真紘の気配を俺と間違えているのだろう。真紘の微かな足音は園村が追って来ている事に気付いた様子だ。
「園村、違う…! 俺はこっちだ!」
 思わず声を上げた。園村の人影はこちらを向くような素振りを見せたが、すぐに真紘の方へ向き直る。
 俺は既に木陰からでて、ミレイアを構えていた。そのまま、急いで園村の居るところに走る。走っているせいで銃口がぶれ、当たる訳も無かったし、走るのにも向かない格好だ。
 実際に、園村はプレッシャーを感じていることも無いようだ。
 真紘は姿を隠して逃げるのを止めて、立ち上がった。園村がゆっくりとそちらに左手を――いや、恐らく支給武器を――向ける。

 その瞬間、俺は咄嗟に引き金を引いた。

 タンッという音がして、俺の手の中のミレイアが跳ねた。明るい光が銃口の先にパッと点いたと同時、園村も体制を崩す。
「和ぅ…!!! やっぱり…お前もなんだなぁ!」
 園村は標的を俺に変えた。今度は月明かりではっきりと銃が見える。
 それでも、走る事は止めなかった。それどころか足は加速している。
――分かっているのか…? 戦い方が…俺の中で、何かが違う…。
「く、来るなよぉ!! 来ないでくれぇ…!」
 園村が引き金を引いた。二、三と銃口が明るくなるが、俺には当たらないようだ。
 立ち止まり、俺はミレイアを片手で構えた。その間に園村は打ち続けるが、俺は身動き一つせずに、静かに人差し指に力を込めた。

 何を俺は思って引き金を引いたのだろうか…何も憶えていない。思い出そうとしてもただ寒気が走るだけ…。
 ただ、俺がゲームの中で初めて殺したのは――クラスメートの園村誠一だったと言う事だけ。
――狂っているのは…世界なのか、自分だったのか…。

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