BATTLE ROYALE
〜過去から現在(いま)へ〜


31

――10−I、9−G、B−2、9−E、5−G、6−I、9−F。
 このプログラム全3日間のうちの1日目、17時現在までに指定された合計7つの禁止エリア。
 2,4,7番目に指定された9列目のEFGエリア。これによって、既に島の東中央の海岸線には全く近寄る事が出来ない。等高線から見て、東岸はDエリアよりも北は岸壁となっているから、どうやら東岸は全面的に近寄れないだろう。
 そして、5番目、6番目のエリア指定で、5−G、9−Iが追加された事により、南の小島、そして湾内に突き出た岬には人は立ち寄れない。
 また、3番目の2−Bで、北西の岬も、エリア区分が明確に無い為、ほぼ寄り付く人間はいないと考えて良い…。
――どうやら、禁止エリアは周りから順々に狭められていくみたいだ…。じきに、島の中枢部分も禁止エリアに入っていくだろう…。
「鏡夜、終わったぜ…。」
 考え事をしていた名村鏡夜(男子11番:2班)に仁志雷也(男子12番:2班)が言った。
「準備できたか…。ありがとう。じゃあ行こう…」
 今、仁志はデイパックの他にもう1つ袋を持っていた。中には、これから必要になる道具が入っている。このろくでもないゲームを壊すためのものが。
 急がなければならない。真由には約束の場所を言ってあるが、そこにほかの誰かがいないという保障はない。
 これからもうひとつ、地図上では工場になっている場所に、一番重要なものを探しに行く。まだ役場やホテルには向かっていないが、工場にはあるだろうか…。
 7−Dにあたる病院。今、鏡夜らがいるここには、それはなかった。たくさんあっただろうに、ここを追われる際に全て持って行ったようだ。
――どうせなら置いて行っておいてくれれば良いものを…!
 鏡夜は思わず口から出てしまっている、焦りに気付いてはいなかった。

