BATTLE ROYALE
〜過去から現在(いま)へ〜


22

 背中の下には、サワサワした、背の短い草が生えている。
――僕はこの感覚が好きだ。
 日が昇る前の空が、視界いっぱいに広がっている。
――僕は、日が昇る前の空が好きだ。
 日の上る前の空はまるで、夜の星空に牛乳を入れて、太陽のスティックでかき混ぜた様な色をしている。
 どうせなら、飲んでしまいたい。飲み干した後にどんな味がするのか…。
 そう言ったら、前に少し笑われたのを、立川耕作(男子9番)は思いだして、少しだけ微笑んだ。
 中学2年の最初の頃に行った野外活動で、耕作は朝早くから宿舎を抜け出してたのだが、その時に、歩いていたら出会った人と話したのだ、朝の空の事を…。
 空を見上げながら言っていると、隣で笑い始めたのだ、鮎川千秋は。
――面白い事を考えてるのね、いつも…。

 感傷に浸る間も無く、耕作の背後では音がしていた。その音は誰かが迫っている事を、耕作に教えていた。
 耕作は、待ち合わせている女の子であれば良いな、と思いながらも横に置いていた支給武器――コルトS.A.A.と説明書には書いてあった――に咄嗟、手を触れずには居られなかった。
――こんな、映画の中でしか見る事が無いと思っていた人殺しの道具に頼ろうとしている…。
 自分でそう思うと、嫌気がした。
 しかし、彼女に会うまでは死にたくない。せめて一度でも会いたいのだ。
 心の中ではこんな銃を捨ててしまえと思うが、彼女に会うまでは頼らざるを得ない…。
 実は、耕作にはモットーがある。
――難しく考えるよりも、素直に、思ったとおりに。
 だから、すぐに耕作は銃を手放した。それが最初に思った事だから…。
 もちろん、班が違う以上は、銃を持っていなくても、信用はされないかも知れない。仲間が居る以上は――絶対に裏切らない味方が居るのなら――わざわざいつかは敵になる人間と組む必要は無い。
 けれど、もしも信用してくれる人が居るのなら、自分が銃を持っていては、怯えさせてしまうのではないか?
 だから、耕作は銃を置いたのだ。そして、同時に耕作は彼女である事を祈った。

 草の揺れる音が一瞬止まった。そして、人が、出てきた
 その人は、耕作が願った通り、宇野小波(女子5番)だった。
 耕作より倍も活発で、柔道部。一度、いつだったか、投げ技を決められた――付き合い始める前に。
 それでいて、勉強も出来る――小波は耕作の成績を羨ましがっていたが、英語は小波の方が良かった。
 彼女は時々、スイッチが「切」になったかのようになる――小波は好きではないのだけれど…。
 髪は決して長くない。けれど、耕作は似合うと思っている。
 小さい体に溜めている溢れ出さんばかりの様々な感情も、突風のように気まぐれな魂も、全部好きなのだ。
 遠い遠い空を真剣に見つめている姿も耕作に対して怒っている時も、ただただ、何が面白いのか笑っている時も――全部。
「小波…」
 耕作が呟くのと同時に、小波が飛びついて来た。耕作は崖から離れていたが(ここは2−A辺りだ)少しヒヤッとした――耕作にはあまり力が無いから。
 思ったとおり、小波を受け止めたまま、耕作は草の上に倒れこんだ。
「いろんな場所で聞いたのよ? 銃でしょ、あの音…」
 小さく小さく、小波は言った。
 震えている。
 無理も無いだろう。6時間近くも彷徨っていたのだ、おそらく、一人で。
 当初は出口で待っていてもらうはずだったのだ。しかし、銃声がした。連続した“パラララッ”という音が…。
 だから耕作は出口で待っていたら危ないと、出発の寸前に小波に言ったのだ「北の端で」と…。
 耕作は校舎を出ると、鏡夜たちを待たずに地図で見る北の端、2−Aに向かった。早く目的の場所に着くために…。
「ごめん、小波…忘れていたんだ…」
 しかし、着いてもそこには小波の姿は無かった。
 なぜなら、小波は地図がダメなのだ。地図を見て現在位置や目的場所が理解出来ない上に方向音痴なのだ。
 耕作と目が会うと、また小波は話し始めた。
「――空が白むまで、ずっと隠れてた。明るくなり始めてから、やっと、方角が分かって、それから一先ず北へ行ったの…。そうしたら、右手に灯台や病院が見えた。左には家がたくさんあった。
途中で、家の方で沼くんを見かけたけど…怖かったの、彼…。
耕作に前に言ったじゃない? 彼って、何か闘志のようなものを持っているって…。何か戦うべき相手が居るような…。けど、さっきはね、見えなかったの、その闘志が…。
それに彼、あたしが建物の影から出た瞬間にこっちを見ていたの…、まるで、あたしが来るのが分かった居たみたいに…。それに彼は、班が違ったみたい。あたしが8班で、彼は1班だったと思う」
 小波はそう言いながら耕作の首輪に初めてチラリと視線を向けた。
 耕作も、8班だ。
「だから彼は――気をつけた方が良いわ…」
 かなり、変な情報だ…。
 沼春立(男子13番)は、耕作のイメージではまず無口、だ。これは学年を通しての見方でもあるだろう…実際に、耕作は話しかけられた事が無い。
 学校での沼は義務には忠実に従いながら、ただただ時間を過ごしているだけに見える。
 誰かに恨みを持っているのか、確かに闘志のようなものが見える気もするが、しかし、小波が言うにはそれも無く、今は無気力だったとか…。もしかしたら、いつも持っていた目標の様なものを失くしてしまったのだろうか…?
「――とにかくさ、無事で良かったよ、小波…。僕、会えないかと思った…。本当に、僕は、君に会えなかったら――」

