BATTLE
ROYALE
〜過去から現在(いま)へ〜
5
「美耶子、まだ世界は変わっていない…」
遺影に向かってかつて“瞬身”と呼ばれた真辺瞬真は、先程までやっていたニュースを思い浮かべながら話し掛けていた。
「未だ、韓半民国では争いが絶えていない。今日もテロが3件報道されていた。ネットでは1日に500人以上死者が出ていると言われている。米帝も…この大東亜共和国も…変わらないまま…。私達のような下級国民がいくら集まっても意味は無いのでは? と私はまた思ってしまった…」
そこで瞬真はちょっと言う事に迷ったかのように口をつぐんだがすぐに話し始めた。
「紅月の活動の方は順調だよ。まあ、君がこのやり方に納得するかどうかは分からないがね――、」
瞬真は大東亜国内各地で軍基地、武器庫を襲撃しているテログループ“紅月”を口にした。
「――しかし私は後悔はしていない。こういう方法でしか、この国は変わらないだろうし、私にはこれしか思いつかないからね」
大分、日は暮れていた。
「冬だから…早いな。もう5時になるのか…?」
そう呟きながら腕時計を見ようとしていた瞬真だったが、玄関から聞こえてきたチャイムに動作を止めた。
――黎が帰ってくる時間だ……が、黎はチャイムを鳴らさないはずだ…。
一体誰だ? と思いながら瞬真は覗き穴からドアの外を伺う。
覗き穴から見えたのは…、軍服だった。
はっとして俺はすぐに扉から離れた。
「軍服…それにピンクのバッジ…。ばれたと言うのか…くそっ――」
そう口走り、逃げようとドアに背を向けた俺だったが、“パパパパッ”という音に、無駄を悟った。
――ドアが開いた。
あーあ、また管理人さんに怒られる…。
「ああ、居らっしゃったのですね。良かった。親御さんの了承が一応必要なんで…」
首の階級章からして一等准尉らしき兵士が声を掛けた。
「いや、いらっしゃったのなら開けてくだされば…我々だってこんな乱暴な事はしなかったのに」
笑いながらその兵士は言った。
その兵士は耳にピアスを付けている。
――堕落したな…昔はこんな奴が居るわけがなかったのに…。
「で、何の用かな…?」
一刻も早く逃げなければいけない。
黎が帰ってくれば一緒に捕まってしまうかもしれない。
それに、俺だって大東亜のスペシャリストに拷問を掛けられれば紅月の内部情報について吐いてしまうかもしれない。
メンバーの中には肉親を守るためにと入った人も多い。
――そんな人達の希望を奪うことになってしまう。
「あ、そのですね…実はこの度、お宅のお子さん、真辺黎くんでしたっけ? 黎君が通っているクラス、立代中学校2−A組が第六十八番プログラム参加学級に選ばれました」
「プログラム…?」
知らないわけではない。
大東亜国民で“プログラム”と呼ばれる殺人ゲームを知らない人間が居るわけが無い。
――俺は、ただ信じられなかっただけだ。
「ええ、プログラムです。まあただの確認ですよ、どうせ強制参加ですから。そうでしょう? 国民の義務ですから」
そいつは平気で言ってのけた。
「ふ、ふざけるな!」
気付くと言葉が口から飛び出していた。
胸倉を持ち上げる。
「良い度胸ですね…。いくら“瞬身”と呼ばれ、共和国のために尽くしたあなたでも、反逆罪にはなるんですよ? 真辺瞬真専守防衛陸軍中国第一大隊隊長及び中国本部担当准将――」
そう言うとそいつは俺の腕を掴んで“一本背負い”を俺にくらわせ、玄関から3mほど奥に吹き飛ばした。
「くっ……古い名前だな。そんな昔の事は…何一つ覚えてはいないよ……」
「そうですか…。じゃあ、戦場の匂いを嗅げば分かりますか?」
パンッ
かろうじて弾は俺を外れた。
「さぁ…思い出してくださいよ。そして私を敵だと思えば良い」
「挑発は無駄だ――、」
部屋の壁の陰に俺は隠れる。
ここなら相手から見えないし、弾も届かない。
「――お前に刃を向ければ、反逆行為になるんだろ? 元軍人の俺にそんな小細工が通用すると思うな」
言いながら壁の仕掛けを開いてベレッタを取り出す。
次いで上着の内ポケットの中に護身用として入れて持ち歩いている掌大のデリンジャーを確認。
「早く立ち去れ」
「そういう訳にも行きませんよ。あなたには取調べを受けて貰わなければならない」
取調べ…?
