BATTLE ROYALE
〜過去から現在(いま)へ〜


29

 パンと言う銃声と共に、この場から走り去ろうとしていた金本麗奈(女子7番:7班)は地面に倒れ込んだ。
「麗奈!」
 玉川香奈枝(女子13番:5班)は金本に駆け寄った。
 根室昇(男子14番:3班)はまだ煙の立ち上っているスプリングフィールドXDをゆっくりと下げ、少し笑った。
「逃げようとした、そいつが悪いんだぜ…? 俺ぁ、逃げなきゃ撃たねえって言ったんだ…。お前もだぞ、玉川…」
 金本麗奈は即死だった。
 背中に空いた穴からは、今もトロトロと血が溢れ、地面に少しずつ赤い水溜りを広げていく。
 金本麗奈は確かこの街でも有数の資産家の娘だった。
 それはもちろん、中国三家の大鳳や中泉院には及ばないものの、たった一世代で築き上げたにしては、かなりのものだった。(ただ、大鳳や中泉院のような権力は無いに等しい程度しかやはりないのだが…。)
 家も少しずつ大きくなり、それにつれて家政婦やお手伝いは増えていったと聞く。その最中に、麗奈は生まれたのだった。
 その環境のせいか、それとも生まれつきの性格なのかは分からないが、ともかく彼女は穏やかな性格で、身だしなみに執拗なほど気を遣うような子で、その外見を簡単に言ってしまえば和風の女の子だった。
 それが今は、髪は砂埃で汚れ、あちこちがもつれている。服には裂け目が幾つもあり、手や顔や、服に守られていない体には無数の傷が残っていた。
 それは、彼女がどれだけ一生懸命逃げていたのかを物語っていた。そして、目の前に居る根室昇がどれだけ危険かも、暗にだが、同時に…。
 二人は、突然林の中から出てきたのだった。
 香奈枝は偶然、そこ(4−G)に居ただけなのだ。
 そして、香奈枝が何をする間もなく、麗奈は傍を駆け抜けていき、すぐに根室が銃を向け、撃ったのだ。
 金本麗奈はもう息をしていない。目も、虚ろにただ地面を見つめているだけだ。
――死ぬって、こういう事なの…?
 二度と動かない。何も感じない。違う世界へ、行ってしまう。
 周りで何があっても、笑えない、泣けない、何も、言えない…。
 死ぬって言うのは、そういう事なんだ…。
 香奈枝は震えながらも立ち上がった。
 根室はまた口を開いた。
「玉川、俺と一緒に居るんなら、そいつみたいにならずに済むぜ? 今死ぬことないじゃん…。ちょっとでも、長く生きてたいだろ? 今のは、金本が悪かったんだ…、俺が死にそうになったんだぜ。
俺と一緒に居りゃあ、班は違うけど、まぁなんとかなるかもしんないぜ?」
――死にそうになった? 麗奈があんたを襲ったって言いたいの? それに、あんたは……。
 価値観と言うよりも、生きている世界からこいつとあたしは違う、そう感じた。考えている事が全く理解できない…。今まで当然のように同じ教室で同じ机で勉強していたなんて信じられない。
――とにもかくにも、つまり誰かを殺してでも長く生きていたいなんてのは、あなただけよ…。
 だったら、あたしは少し長く生きてこいつの言い成りになっているよりも、今死んでも、あたしの信念(そんな大層なものでもないけれど)を貫いてみせる…。
 しかし、運動能力に関してあたしは可もなく不可もなくというところ。多分、男子に勝てるほどではない…。根室がどれほどのものかは分からないけど、あたしでは及ばないのは間違いない。
――黎、ごめんなさい…。
「嫌よ、あたし…」
――あなたは、誇りをもって生きてるでしょ?
「あたしの追う人と、あたしは行くの。あなたとは行く気はないわ」
――あたしは、あなたのようになりたいのよ。強くて、大きいその背中を追うだけじゃない、あたしもあなたのように…。
 根室のさっきまでの笑いが消えた。
「へぇ、そう…」
 銃を持ち上げた。
 それだけであたしは、さっきまでの気持ちでは居られなかった。体を冷たい何かが通って行く。足が震える。口の間から小さな言葉がこぼれる。
――黎、力を、ちょうだい…。
 ギュッとスカートの端を手で握った。
 それを見ると、根室の口にはまた笑いが昇る。
――怖い…。怖い…、黎。あたし…
 耐え切れないものがこみ上げる。
――黎、あたし……あたし、黎…。
 根室が「死ね」と言う時には、その言葉は奔流となって溢れる寸前だった。その先、さらに根室は言おうとした。あたしは、自分が死ぬのと、感情を抑えきれずに壊れるのとどちらが早いのかを少し考えていた――
 が、スッとあたしの横を風が通ると同時に、根室はうっと言う呻き声だけを残して数m先に吹っ飛んだ。
 その風の正体を見た瞬間、香奈枝は違う意味で、感情を抑えるのに必死になった。

