BATTLE
ROYALE
〜過去から現在(いま)へ〜
20
川を迂回して、すぐの所で、森は一旦開けた。
今まで葉に隠されていた月明かりが、そこで地に降り注いでいた。まるで、光のカーテンのような錯覚を、仁志と鏡夜は覚えた。それは、見たことがあるような気がしたが、その記憶が甦ると同時に、二人は和と、一人の女の子の名前を思い浮かべた。
そっと、光のカーテンをくぐる。そして、視界がいきなり開けたように感じた、その広場のような場所で、俺と仁志は見た。和とその女の子の事などは、消えていた。
それは、辺りにある物を何と言うべきなのか、一瞬迷うようなありさまだったのだ…。
既に人ではないソレを――恐らく、ついさっき聞こえてきたあの爆発で吹き飛ばされたのだろう、女子生徒の制服と、戸波夏美の生徒手帳、そして、誰の物かは分からない両端に四角い透明なものが付いている髪留め紐…。
――酷い
「鏡夜…」
そう呟いて、仁志は目を逸らした。あちこちに散っている血と肉…。その先には草陰から戸波の上半身が覗き、その虚ろな目はこちらを眺めている。
惨い…。誰が…やったというんだ? 支給武器が手榴弾だったからといって、平気で殺せるのか? どうなるか、予想がつかなかったのか? 戸波や、ここに居た奴らがどうなるのか…。
そうだ、考えなかったに違いない…。そんな事を逐一考えて人を殺すはずが無いのだ…。第一、そんな事を考えながら殺せるなんて… それは、それは、人間が出来ることじゃない――、
「もしかしたら…赤桐じゃないのか?」
また仁志が呟いた。
考えられない話じゃない。あの場所、あの時間に居たのなら、この付近での爆発時間も調度良い。
時間的にはほぼ間違いないだろう…。
けど――今は、そんな事を考えてる場合じゃない…。
この場を何もせずに離れていいのか分からないけど、行くしかない。
真由が、居る――、
「仁志、真由の所へ…」
見捨てて行くようで、それ以上は口に出来なかった…。
ただ――制服の袖についているボタンを一つ千切って、それを戸波の手に握らせた。そのままでは酷い…そう思って俺は目も閉じさせた。
誰かが見た時に、少なくとも俺達のようなまともな奴がいると気付いてくれるだろうか…。
――いや、このゲームの中でまともなのはこういう事を出来る奴なのだろうか?
思考を無理やりに中断させた。考えるだけ無駄だ…。分かるわけが無い…まともかまともじゃないかなんて、そんな事は結局、意味の無いことだから。
俺は歩き出した。ふと、鮎川千秋も茂みの中に見えたが…背の高い分、爆風を体全体で受けたらしく、胴体はぐちゃぐちゃになってしまっていた。
首輪には、“7”という数字――班だ。
「仁志…、野村は…居るか?」
そうだ、鮎川と戸波がいるなら、きっと仲の良かった3人の事だ…一緒にいただろう。
班だけは確認しておかなければならない。これは、重要な要素だから。
誰が何班かわからなくとも――恐らくはほぼ全ての班の人数は同じだろう。最大で6人班と言う事だから、最低では7、最高でも8班 くらいか? とにかく――自分達と同じ班の人間が何人いるかの予想は立つ。
しかし、班は放送の度に公表するのだろうか…?
分からない事だらけだ…まさか、班制になるとは思っていなかった。通常通りのサバイバル戦なら、容易に策はあるものを…。
これでは…七原に聞いた事も――
「…鏡夜! あった…多分…これだ…」
――あった…? これ…?
「戸波は7班…鮎川も7班…で、これが落ちてた…もう一つ、7班の人間の首輪が…」
首輪…だけ?
