BATTLE
ROYALE
〜過去から現在(いま)へ〜
19
森の中を、煙草の灯が微かに動いた。
やっと端の方が明るくなってきた空に、煙が広がる。
――いつの日にか、初めて吸った時は、何度も咳き込んだもんだ…。
オレは最後に大きく味わうように吸い込んで煙草を地面に落とした。すかさず、踏みつけて火を消す自分に、織田進(男子4番)は笑った。
「秀(しゅう)の御人好しが染み付いてるねぇ…たくっ……くくくく…」
秀と呼ばれる頼れる相棒、野中秀勝(男子15番)の顔を思い出して、またオレは笑った。
オレの笑い方は野中みたいに快活そうな“あはは”笑いじゃなく、“くくく”笑いだ。もちろん、低い笑い方だから全く響かない。
まぁ、実際は喧嘩での脅しで大いに役立っている、すごみがあるからな…。
が、別にこの笑い方が好きとか、そういうんじゃあない…。
そう、どちらかと言えば、大大大(大があと…オレの歳の数くらい)っ嫌いな部類の笑い方だ。こだわる理由は、秀にしか話したことは無いが…まぁ教えたろうかな。
オレの家では、別に親父も母親もクククッなんて笑いやしない…が、一人だけ、俺がこの世で一番嫌いなヤツが、同じ笑い方をしやがるんだ、これが…。
――アニキ…。
そいつは、よく小さい頃にオレの事を毬の様に扱ってくれて――そのお陰と言っちゃあなんだが、俺は打たれ強い…(関係ねぇかな?)――今でもどこにぶつけられたかは知らねぇが、背中に2つほど痣がある。
よく、アニキはオレを自分の仲間の所にも連れて行った――今では俺と秀と健斗(2−C)がのした後だけどな…弱かった、ヤツら…。
で、相当ヤバイ事をやっていたらしいアニキだったから、あいつが学校になんて行くことは無かったらしい。
らしい、ってのは確定情報じゃないからだ…、オレよりも先に必ず家にいるし、制服はクローゼットの中から動いちゃあいなかった。
ま、とにかくあいつが学校になんて行ったら…ヤバイ。
どんなことがあるかって…?
いや、学校で怪我人が二桁でるだけ…。(別に次の日が雨になったりするわけじゃないぜ…天変地異がアニキのせいで起きるなんて…絶対に世界は滅ぶ、これだけは間違いない)
実際、夏休みはそれまでみたいな“登校日”が無いだけ。むしろ暑い分、こっちは世話がかかるだけだった…。
まぁ、それも今では過去の話だ。今ではアニキは失踪し、母親は親父の職業柄(…いわゆるヤクザだ)での出来事に耐えかねて家出。 家に残されたのは遅すぎる親父の後悔と2人の生活力の無い男だけだった。
親父は職業柄、喧嘩が強かったが、母親がが出て行った頃から、てんで駄目になった。
元々強さしかないような人間から、最後の取り柄を取り上げたら、何も残るはずが無い…。
それでも、オレは父の世話を全てやるような事はしなかった。
なぜかと言うとだ、やっぱり少しは親父にも自分で生きてもらいたかったんだ…。努力のかいあってか、ここ最近はアルバイトをしてくれていた所だった…。(長くはもちそうもなかったけど…)
「――やっと、まともになってきたのになぁ…」
溜息をついて空を見上げた。足を止めてみると雲が動いているのが分かる。
集まって…離れて…くっ付いて……。形を留めることなく動いていた。
丁度、今のオレはその塊の中から離れていって、どこにもくっ付かずに消えていく雲なんじゃないかな?
枝が踏み折られる、パキンッと言う音がした。
瞬間に、幾度と無く感じた緊張感が走った。いよいよ、本番がスタートするわけだ…。
――けどなぁ…今までだって、命はかけてきたつもりだぜ…。
「誰だ?」
オレに気付いて隠れていたらしいそいつは、諦めた様に草陰から出てきた。
「あたしよ…菱倉――、」
そういった時に風が強く吹いて、あまり長くない髪が靡く。菱倉理沙(女子17番)は左手で髪を掻き分けながら、こう言った。
「――おはよう、織田君」
オレにはこのゲーム中に日常で聞くような挨拶が出来る菱倉が、今までに見た奴の中で一番不気味に思えた。
そう、オレのこいつへの第一印象は“読めない”だった…。
それまでに幾度と無く、修羅場は潜り抜けてきた――まあ、実際はオレの圧勝が9割で、全く歯ごたえは無かったが、とにかく――その中で群を抜いて強かった奴等でさえも、殺気や闘志を見せたし、やられる奴は恐怖や服従、懇願と言った感情や行動を見せてきた。
しかしだ、菱倉の動作には感情がついてはいないのではないか?
明るく笑っていようとも“楽しい”なんて感情をオレは菱倉から感じなかったし、行動は自分が中心ではなかった。
何か深い物を持ってるようだったが、それを一時として見受けられる瞬間はありはしなかったのだ。
「菱倉、消えろ…」
オレは支給武器(S&W.M29)を真っ直ぐに構えた。しかし、菱倉は――当たるとでも?――と言いたげに微笑した。距離は5mもない…。
「あたしね、聞きたい事があるんだぁ、良いかな?」
「早く…失せろ」
菱倉は、はぶてた様に頬を脹らませた。
冬期基準服の袖からはみ出したセーターは白かった。手首は見えず、指先だけが出ている。スカートも膝より短く、そこから細くて白い腿が見えた。
「失せろとか…そういう事言うからさ、いっつも独りなんだよ?」
菱倉は目を落として言った。
気付いた、視線を菱倉と合わせる事が出来ない…。気付くといつの間にか、菱倉の体に目を逸らしている。
――魅きよせられる、チカラ…。
秀や耕作みたいなヤツは、コロッとやられちまうような魔の気だ…。
「バカが…オレは元からそうなんだから、関係ないさ」
「ひどいのね…バカだなんて、でも、いつもは野中君と一緒じゃない」
「…今は敵だ、それがルールだろ? 過去は問題じゃない、独りだ、オレは…」
――なんでオレは一々応えてる?
中てられているのだろうか…このオレが? こんなオンナに?
まさかと鼻で笑うと、表情に出たようだ、菱倉も笑った。
「肯定するの…? じゃあ、あなたは野中君と戦える? 最後の二人になって、殺せるの?」
戦える…のか? いや、無理か…いつの間にかオレの中で野中が大きくなっている…。躊躇なく殺れる、そう自信をもっては言えない、今のオレには…。
「図星ね…、やっぱり、独りじゃない……殺せないならさぁ、もう良いよね? 続けても無駄じゃない? ねぇ織田君…?」
息継ぎもせずに、ゆっくりと、たっぷり30秒はかけて言いながら、菱倉もやや小さい銃をオレにポイントした。
銃口が交錯して、互いを静止させた。
ふと風がまた吹いて、菱倉の髪が靡いた。
「織田君…」
やや哀しい様な輝きが瞳にあった。それは、菱倉の本心が映った瞬間だったのだろうか…それとも…。
オレはパンッという音を聞いたか聞かないかのうちに、ぴったり心臓を打ち抜かれた。
――もう一人居る…!
押される反動で右回りに後ろを振り返った。
森の中で銃を構えたそいつは俺と同じ様にタバコを咥えていた。まさか…
――頭が弾けた。
一つだけ、菱倉に伝えたかった。
――こいつは、お前を利用するだけだ…同じ班だろうと…弾除け代わりにしか…しない…。
「…進(しん)………? ………逝くのか…?」
野中秀勝は頬を伝う涙に、死を感じた。