 真辺黎(男子18番:4班)は銃声を隣接したエリアで聞いた。
 そして、走って向かった先で、探していた玉川香奈枝を見つけたのだ。今朝方、和達と別れた後に、黎は銃声を追う事にしたのだ。そして、初めての銃声を聞きつけ駆けつけると、ビンゴ、と言うわけだ。
「ぅ……」
 根室は立ち上がり、またスプリングフィールドを構える…。しかし、照準は全く別の方向を向いていた。
 根室は、さっきの一瞬にして黎の手刀打ちを左肩に受け、上体がやや沈んだところをさらに、腹部へ肘を水平にして打つ当て技(肘鉄砲)をくらい、最後に懐に入っていた黎の掌底を顎に見舞われて吹き飛んだのだ。
 顎を強打され、脳震盪を起こしているらしく、体も揺れている。そして、すぐに倒れこんだ。銃はやや先のほうに転がる。
「香奈、怪我は?」
 そう言いながら黎は腰の支給武器、ナガンM1895を構えた。(なぜか、デイパックの中には、もう一つ、説明書の無い、多分Cz.M75だろうと思われる銃が入っていた。)
 それは根室のそれとは大きく違い、様になっているだけでなく、迷いも躊躇もないのだ。ただ真っ直ぐに根室だけを狙っている。
「香奈、返事無いけど、大丈夫なのか!?」
 黎は振り返った。振り返ってしまった。返事がない香奈枝が怪我をしているのではないだろうか、と言う考えからだった。だが、それが隙を生んだ。
 だが、さっきまでヨロヨロと起き上がろうとしていただけの根室は、今はと言うと落としたスプリングフィールドへ、黎の一瞬の隙を逃さず飛びついていた。
 ほぼ同時に、黎は気配を察知し振り向いた。
 黎の視線は真っ直ぐ根室へ……しかし、根室の視線は黎とはかち合わなかった。
 また同時に二人は自分の銃の引き金を引くという、同じ動作をした。それぞれの銃弾は、根室と玉川香奈枝へ向かった…。

――香奈、家帰ったら、何作ってやろっか?
――あたしは何でも良いよ、黎。全部おいしいもん、あたしより黎の方がずっと料理上手いし…。
――何でも良いって…それが一番困るんだけど?
――でも本当だもん。お味噌汁もご飯も焼きそばも。
――おーい、ご飯って、俺が洗って炊くだけじゃんか…。まあ、今日は肉うどんでいっかな…。

「香奈!!」
 倒れ込む香奈枝の体を黎は咄嗟に支えた。背中に回した手に濡れた感触が伝わる。
 銃弾は香奈枝の右胸を貫通していた。今も血が呼吸に合わせて少しずつ漏れてきている。制服の染みが広がる毎に、黎の怒りもまた、広がる。
 根室は、心臓を僅かに逸れたところを撃たれ死にかけては居たが、まだ銃に手を伸ばそうとしていた。
 玉川香奈枝はどうも、自分がやったのだと少しほくそ笑みながらも、痛みからして自分もダメだと思ってはいたが…。なら、黎も…と、思ったのだ。
 だが、次の瞬間には根室は動作を止めた。
 何か鋭い意思を感じとったのだ。
 根室はその方向を向いた。そちらは、そう、丁度玉川香奈枝と真辺黎が居る。
 やはり、自分を立って見下ろしているのは、真辺黎だ。
 いや、根室には黎だとは見えなかった。根室は、はっきりと恐怖を感じた。その形相を、誰もが見た事のないであろう、黎の狂気を垣間見たのだ。
「ァ゛…ア゛、ア゛、あ゛ぁぁぁぁー!!!」
 パンッと言う音と共に、根室の意識は彼方に飛び去った。
 そして、その瞬間には、黎の狂気は既に消え去っていた。その表情はまるで、仇を討ち、慢心している様にも見えた。

