BATTLE
ROYALE
〜過去から現在(いま)へ〜
序盤戦
8
真山は静かに立って、静かにデイパックを受け取って、静かに時間を待って、そして静かに体育館を出て行った。
出て行くのを加勢先生は確認してから、あたしの名前を呼ぶ。
「女子19番柳瀬万奈、立て。」
出口までの距離はあんまり無かったけど、隣に居る幼馴染、綿由奈々(女子20番)にハンドサインを送る事は出来た。
それは、授業中に席が離れても話せるようにと2人だけで作ったサインだった。あまり頭の良くない奈々も、そういう事に関しては、すんなりと覚え、今では手紙よりも多くなっている気もする。
そのサインであたしは“待ってる”と送った。あたしの第三の目は確かに、頷く奈々を捕らえた。(最初に第三の目を言った時には、「え? どこ?」と言われた。三つ目なんて化け物しかいないわよ…心の目の事よ、バカ)
すぐに2分は経ち、あたしもデイパックを受けとって、体育館を出た。
奈々とは幼稚園からの親友、家も幼少の身で2分とかからない近さだった。
小学校の間も4年の時以外は同じ組。休憩時間は大体二人きりだったし、放課後も奈々の家。
でも、あたし達の性格は大分違っていた。
奈々はお人好しの楽観主義。天然のバカで真剣に北里柴三郎と野口英世を間違える。(「破傷風の研究で有名な日本人は?」、「野口英世!」)天然の性格が起こした事件は色々あるけど、今から全部言っていたら夏になってしまうんじゃないかな?
あたし、柳瀬万奈はというと、自分で言うのもなんだけど、奈々みたいな天然じゃない。身長は140cmと149cmで、二人とも見下ろされる間柄だし、髪も少ししか長さは変わらない。けど、あたしはお人好しじゃない。神崎美佳(女子8番)には“気丈”って言われたし、多分その通りだと思う。
そうやって考えながら、歩いていると校舎(?)の中の明るさとは違う、闇が見えてきた。
――外、暗いのね…。
一歩外に出ると足の裏の感覚が、今までのひんやりとした硬い感覚とは違う、柔らかな暖かい感触に変わった。あたしはあまり目が良くないが、中からの光に照らされて、小さな草が一面に広がっているのは見えた。
上を見上げると、星々がキラキラと輝いている。
――あぁ、あの星に行ったら、こんな事は無いのに…。
そう、あたしはベテルギウスを見ながら思った。
――でもベテルギウスはガス惑星だった気もする…太陽みたいな物だから、まず、生きていられないんだろうなぁ…。
だけど、多分今よりはマシだろうな…とも思った。
その時に、ふとこの後の出発者の顔が頭に浮かんだ。自分達の向かい側の端に一人、座っていた人物。
――三角心(男子20番)。
彼は…正直に言って、よく分からない人だ。
頭は肩まである長い金髪で、耳にはリングのピアス。
サッカー部屈指の運動神経の持ち主らしく、瞬発力が高い。
持久走などは、まずまずの成績だけど、どんなスポーツも一度やったら、すぐに強くなるらしい。女の子にはモテる方だけど、たまに笑う顔は少し不気味であたしは嫌いだ。
とにかく、あたしは近くの茂みに隠れる事にした。そうよ、せめて奈々に会うまでは、死ねない。会ってから、自殺するなり、仲間を作るなりすれば良い。奈々と会えずに死ぬなんてごめんよ。
すぐに、三角は校舎から出てきて、用心深く周りを見渡すとその持ち前の足で走り去った。
消えていった森の足音が消えた後、あたしは一息ついた。
「ひと安心、って所かな…。」
それから数分の間、あたしは出口から目を離さなかった。瞬きも出来るだけ少なくして、その間に奈々が走って出て行かないように…。そして奈々が気付きやすいように少しだけ、茂みから身を乗り出して…。
(万が一、奈々より先に誰かが出て来た時の事を考えて、少ししか体を出さなかった)
そして…、校舎から奈々が飛び出してきた。
「奈々!」
茂みから飛び出した。少し膝を枝ですったようだったけど、全く気にならなかった。
「万奈ちゃん…!」
あたしは奈々に抱きついた。強く、強く抱きしめた――そして、泣いた。
なぜかは分からない。これからの自分達の運命に泣いたのか、クラスの大半がここで殺しあう事に泣いたのか…。多分、奈々と離れたくない、そう思ったからだろう。(あたしだって情深いのね、って思った)
それは奈々も同じなのか、お互いに抱き合ったまま数分間泣いた。
「…奈々、行こう。」
やっと泣き止んで、あたし達は茂みに入ろうとした。
――その時、
「や、柳瀬…? 綿由…?」
誰かの声が後ろからした。
「誰…?」
あたしは恐る恐る(それでも恐怖が言葉に出ないように)聞いた。心臓の音が自分の頭の中に木霊す。隣の奈々にも聞こえているのだろうか?
