BATTLE
ROYALE
〜過去から現在(いま)へ〜
21
瀬野真由は、川原で気絶していた。誰も周りにはおらず、ただ倒れていた。
すぐ近くで先程、銃声がしていた事から、危険だと判断し、俺は真由を担いで川を50m程離れた。
気を失っていると、人間というのはかなり重たくなるもので、ゆうに20分はかけて、川原沿いに生えている広葉樹林の中に運び込んだ。
少しの間、ここで休んでいたが、結果オーライ。どうやら、瀬野真由の命を救う手助けにはなったようだ。
今、自分達の周りには枯葉がある。踏めば音がする、天然の鳴子だ。時間がなかったため、いやはや、頼る他なかった。暗い夜なのだから、頼るべき感覚は視覚よりも聴覚だ。
――敵が空から攻撃を仕掛けてくるのなら、針葉樹林に逃げ込んだほうが良い。敵が地面から攻め、それを迎え撃つ場合は広葉樹林の方が良い、冬ならば…。
つまり、冬に葉が落ちるかどうかだ。
幾度目か、聞こえてきた銃声で(これは織田が撃たれたものだった)瀬野真由が目の前で体を起こした。
こんな目の覚まし方は彼女にとって、似合わないな…。
ふと俺は胸にかけたペンダントに触れた。(感傷に浸る時とか、なぜか触れてしまう癖があるようだ。)ごくごくありふれた装飾のされている国産品だ。ただ特別なのは、これを渡されたのが自分の7歳の時であり、渡した人が父であった、というだけだ。
「真由…大丈夫かい?」
左腕に体重をかけて、瀬野真由は体を起こすと、こちらを向いた。
頭の中で記憶を整理しているのだろう…俺を見て、自分の足を見て(傷は足に打撲があった位で、他に目立った外傷は無い…)ハッとした。
「鏡くんは…? 仁志くんは?」
一緒に居たのか…鏡夜と仁志の名前を真由は挙げた。
「――ねぇ、知らない、黎くん?」
真辺黎(男子18番)は首を横に振った。離れてから30分は経っている…。恐らくはもう、いないだろう。
しかし、このまま真由と共に行動するには、自分がこれからしようとしている事は危険ではないだろうか…。
こんなゲームの中で、場違いとも取れる行動だ。――真由は連れてはいけない。
「待ち合わせてたりはしてないかい? エリア指定とか、方角とか…」
「待ち合わせ…、って言うのかは分からないけど…もう一つの島に、行くの」
そう言うと、真由は自分の地図をだし、島の北の海を指差した。
「ここに、本当はもう一つ、島があるの。他に知っている人も多分、居ると思うけど…。鏡くんは、最初に警告が無かったのだから、行っても大丈夫だって言ってた…」
「じゃあ、僕が連れて行こう。真由、君がそこに着くまでは僕が、付き添う…」
ここからなら、日の出までには着くはずだ。そうしたら、俺は探しに行こう…。
黎は幼馴染の女の子を思い浮かべた。特別な感情は無いのだけれど、どうしても救いたかった。それから、鏡夜達と合流したい。
小さい頃からいつも見てきたあの小さな手では、きっと、この崖っぷちの状況では残れないだろう。しがみ付く間も無く、落とされてしまう。
最後でなければ、探す必要はなかったのだ…。せめて、香奈より先に出る事が出来たのなら。
瀬野真由とともに、順調に歩を進めた。数m先に石を投げ込んで人の有無を確かめながら、確実に…。
そして、1エリア分程移動した頃、唐突に、ガサッという音がした。
それは決して、自分と瀬野真由の出した音ではない…。
――石を投げ込む前だったが、気付いているのだろうか?