――肉うどん……だったら、買い物行かなくちゃ。家にはもう、お肉が無かったよ、確か…。
――そっか…。じゃあ、家帰ったら支度しねぇとな。

 黎は、香奈枝の事を大切に思っていた。ただしそれは、黎にとっては幼馴染としてのもの。黎はいつも、香奈枝とは友達でいた。
 ただ、黎には他にも、幼馴染と言えば数人居るが、黎は何となく不思議な間柄を感じ取っていて、黎は香奈枝を、香奈枝は黎を一番に思っているのだ。
 しかし、黎はその気持ちが何であるかを、知らない。まだ黎は、その感情をはっきり言葉として感じたことは無いのだ。友達よりも大事なものを、まだ知らないから。
「香奈…」
 香奈枝と黎の間には特別な事はあまりなかった。香奈枝が小学5年になった頃に、香奈枝の両親が水難事故で死ぬまで、共働きで帰宅が遅いから、隣の部屋の黎の家が、香奈枝を預かっていただけなのだ。(その後、香奈枝は親族の家に引き取られた。)
 二人きりでどこかへ遊びにいくと言う事も、なかった。
――香奈、僕は、君が一番、大切なんだ……。君が、君が…
「目を、開けてくれ…な? 香奈、僕は…僕は……、俺は! 香奈、君は両親が死んだ高波にのまれても、生きて帰ってきただろ? 本当に嬉しかったんだ、あの時……俺は、香奈…!」

 香奈枝は、頬に何か冷たいものが当たるのを感じた。それは、規則的に何度も何度も落ちてきて、頬を伝う冷たい感触は、少しくすぐったくも感じた。
――黎…? 泣いてるの…?
 目を開くと、ぼやけてはいるが、確かに黎の顔が見えた。その2つの瞳からは、涙が…。
「…ぁ、あたしも、う、嬉しい…よ? ……ど、ドラマ、みたい…。こんな……、黎」
――死ぬ前に一番大切な人に出会えて、そして、その腕の中で目覚める。腕の中で、死ねる…。ううん、こんな事言ったら怒られるね、黎に…。だけど、嬉しいの…。
 そう思って香奈枝は笑おうとしたが、血の霧が出来ただけだった。
 視覚情報も、既に脳との情報交換を殆ど正常に行えてはいない。香奈枝の目に映る、黎の姿は既に歪んで、他の人間なら誰か分からなかっただろう。だが、香奈枝にはまだ記憶の中の黎を重ね合わせる事によって、黎の姿がはっきりと見えていた。
「ぁあの、ね……だ誰かを、一番、大切に思う事を……好き、って、言うんだよ…?」
 胸が熱い。一言喋る毎に、心臓が鼓動を繰り返す毎に、体中を何かが駆け巡る。痛みと、熱と…。
「いつか、言おうと、おも、思って…たんだ……」
――あ、れ…? 何を、だっけ?
 咳を何度かしたら、頭がぽうとして、考える事が難しくなったのだ。
「………お父さん、と…お母さん……が、死んだ日、の…天気よほ…は…みは穏やか、だって、言ってたのに…な。
……二人きり、ぁ…楽しか、った……。
黎の、料理……、おいしく、て…、あたし、女なのに………」
 香奈枝は、既に自分が何を言いたいのか、何を言っているのかさえ、分からなかった。ただ、頭の中では、香奈枝と黎の時間が昔から、段々と今へ近づいているのだった。
「香奈、もう……もう、喋らないで、良いから…」
 黎は何とか言葉を押し出した。堪える嗚咽の隙間から…。
――そんな事、言わないでよ、黎……。言いたい事、あるんだから…。何だったっけ…。あたし、黎に、何を、伝えたいんだっけ…?
 言えなくて、言えなくて…本当に切ないまま、今まで…。勇気を出せなくて、伝えられなくて…、遠い存在だって自分に言い聞かせて、それでも諦められなかったこの気持ち…。黎…黎、黎……。
――黎、を、そう、あたしは、黎を…
「ぁぁ、あたし、ね……。黎の事を、黎を、好きだよ」
 大切に、大切に心の中で暖めていた気持ち。あたしは、これをあなたに伝えたかったのよ。
 気恥ずかしくて、香奈枝はまた笑った。今度は、確かに笑顔だった。

――黎が作るものなら、何でもおいしいよ。
――何でも、って大袈裟な…。

「大袈裟でも、何でも、なくて……」
「香奈…? 香奈、香奈ぁ……」

――大袈裟じゃないよ。黎が作るんだもん。
――どう言う意味…?
――まだ教えてあげないよ。

「香奈、俺は……俺は。香奈…!」
 黎が作った料理は、食べると幸せな気持ちになれた。黎と居る時はどんな時間よりも、楽しかった。
――それは黎、あなたを、好きだったから……。

【残り23人】

   次のページ   前のページ    生徒名簿    表紙