俺の脳裏に、過去の映像が一瞬ちらついた。
そうだ、確かあの髪留め紐は野村冬香が付けていた物じゃないか…、かなり長かった髪を先のほうで一纏めにしていたあの…。
そう、首輪だけを残して、野村は吹き飛んだのだ…。散っている肉は大半がそうに違いない。
野村冬香は、鏡夜の印象としては、いつも静かに鮎川、戸波、須藤の会話を聞いているような女子のはずだ。おとなしくてただただ笑っている…。真由が一回、スミレの様だと形容していた。
それが、無残にも散ってしまった…、心無い人間の行為によって…。
怒りなど通り越している。そんな日常的な感情など、もう浮かんではこない。許せない、しかも、同時に恐ろしくもある…。
「――許さない…絶対にだ…許すもんか、こんな、こんなことって…」
仁志が呟いた。
先ほどの川原に辿り着いても、まだその声は耳にこびり付いていたが、鏡夜は頭の中から追い払って、真由が倒れていないか探した。
あまり大きい岩のない川原で、じきに細かい砂利の音だけが耳に届くようになった。月は明るく、懐中電灯を点ける必要がないのは正直ラッキーだろうか…? いや、それだけ明るければこうやって探している俺達などは敵からは丸見えか…。
どちらでも良いと、鏡夜は思い、また捜索を続けた。
しかし、大分捜した後に、鏡夜は思った。もう1kmは歩いたのでは…? と。
いくら歩いても、人影すら見受ける事は出来ない。
月あかりだけで暗いとはいっても、見逃すはずはないし、2時間はゆうに探し続けているのだ、見つからないわけが無い。真由は一人で動いたりしないはずだ、危機感はある奴だから。
赤桐凌が止めをさしていったにしても、それこそ見つかるはずなのだ。第一銃声がしていない――まあこれは、ナイフなどの刀器類をあいつがもっていなければの話だが…。
考えられるのは、3つ。まあ一つ目は、まずありえないが、俺たちが見落としていた。二つ目は真由が自分で移動した。
三つ目は――誰か、第三者に見つけられた。及び、連れ去られた…。
確率で言えば三つ目が大きいだろう…しかし、一体誰が?
もしも、和や黎などのゲームに乗らない人間達なら良いが…。
鏡夜はゆっくりと空を見上げた。
――神など信じはしないが…。
俺は捜すのを止め、仁志の元へ向かった。
そして、苦渋の選択の結果を仁志に告げた。
「仁志、行こう…。
――あの島へ……。
……真由は、気が付いたら、きっとくる筈だ…」
仁志の目が見開かれた。そして、言った。いや、叫んだ。
「嫌だ!」
それは、聞きようによれば、子供が駄々をこねる様な声にも聞こえる。ただ、それれは文章的に、と言う意味だが…。
実際は、その言葉に色々な意味がこめられている事がはっきりと分かる。と、言うよりも、それら全てを言葉にするよりは、より気持ちが伝わってきている…。
「鏡夜、なんで……。真由は、この島のどこかに居るんだ…。もしかしたら、もう少し探せばこの川原に居るかもしれない。
まだ俺達はこの川原全てを探したわけじゃないんだし、まだ続けるべき、だろ…」
語尾は、なんとなく自分自信の気持ちとも反した言葉らしく、小さかった。
「分かっている…。
どこかに居るのなら、探さなければ死ぬかも知れない…。ゲームに乗った人間は確実に居るのだから…。だけど、探して見つからなければ……貴重な時間は、少しずつ無くなっていくんだ…。特に、このゲームは3日間と言う制限がある上に、様々な障害もある…」
俺は、その障害の代表をコンコンと叩いた。首にやや冷たい感触が伝わる。
「俺達がこのゲームを壊す。なら、時間を無駄にするわけにはいかない……。不確定要素を考慮すれば、早く島へ行かなくちゃならないんだ…」
正直、俺も辛いんだ。とは、言わなかった。付け足そうかとも思わないでもないが、俺から真由を見捨てると言う決断を仁志に告げたのだ、言えるはずもない…。
俺だって、真由を見捨てるなんてのは既に、言うだけでも本能が反対している。だが、それを俺は理性で押し付けるしかない。
――大丈夫、このゲームを壊せばきっと、見つけられる。運があいつに付いている事を祈るだけだ…。
「鏡夜……」
仁志は視線を上げた。
俺と視線がはっきりと交差する。
仁志は口を開きかけた…が、次第に下を向くと、静かに頷いた。
「大丈夫だ、仁志。俺がこのゲームを破壊してから、捜そう。きっと、大丈夫なはずだ。」
最後は、仁志へ向けた言葉ではなかった。
正直、捜す事を優先したい。だが、だが俺は、真由一人のために、仁志を、その他このゲームに乗っていない人間を全員見捨てると言う選択は…出来ない…。
――いや、これは俺の本当の意志ではないだろう。
「なぁ、仁志、信じよう? 俺は、あいつと生きて会える事を、なんとなく予感しているんだ、だから……」
鏡夜は、苦々しく笑った。和へ向けて。お前もこうなんだろう? と…。
自分の本当の意志を押し隠して、何かをやり遂げようとする…。
そして、和帝二のように、この決断で俺にとっての大切な人間を失えば、自分はあの時、亜由香を失った和のように死のうとするのだろう、と……。