BATTLE
ROYALE
〜過去から現在(いま)へ〜
38
後には戻れない。
21時ちょうどを過ぎていった秒針が、もうすぐで一周する…。今さっき走り抜けた橋を振り返った。あの先はもう、禁止エリア。
「和くん、どうして…」
あたしは言った。ここに来るまでに、走りながら何度も言ったことだ…。
本当は、和くんがどんな気持ちかも分かっているけれど、それでも…。
「戸川くん、死んだんだよ? きっと、死んじゃった…」
血…。血の匂い、血の色…。
「それでも、俺たちがいても…助からなかった…」
「分かってるよ…」
あの匂いが、頭から離れない…。
ただ、あの赤が考えを染めていく。
あの時、両親が死んだ時の匂い。赤い水が奔流になって、押し寄せる…。何度も何度も押し寄せて…いつかあたしも流していく…。
「嫌よ…。死にたくない。でも、戸川くんは死んじゃった…。分かってる…。
でも死にたくないのよ…!」
――こんな事を言っても、何にもならない。
「怖い…怖いよ。怖いよ。死ぬのが、怖い!」
――こんな事を言っても、何にも…
「鏡くん…ねぇ、鏡くん! 怖いよ…」
――こんな……、
「あたしは、死ぬ、きっと…。戸川くんが…死んだように! 鏡夜くん!」
――死ぬ事、それは…あなたに会えなくなる事。けど、生きている事、それは…いつか死ぬと言う事…。
それが怖い。あたしは、それが怖い…。
人は何の為に生きるのか…。
どんなに幸せでも、いつか死ぬのなら、一体人間には生きる意味なんてあるのだろうか…。でも、生きる理由が欲しい。そうでないと、怖いから。自分が生きる事に、勇気が持てない。
光が欲しい。けれど、光はあの赤をあたしに見せる。
だから、闇の中で生きたい。でも、闇は深い。堕ちていくと、戻れない気がする…。だから光を、あたしは求める。
――鏡くん…。教えて。
あたしは光の中で生きたい。本当はそう…。
けれど、光は眩しくて、あたしに全てを見せてはくれない。それは、闇と同じ。
闇と同じで、結局あたしには何も見えない。
――鏡くん…。鏡夜くん。来て。救ってよ、あたしを…。
「分からないの…、あたしは…分からないの…!」
「真由! 落ち着いて! 真由…!」
和は必死に叫んでいた。けれど、真由には届いていない…。
既に、和がそこに居ないかのように、真由は叫び続けている。
どうにか落ち着けようと、真由の体に触れるだけで、その手は激しく振り払われる…。
見たことがなかった。和ですら、ここまで取り乱した真由は、見た事がなかった…。どうすれば良いのかも、分からなかった…。
ただ泣いている真由を、どうする事も出来ない。
ふがいなかった。何も出来ない自分が、どうしようもなく…つらかった。
どうにかしたい。いや、この場から逃げ去りたいのかもしれない。
どこか、世界が現実でないように感じた。ただ、真由の叫ぶ声だけ聞こえる…。
恐怖、困惑、艱苦。痛み。崩壊と狂乱。
その全てが、一つに染まった。
――名村鏡夜によって、全てが…。
「真由」
ただ、彼は名前を呼んだだけ。けれど、ふと、風の音と潮騒の他に何も聞こえなかった。
ゆっくりと、包み込むように、後ろからその小さな体を抱いた。
瀬野真由に見える世界が、大きく歪んでいた…。ぼやけて、よく見えなかった…。
背中に、鏡夜の胸の動きが伝わっていた。
いつになく、息が上がっているみたいだった。
「鏡夜くん……」
互いの存在を確認しあうように、名前を呼んだ。
鏡夜と共に駆けつけた2人の間を、鏡夜は真由をかかえて歩いていった。真由の泣き声だけが、その場に残った3人の耳に残っていた。
その短い時。
それは思い起こすと、どこか寂しく仁志には感じられた。
真由が帰ってきた事、5人が集まった事は嬉しい。けれど、自分には鏡夜と真由に距離があると、はっきりと思い知ったのだ…。
名村鏡夜の存在が、出会った頃に感じていたものと、少し変わっていているようだった。
あの頃には、少し冷たいながらも、自分に並ぶ運動能力と、自分など足元にも及ばない博学な知識を兼ね備えた鏡夜を、ただ尊敬していた。
その冷たかった心すら今は溶け、欠点などないように思えているのに…。昔のようにただ理想像として
見てはいない自分がいる。
この気持ちが何であるのか、仁志には未だ説明がつけられなかった。