瀬野真由をその場に残らせて、音のした方へ向かう。
銃を握り大きい葉を広げた木陰から出ると、月明かりに照らされ、黎の影が一層濃くなった。
しかし――、その瞬間に、音の主は黎の後ろへ迫っていた。
それは、月の光に一瞬、黎が“暖かい”と感じ、やや感性が緩慢になった時であった。
葉を踏む足音でその事に気付いた黎は素早く撃鉄を起こしてポイントし――かけて、止めた。
「――黎…!」
かなり驚いた様子で両手を挙げているのは…和帝二(男子5番)だったから…。
すぐに、銃を下ろした。
和も胸を撫で下ろして、ホッと息をつく。俺も同様に息を吐いた。(引き金に掛けていた人差し指が汗まみれだ…)
「(危ない危ない…。)――出てきていいよ、和だ」
幾分間をおいて、草陰から真由が出て来た。
「真由!」
和が呼ぶと同時に、真由の顔に、黎と居た時には見せなかった笑顔が戻った。
鏡夜、仁志、和、真由、率(生徒会長)は全員、小学時代からの同級生で、とりわけ仲が良い。今は当時と一人、亜由香という女の子が欠けているらしいが、その真相については聞いた事が無い。ただ、他の学校に行ったわけではないようだ。
そういう訳だったから、真由は和に抱きついた。
「待て…黎。鏡夜は? 真由と一緒に居なかったのか?」
和が、真由と数秒抱き合った後、聞いた。その言葉に真由が答えた…。
「途中までは、一緒だったんだよ? ケド…誰かに攻撃されて、あたし、崖から落ちちゃって、はぐれて…。黎くんが偶然通りかかって、助けてくれたの」
「黎が…か。じゃあ、鏡夜達とは、会えないのか?」
「ううん、そうじゃないの…。確かな事じゃないけど、鏡くんとはもう一つある島に行こうって話してたの」
――もう一つの島…?
「どこにある!? その島は!」
真由が地図を開いて、また島の北の空白を指差した。
そこには何も書いてはいないが、鏡夜が言うのなら間違いないだろう。それなら、他の奴も殆ど来ないだろうし、安全だ。
――合流地点としては申し分ない!
「黎! 行こうぜ、鏡夜はきっと居るはずだ!」
本当は、真紘を探すべきだが、この後工場に行けば良い。きっと真紘も来る。そこから島へ行けば、仁志と鏡夜、黎の最強メンバーが揃う。何があっても、三人が居れば、真紘も真由も安全だ。赤桐が来ても矢賀が来ても、絶対に勝てる。
仁志と鏡夜だけじゃあ、俺が足手纏いになって、守りにくいだろうが、黎が居れば――、
「――和、俺は、行けないよ。俺には、やらなきゃならない事がある。」
嬉しさで少し握っていた手を解いた。
「和も、真由も、香奈枝を見ていないか?」
――玉川香奈枝(女子13番)か?
「玉川は見ていない」
「あたしも…見てないわ」
しかし、一体、玉川に何の用があると言うのだ?
「いや、僕達は幼馴染だから。せめて、香奈は助けてやりたいんだ…、それから行くよ、その島に」
もしかしたら、黎には玉川への特別な感情があるのか…と思ったところで、黎は幼馴染という言葉を言った。(それが俺の考えた事への否定にはなっていないのには、少し後で気がついた)
「気をつけて、二人とも。鏡夜によろしく言っておいて」
黎は注意するように腰の銃をトントンと叩いて言った。デイパックを肩に掛けなおして、やや長い髪をかきあげて、黎はさらに言う。
「それと、仁志の力はこの状況だ、結構役に立つはずだよ。そして、鏡夜に会ったら――真由、君はちょっと笑ってあげな。
で――和、君は真紘と逸れてしまったんだろ? 絶対に、見つけるんだよ」
何も言っていないのに、全てお見通しのようだ。
「大丈夫だよ、二人とも。鏡夜も真紘も、きっと届くはずだよ」
俺と真由がそれぞれ真紘と鏡夜が好きだと黎には誰も言っていない気がする…。
黎は一回手を振ると、闇の中にゆっくりと熔けていった。元々大きな背中が俺たちにはもっと、大きく大きく見えた。