BATTLE ROYALE
〜過去から現在(いま)へ〜


34

 冷たい石の上。
 川の水の流れは聞こえないが、足元は川の清流に濡れている感覚がする。ひんやりとしている。
 二の腕も、チリと痛む。これは、三角に撃たれたものだろう…。大した事はない。
 戸川俊は、川原で目を覚ました。ほんの少しの間、気絶していたようだ。
 林の木の上あたりは月明かりに当たっている。まだ月は高く上がっていないようだ。時間もほとんど経っていない。
 体を起こすと、体に鈍痛がじわっと広がる。足、腰、背、腕、頭のどこも、痛みを感じる。が、動けないほどの傷はないようだ。
 ただ、右手につけていた時計は壊れている。
 落ちた時の衝撃で壊れたのに、間違いないだろう。後でこれは困る事になるが、時間が分からない事は、さほど危急ではない…。
 今はむしろ、右腕。
 時計が壊れただけでは済んでおらず、強く打ったらしい。骨がいってしまってる気がした…。
 周囲に人の気配がない事を確認して、俊は立ち上がった。
 頭の痛みが少し増した気がして、よろける。
――とにかく、右手をどうにかしなければ…。
 病院があったはずだ。
 俊はさっきまでの月の位置を思い起こして、北へと歩みを進めた。とにかく、この腕が動くようにしなければならない…。
 三角がとどめを刺そうとして、今も向かっているかもしれない。それに三角でなくとも、今見つかれば抵抗もろくに出来ないのだ…。
 デイパックは三角に奪われた。
 支給武器は入れたままだった。
――あれがあれば…、まだ苦労は少なかったのに…。
 ただ、今の体の状態だと、重いものを運ぶのはきつかったと言うのも事実で、結局使用していなかった事が後悔されるばかりだった。 しかし、あれを使用していれば、やはり落下のダメージも軽減できただろう…。
 病院が見えてきた。
 白い壁が、月光をはね返している。診療所にしては大きいが、病院と呼ぶには小さい、3階建てだ。
 今見ているのは裏側から。
 草むらから辺りを窺いながら、病院の周りを歩いた。窓に明かりは点いていない。人が居るような気配もない。これで無人だと判断するのは安易だけれど…。
 正面に行き着いた時だった。明らかな人の気配があった。ただし、その気配は建物の中ではなく、外から…。
――赤桐凌…。
 しかし、中でも人が動いた…。
 正面玄関から数mほどのここからでも見える。赤桐にも当然バレている…!
 誰なんだ一体。病院の中に居るのは…。
 考えを巡らせる暇もなく、あの、開始以来何度も響いていたマシンガンの音がこだまして、病院のドアのガラスが砕け散った。破片が月明かりを反射する。
 さらにぱらららっという銃声が響いた。赤桐は、病院の中に踏み込むことはせずに、中で動きがあれば、そこに向かって弾をばら撒いているようだ。
「赤桐か!」
 中から声がして、マズルフラッシュが2度光った。赤桐は柱の影に隠れる。その声――和帝二に間違いない…。
 和が病院の待合席の影から身を乗り出して赤桐の居る柱に向かって銃を撃つ。その間、赤桐は顔を僅かに出して、攻撃しようとタイミングを窺うふりをして、マガジンを入れ替えた。
 和が顔を引っ込めた瞬間に、柱の影を飛び出して、赤桐は病院の中へと駆け込んだ。
 素早い動きだった。
 その瞬間、茂みの一部がガサッと動くと、菱倉理沙が飛び出してきて、赤桐のいた影へと走りこんだ。赤桐は一瞬だけ振り返って菱倉を確認したようだが、撃つ事はしなかった。菱倉もまた、赤桐に気付かれても何の行動も起こさない。
――共闘しているのは明白。
 俺は赤桐の姿が見えなくなった瞬間に、菱倉へと走った。
 菱倉はすぐに接近してくる俺に気付いたが、その時には既に銃口を抑えて地面へと向けていた。口を塞いだ。赤桐にバレるのはまずい…。
「菱倉、お前どうして赤桐と…」
 普段の菱倉は、大人しく静かなタイプだ。とても自分から殺し合いに参加するとは思えない…。赤桐には無理矢理ついてこさされているのかもしれない。
 案の定、菱倉は何の抵抗もしてはこなかった。
「ごめんなさい…、赤桐くんが…。同じ班でも、本当は一緒に来たくはなかったのよ…?」
 銃(シグ・ザウエルP230.9mmショート)を取り落として菱倉は言った。声を絞り出しているように、一音一音が途切れている。
「ここから離れよう…。そこの茂みに、隠れてて…。俺は、和を助けに行く」
 菱倉の落とした銃を俺は拾って言った。「大丈夫だから…」
 菱倉が茂みに入るまでを見届け、俺は病院の中に目を向けた。和の姿は見えないが、赤桐はこちらから見て正面だ。
 マガジンの中には弾が7発。スライドに1発入っているから、計8発…。
 赤桐を攻撃する間に、和に逃げてもらうしかない。もしくは、この8発で赤桐を仕留めるか…。
 ぱららっと銃声が病院の中で反響した。
 和――そして、瀬野真由が走ってスロープ状の階段の影に隠れるのが見えた。
 俺は月の位置に注意しながら、赤桐に狙いを定めた。和が、俺がいるのを知らずにだが、赤桐を足止めするために撃っている今しか、チャンスはない…。
――当たるだろうか…。
 手が震えている気がする。
 正直、こんな物は持った事すら初めてだ。もちろん、撃った事なんてないし、この島に来るまでに銃声を聞いた事すら、ない…。(この国に生まれて、よくそう言う風に日常生活を送れたものだと、いまさらながら思う…)
 距離はちょうど、ここから茂みまでのと等しい。要するに、さっき茂みから赤桐と菱倉を見ていたのと同じ距離と言う事だ。
 なのに、気のせいだろうか…? さっきよりも遠い気がする。視界がぼやける様な、揺らぐような感覚がする。この大事な時に…!
 今まで以上に、銃を握る手に強い力を入れて、ゆっくりと引き金に指をかけた。深呼吸をした。
 狙いをつけた事を確認して、俺は静かに目を瞑りながら――引き金を引いた。

【残り21人】

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