BATTLE
ROYALE
〜過去から現在(いま)へ〜
32
放送は終わった。地図と名簿は落としてしまった。内容も覚えてはいない。
が、そんなことよりも、今は逃げる事の方が大切だった。
――油断していた…!
戸川俊(男子10番:1班)は走っていた。片手にデイパックは持っていたが、中には支給品が入ったままだ。
放送中に、俊は攻撃された。地図と名簿に顔を近づけてメモをとろうとしていたところだった。襲撃者は誰か分からない。が、とにかくヤバイやつだと殺気で一瞬で分かった。
その殺気が、やつの接近を知らせたのも事実だが…。
正体は分からない。
単発の銃声が追いかけてきていた。あのパララッという、開始以来何度も聞いた銃声ではなかった。
あのマシンガンらしい音。一体誰だ? 赤桐だろうか、それとも矢賀か!?
いや、今自分を追いかけているのが赤桐か矢賀なのか…?
全速力で走っているのに、そいつはきっちりと追いかけてきている。こちらには思案する余裕もなくなってきた。
俊は学校の部活には入っていなかった。しかし、地域のアメリカンフットボールチームに所属していた。練習は欠かしていなかった。
今、このプログラムで生きているやつで、俊についてこれるやつは少ないはずだった。スピード面でもスタミナ面でも…。そして、人間性を考慮すると…。
――赤桐、矢賀、真山鷹史(男子19番)、三角心(男子20番)…。
チュン、という音が聞こえた。銃弾が耳の横を掠めていったようだ…。
――幅を広げるなら…伊角望夢(女子3番)と千瀬紫織(女子14番)も入るかもしれない…。
しかし、俊には女子の殺気には思えなかった。多分、男子4人のいずれかだ。
このプログラム開始を告げられた時点で、全員の視線が一度は赤桐と矢賀に集まったのは間違いない。あの2人はルールを受け入れ、殺し合いをするだろうと、誰もが思ったはずだ…。
そして、その2人と並ぶくらいに無口で剣呑な雰囲気の真山も、その例外ではなかっただろう。
それに加えて、髪を金髪に染めて、よく――今は死んでいる――村田怜二(男子21番)や今村信子(女子4番)にからんでいた三角。
――一体、今追ってきているのは誰なんだ?
今、俊の右手には大きな建造物がある。(5−E辺りだろう)遠いし、月も雲に覆われて暗い中だが、その楕円の形状は、見覚えがある気がした。すぐにその建造物は木に隠れ、見えなくなった。
俊は川を越えた。水はかなり冷たい。
俊がさっきまでいたのは島の南西部。そこで襲われ、逃走中に一度川を越え、今も越えた…。
ポケットのコンパスをさっと取り出し、雲から出た山端からの月明かりで自分の進んでいる方角が東であることを確認した。
6−E辺りだと推測した。川よりは北側にいる。
森の中になると、傾斜がつき始めた。さっきまでは山の起伏を横に進んでいた。今は見えないが、左手側には病院があるはずだ…。
俊は、山の中の道に出た。(そこはちょうど、鏡夜と仁志、真由が逸れた道で、俊は逆の方向からその道を進もうとしている)
しかし、俊は少し走ってからすぐにはっとした。
――道を横に外れなければ…! このまま走っていては格好の標的だった。
「俊? 遅いなぁ、その判断はよぉー!」
銃声がした。
瞬間、俊は足に激痛を感じた。草むらにバランスを崩しながら突っ込んだ。
背中で枝が折れる感触がして、体は一気に下降を始めた。足を踏ん張ろうとしても、重力に逆らうことは無理だった。
――落ちる…。
既に足は宙に浮いたままだ。デイパックは肩を外れて右腕腕に引っかかっている。
顔を落下する地面の方へ向け、俊は高さを測ろうとした。暗く、よく見えない。しかし3mはある…。
俊は川原に落ち――かけた。(その川原も、瀬野真由が落ちた川原だった)
いや、実際には俊の体は踏ん張れなかっただろう…。左肩を下に既に体は落ちようとしていた。が、右腕が何かに引っ張られた。デイパックが何かに引っかかっている…。
一瞬、俊はやったと思った。上に襲撃者は居るだろうが、ここから落ちて無事に済むかどうかは分からない…。頭から落ちれば、死ぬかも知れない。落ちなければ生き延びられるかもしれない! と…。
だが、俊の目が捉えたのは…襲撃者だった。そもそも、デイパックの紐は草木に引っかかったわけではなかった。
そいつが持っていたのだ。デイパックを…。
「俊、これは俺にくれよ…。中身、入ってんだろ?」
俊は月明かりを照り返すその金髪を確かに見受けた。耳のピアスも見覚えがあった。予想通りだ。伊角でも、千瀬でもない…。
右手に銃口を押し付けられた。
「俺が貰っとくぜ。お前は生き残れない」
咄嗟に、俺は右手に絡まっているデイパックの紐を解いた。次の瞬間には銃口が火を噴いたのが見えた。
銃弾は二の腕を掠めていった。
体はまた重力に引かれていった。今度は止まる事無く、落ちた。
戸川俊の視界は暗転した。
「避けられたよなぁ…? 今の…」
三角心(男子20番:5班)は今風に伸ばした髪をいじりながら言った。
「くそっ、俊のやつ…。――誰か撃ちてぇのに…」
三角心は腕に残っている支給武器、コルトガバメントの感触に笑みを浮かべた。