 唐突に話し始めたのと同じ様に、耕作の声は唐突に遮られた。
 海側に向き直っていた二人に、声が聞こえてきたのだ。機械を通して喋っている声が…。
「みなさん、金です。
これから、朝6時、最初の放送を、始めます。今までに死亡した人と、禁止エリアの発表を、行います。準備してください…。
――まず、男子からです。1番青井時政、4番織田進、7番須来安珠、8番園村誠一。次は女子です。1番阿部雅実、2番鮎川千秋、4番今村信子、15番戸波夏美、16番野村冬香、19番柳瀬万奈、20番綿由奈々。男子4人、女子7人の計11人で、残りは31人です。
なお、知らない方も居ると思いますが、須来安珠、今村信子の両名は、政府に反抗したため、処理しました。
次に禁止エリアです。時間までには、離れておいて下さい。7時から9−G、9時から2−B、11時から9−Eです。今日の日の出は7時13分、日の入りは17時31分。天気は快晴です。では、頑張ってください」
 耕作があまり口にしない小波への気持ちはキムの放送が押し流した。
 が、恐らく耕作すら、放送の前に自分が言おうとしていた事など、覚えてはいなかっただろう…。
――もう、11人も死んでいる…。4人は出口付近で死んでいた。多分、出席番号で数える限りでは、小波を含め、ほぼ全員が見ているはずだ。あれは、一体誰が…?
 耕作が考えうる限りでは、矢賀が4人を殺して、矢賀はその後の赤桐を警戒して姿を隠した、というものしか浮かばない。偏見かもしれないが(そう、耕作は一度も矢賀と話した事が無いのだ…、“偏見”なのかも、知れない…)矢賀はやはり信用できない。
 他にも、進や四季の3人も死んでいる。ゲームに参加している人間が居るのだ、死んでいる人間の数だけ…。それこそ、全員が自殺したのでない限りは…。(まぁそれは考えられない事だ。あの、進でさえ、死んでいるのだから…)

 考えているうちにも、周りはかなり遠くまで見通せるほどにまで明るくなっていた。
「…小波、そう言えば、君のデイパックには…何が?」
 会った時に、何かかなりの重さの物が腕に当たったのを耕作は思い出したのだ。今も、それはデイパックに不気味な凹凸をつけている。
 小波は何も言わずに、デイパックを開くと、それと紙を取り出した。
 出てきたのは黒い鉄の銃、しかもそれは、耕作の物より数倍大きい。そして、紙は説明書だった。
「――ヘッケラーコック…?」
『H&K MP5』
 紙の最上部に大きく書かれている、その銃の名前だった。9mmパラベラム弾使用のサブマシンガン…。
――どうするんだ? 僕達は…。
 この銃は捨ててしまうか? ゲームに乗るのか? 降りないまでも、乗らない? それとも降りてしまうのか?
 いや…乗りたくは無い。けれど…無駄死にも嫌だ…。せめて、小波だけは…。
――鏡、和…会えないのか?
 耕作は決断しなければならなかった…。

【残り31人】

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