 が、仁志はそれを聞いていた。
 仁志はここまで冷静さと鋭敏さを欠いている鏡夜を初めて見た。
 真由から逸れてしまったせいだろう…。――鏡夜にとって真由は全てだから。鏡夜は、真由がもし、もし死んでしまったら…。
 鏡夜の世界に初めて触れた人。俺や和や生徒会長の姫沙率、そして今は他の学校にいる、小学校の友達らを鏡夜は確かに大事に思ってくれているようだけれど、最も鏡夜の深くに触れられるのは真由だけだ。
――そして鏡夜と真由が知り合う前から幼馴染として――ずっと一緒だった俺と真由だったが、そんな俺よりも真由を強く引き寄せていったのも鏡夜だ。
 そうしてお互いがお互いを好きでいる事を、互いに気付いていない。
 そういう事に関しては鏡夜も疎いんだな、と笑いながら和らと話す反面、俺は二人に対して引け目を感じていた。
 鏡夜と真由。和と真紘。(まぁ、真紘は自覚してないのかもしれないけど…。)あぁ、そうか。とにかく、フリーは俺だけじゃないか、と…。
 いや、僻んでいるわけじゃない。(そうとしか聞こえないかな、こういう言い方は。)ただ、別にお互い好きでいるのだから、それを止める権利を俺は持っていないし、そもそも俺は鏡夜や和が誰かを好きになるほどに成長しているのだと思うと、嬉しいくらいだ。冷酷だった鏡夜が、最愛の人を失くして生への執着すら失いかけていた和が、また大切なものを得られたのだから…。
 ただ、俺は……俺は……。
 足元で音を立てている枯葉に視線を落とし、息を継いだ。
 鏡夜は俺と同じく、考え事をしているらしい。俺の動作には気付いていないようだ。
 辺りは暗くなってきていた。
 残っている雲には、僅かに日があたり、青と紫と赤のグラデーションの空が広がっている。冬は大気中のごみが少ないとかで、空が綺麗に見えるらしいが、今日はそんなことにあまり感銘を受けなかった。
 気温は下がってきている。
――真由は一体どうしているだろう…。また昨日のように寒くなる。しかも一人なんだ、真由は…。
 心配でならない…。
 そもそも、プログラムに放り込まれた時点で、真由は危ないのだ…。
 本来なら鏡夜と俺でタッグを組めば、あの矢賀大河(男子22番)や赤桐凌(男子2番)にも勝てるはずだった。真由を庇いながらにしても、互角にわたりあえただろう。
 黎や和、野中は信用できる。彼ら3人が合流できれば、何も脅威にはならないだろう…。
 が、しかし、今回はチーム戦だ…。
 それがこちらに不利な事は、鏡夜に説明されなくとも理解できた。
 確かに、信用できる人間との関係はなんら変わりないだろう。が、赤桐や矢賀、その他の――鏡夜が言った――ゲームに乗っている人間、にとっては違う…。乗っているヤツらは、通常は多分一人で行動するはずだ。全員が敵なのだから…。
 が、チーム戦では味方を殺す事は許されない。
 つまり、一旦味方だと確認できれば、お互いに殺しあう理由がなくなり、団体行動という最善の選択をとるからだ…。
 複数人のチームを組んで赤桐や矢賀がかかってきたら…。
「仁志、どうした?」
 気付くと、前の鏡夜とは距離が開いていた。鏡夜は茂みが終わるところに立っている。手には、真由の支給武器で、鏡夜の預かっていたS&W.チーフスペシャル三十八口径を握っている。
 暗くなっていてほとんどみえないが、その鏡夜の向こうには工場の壁が見えた。
「工場に、着いたのか…?」
 我ながら間抜けな質問だ。
 自分が工場に向かっている事すら忘れていた、というわけだ…。
 鏡夜が考え事をしていて、俺も考え事をしていた。そんなところを襲われでもしたらどうなっていたか…。
「仁志、真由の事を考えるんなら、そうやって余計な時間を食ってる暇はないぞ…」
――?
「どうした? 急がないといけないだろ…?」
「いや、なんでもないけど…。」
 俺はすぐに鏡夜の横についた。鏡夜が、中に入って障害物に隠れてから人が居るかどうか確かめる、と説明した。外から工場内や壁に石を投げたりすると、周囲の広い範囲の人間に存在が知れるから、らしいが…。
――俺が真由の事を考えてるのをなんでわかったんだ? 鏡夜。
 その疑問はひとまず心にしまって、俺は頷いた。
「もう少しで放送が始まる。その間に飛び込むぞ? 中に入って人がいるか確認したら、禁止エリアと死んだやつをメモする」
 またも、俺は言われてはたとした。時計は5時50分を過ぎていた。
 俺はベレッタM92Fを腰から抜き、弾を確認した。ポケットのマガジンに弾があるかも確認した。ポケットにはバラの弾もいれておいた。
 けど、そんな事より、やはりさっきの事が気になった…。
――こんな状況だぞ、分かってんのか俺! そんな事は抜け出した後でも…。
「仁志?」
 鏡夜は改造ペンライト(光調節機能追付)を弱で俺に向けながら言った。辺りはかなり暗い。
「お前、俺に聞きたい事あるんだろ…」
「へ、いや…ぁ…まあ…」
 俺は手短に話した。鏡夜はフッと笑いながら答えた。このプログラムが始まって以来だろうか…?
「仁志、俺が何したかは言うけど、お前は真似できないと思うぞ…。じゃあ、分かるようにちゃっちゃと言うから…」
 鏡夜はそう言った。俺はよし、と身構え――
「仁志、俺は心理学とかについても学んだことがあってだな、眼球運動だとか表情の弛緩具合だとか呼吸だとか瞬きだとか喋ってる事だとか! で相手が考えてる事をある程度予測できるわけ。それでお前の目の動きで昔の事を思い出してるのが分かって。あぁ、どうして目の動きで分かるかは省くぞ? とにかく、それから心配そうな目で今度は今の自分が見た事のない光景や情景を思い浮かべてるのが分かって! …お前がこの状況で心配するなんて、真由くらいしかいないだろって事だ」
 なんか、最後のは鏡夜に俺の想ってる事を完全に読まれている気がした。
 てか――身構える前に終わった…。
 俺は溜息をついた。
――普通の中3の俺と、全然普通じゃない超人的な中3のお前…。
「なんでかなぁー…」
 俺の言葉を鏡夜は疑問に思ったのだろう、さらに口を開きかけた。が、定時になった。
「金です。夕方十八時、3回目の放送を始めます。準備はよろしいですか…?」
 鏡夜が茂みから一気に駆け出した。遅れがちになりながらも後を追って茂みから出ると、すぐに鏡夜が入り口に滑り込むのが見えた。
 足音が反響する。
 俺たちが入ったのは正面のようだ。横には小さいドアがある。正面は重機などの搬入用だろう。
 鏡夜が俺に壁の横の梯子を指した。自分はそことは違う場所にある、普通の階段へと素早く駆けて行った。
 俺も梯子へと向かう。暗い中だ、鏡夜に言われなければこんな梯子は全く気付かなかっただろう…。
 鏡夜より少し遅れて俺は上の階に辿り着いた。鏡夜が先行して、一つしかない通路へと進んでいく。
 既に放送は終了したようだ…。
「誰か居るか!」
 鏡夜が声を上げた。
「おい鏡夜、声は…」
 声を潜めて俺は言った。鏡夜は首を振ったようだ。
 ガタッという音がどこかから聞こえた。
「仁志、放送、聞いてたか?」
 またも鏡夜は先を行きながら言った。
「残り、21人だ。12時から、新しく杯谷春芳(男子16番)と飛騨弘(男子17番)が死んでた。半分だ。もう、半数が死んでる…」
 通路を数回曲がった奥の部屋へと迷う事無く辿り着いた。
 ゆっくりとドアノブに手をかける。俺はベレッタを構えた。赤桐との時は無我夢中で撃っていて、当たったかどうかは分からなかったが、いざとなったら、果たして今度は当てられるだろうか…。そうでなければ俺たちは死ぬかもしれないのだ…。
 ドアはガタッという音で止まった。隙間は数cmほどしか空いていない。中からは人の気配があった。それは怯えいるような感じがした。
 どうやらドアには物が突っかかっているらしい。
「誰が居るんだ。俺たちは仁志雷也と名村鏡夜だ」
 俺は言った。――返事はない。
 鏡夜がドアから一旦離れた。
「俺がドアを破る」
 反論の余地も与えず、鏡夜は行動しようとしていた。それを俺が止めた。
「大丈夫…」
 正直、中にいるのは好戦的ではないクラスメートにしか思えなかったから…。
 鏡夜とは違って、心理学とかなんとかの根拠はないけどな、と言う前に、俺の言ったとおりになった。
 声がした。
「鏡くん…?」
 突っかかっている物をどかすような音がした。ゆっくりと、ドアが開き始めた。

【残り21人】

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