「お、おれだよ、村田…。」
それは村田怜二(男子21番)だった。
いつも雅実や織田にいびられている陰湿な少年、それがあたしから見た村田のイメージ。
――はぁ…驚かさないでよね。
「何? 何の用なの?」
「い、いや…あの、だから…」
「――用が無いなら行くよ。じゃあね」
あたしの冷たい態度に隣の奈々が少し気まずそうにする。
だけど、ここで村田に構ってたらここでアウトよ。あたしは森に向きを変える。
「ま、待って。お、お願い…します。ぼ、僕…」
(“おれ”から“僕”ね…)
はぁ…まあ、つまり一緒に行動しよう、って言いたいんでしょ…。
「――ごめんなさい、あなたと一緒に行く気は無いの、あたし達」
そう言って一度振り返ると、村田は絶望したような顔をしていた。少しの間あたしは村田を見ていたが、気付いた事があった。
――村田は何か呟いている。
「…みんな……ぼく…嫌い………」
あたしは、村田の様子が少し変な事にも気付いた。体が小刻みに揺れているのだ。
「村田くん…?」
奈々が話しかけた。
「…う、煩い!」
奈々の言葉を撥ね退けて、村田は叫んだ。
――そして…、あたし達に先程から持っていたらしい物を向けてきた。
それは、カステラのような形をしていて、村田が握っている所と、あたし達の方に向いている先端から、不恰好に突起物がある物だった。
「何よ、これ…。何しようって言うの? 村田」
あたしは語勢を強くして言った。
だけど、それは逆に村田を怒らせたようで、そのカステラ状の物を、明らかにあたしに向けていた。
「ぉ、お前が…悪いんだぞ。こ、これは…ぃ、イングラムM10って言う…マシンガンなんだ…。だから――」
あたし達があんたを受け入れなかった、だから――、あたしをそれで撃つの?
――それ、逆恨みでしょ…?
あたしは何時に無く、焦っていた。
――じゃあ、あたしをそれで撃った後に、奈々も撃つって言うの…?
「ふ、ふざけないでよ! なんで、あたし達が悪いわけ? 知らないわよ、あんたはあんたで――」
言葉は途中で途切れた。
その理由は、まだ息継ぎもしていないのに、突然聞こえた“パラララララ”という音だった。
だけど、あたしの意識が目の前で起こった“それ”に気付いた瞬間、そんな音は世界の裏側まで吹き飛んだ。
「万奈…ちゃ、ん…」
「な…な…?」
目の前に居た、ケモノが持っているカステラから出た鉛玉。
それは確かにあたしを狙っていた。なのに、奈々は、あたしの目の前にわざわざ飛び出てきた。
「奈々…あんた、何、してるの…?」
「万奈、ちゃん…だい…じょうぶ…?」
奈々が振り向いた。口から、暗闇でもはっきりと分かる黒い物。それは横に大きく広げた手にも散っていた。
「ぁ、あたしなんて…どうでも良いの!」
倒れた奈々をあたしは受け止めて、抱き締めた。
――ばか…やっぱり、あんたはバカよ、奈々…
「ご…ごめんね…万奈…」
強く、本当に強く抱き締めたけれど、力が奈々から抜けていくのが分かった。
「逝かないで…奈々、あたし…嫌よ…」
だけど、奈々はそのままあたしの腕の中で動かなくなった。苦しかったはずなのに、その顔は笑顔で、あたしは目の前が歪んだ。
――奈々…ねぇ、嫌…嫌よ、あたし…。
涙は奈々の頬の上に落ちて、流れた。
その涙を追って見ると、幾度と無く見たその笑顔は、本当にキレイだった事に気付いた。ショートな髪がその、まだ幼い顔を修飾している。
――なんで…奈々、あんたが…?
「…村田! あんた…あたしは許さないよ!」
そうあたしが叫んだ後に、にあたしはまたあの“パラララララ”という音を聞いた。そして、頭に“ガンッ”という衝撃を受けた。それはさっきのカステラから吐き出された物だったのだが、既に知覚神経は破壊されて、それを万奈は認識できなかった。
――ねぇ…奈々、これで一緒よね?