「あぁ、これは勧告です。もちろんあなたに拒否権はありませんけどね。拒否、という選択をするのであれば今、ここであなたを殺しここの住民を皆殺しにします。どうです? どちらを取っても楽しいじゃないですか」
――こいつ…、おかしい。
「そうですね…良い機会だ……こっちへ来なさい、橘曹長」
――もう一人居るのか?
久しぶりに瞬真の掌から汗が出てくる。
「なんですか? 汐留一等准尉殿」
俺は防犯カメラ越しにそいつらを見る。
「…おい……何歳だ? あいつは……。」
瞬真の目の先には、まだ黎と同じ14、5歳の少年が映っていた。
「真辺瞬真を拘束しなさい。あなたをここに同行させたのは実戦を相当の相手と行って貰って早く慣れさせるためだったんですよ。さあ、殺りなさい…」
「――嫌です」
時間が一瞬、止まった様に瞬真は感じた。
拒否した? あの少年が? 上官に向かって?
「もう一回言いましょう。真辺瞬真を拘束しなさい」
「何度言われても答えは変わらない。ノーだ」
カメラ越しに見ている俺ですら、汐留と呼ばれた上官がかなり訝っていることが見受けられた。
「もう一度だけ…言ってやろう。真辺瞬真を――」
パンッ
汐留が言い終わる前にアパートに2度目の銃声が響いた。
汐留は倒れていた。
「何度言っても変わらない……」
少年は亡骸に向かってそう言いこちらに話しかけた。
「――さて、真辺さん、出てきてもらえますか?」
橘は人差し指をカメラに向けながら話す。
「その前に、なぜ君がこんな事をするのか知りたい」
「…言わないと出てきてくれないようですから、話しましょう。僕は貴方を知っている。僕は元々、中国第一大隊所属。そしてその精鋭部隊育成所の特別訓練要員として貴方に教えを請った」
精鋭部隊育成所…。
生まれたときから…いや、生まれる前から戦闘要員になる事が決定されている少年少女を作り出す組織。
特別訓練要員はその中で特に出来の良かった子供が入る。
「貴方は覚えていますか? 僕は橘 良希。橘來央の息子ですよ」
その少年は第一大隊副総督來央大佐の名前を口にした。
しかし、息子が居たのか…あんな所(育成所)に。
「良希くん、だったかな…? それで、君は私をどうしたいんだい?」
「貴方は言わば“師”のような存在なんです。だから僕には貴方を殺す気なんてありません。第一、僕はこの大東亜共和国が気に入らないし――」
――こんな子供が、自分の意思を持っている…。腐った人間はいくらでも居るのに…。
「――これで分かりましたか? 真辺さん。そろそろ出てきてくれないと…。それと装備を整えてください」
そう言われて俺はAK−47をクローゼットから取り出す。
着込んでいる防弾チョッキを確認し7,62×39ライフル弾と9ミリパラベラム弾をセット。紅月関連のデータもシュレッダーにかけた。
「急いでください」
橘は部屋を出た瞬間にそう言った。
「ここには既に貴方を拘束するための部隊が向かっています。僕達は偵察も兼ねていたんですよ」
「なぜ…俺がここにいる事が分かった?」
そう、俺は死んだ事になっている。
“真辺准将反乱軍鎮圧、しかし…戦死”
という新聞のキャッチコピーも俺は見た、なのに…。
「貴方は…少し目立ちすぎました。紅月の手際のよさは尋常じゃない。まあ、確証を得たのは紅月上層部の人間が捕まったからなんですが…」
「捕まった……そうか……。いつかはこういう日が来るだろうと思っていたが…」
「行きましょう、米帝へ。貴方はまだやらなければならない事がある」
橘は俺の手に紙を握らせた。
「全ての手筈が書いてあります、行って下さい」
――”行って下さい”…? まさか…俺だけ?
「君は…? 行って下さいって…君は? 良希くん」
「言ったでしょう、既に部隊が向かっていると…。僕はここに残ります。そうすれば少しでも時間を稼げる。貴方と一緒に行きたいのも山々ですが、貴方を逃がすのが最優先です」
――俺は…君を犠牲にしてまで生きなければいけないのか…?
そんな価値が俺なんかにあると言うのか?
「俺は…駄目な大人だな……」
「違いますよ、貴方が世界を変えるのですから。今の世界が貴方を拒んだとしても、後世はきっと受け入れる筈です」
「――こっちか…!?」
階下から声が聞こえてくる。
「さあ、行って下さい。屋上から隣の建物へ移れます」
俺はその言葉を深くかみ締めて走った。
途中、下の階から「“Creation”を覚えておいてください…!」と良希の声がしたが俺は足を止める事をせず、ただ階段を駆け上がった。