BRR(BATTLE ROYALE REQUIEM)
第2部
〜 真実の神戸 〜


 

17 「疑心」

 G10エリア、岬の突端近く。
 彼は灯台を見上げていた。
――さっきの銃声はSMGか、だとしたら、誰か死んだかもしれない。
 真相は分からない。だが、答えはすぐに出る。
 時計に目をやる。
 秒針が10から11、そして、12を回った。
――始まる。
「お前ら、起きてるかぁ! 朝だぞ! 銃声とかで気づいているとは思うが、殺る気になっているヤツは沢山いるぞ。中でも、誰とは言わんが仲間を集めておいて、まとめて殺そうとしたのはナイスだったぞ。それじゃあ、死亡者の発表からだ。死んだのは1人、男子17番部坂昇だけだ。部坂、戦いを避けて隠れているだけのヤツや、仲間に護られているだけのバカに比べたら、よっぽど良く戦った。だが、相手が悪かったなって、死んだヤツに話しかけても仕方ないな、ハハハ……。次に、禁止エリアだ。2回は言わないから、よく聞け。午前7時からH7、午前9時からB8、午前11時からH4、以上だ。それじゃぁ、頑張れよ!」
 この状況になじまないハイテンションな放送が終わる。
――部坂が死んだ……。
 部坂昇、バンド部員で、ブラスバンド部の田尾繁(男子9番)や澄井愛美(女子8番)と仲が良かった。
――だから、どうした……。
 実感が湧かない?
 死体を見ていないから?
 こんな時、感じるべきものは?
 怒り? 悲しみ? 憤り?
――何を感じればいい?
 海風に髪を撫でられる。
 彼は嗤(わら)う。いつものように。
 左手が震えている。
 言葉にできない衝動。
 彼、半田彰(男子15番)は、それを『負の感情』と呼んでいる。
「そろそろ、行かないと」
 衝動を振り払うように呟く。
――目的地などない。
 だが、留まっていても答は出ない。
――生きる意味は?
「心は夜明け前か」
 呟いた。と、
「やめて!」
 背後からの声。
「何言っているの! あの血は、どう見ても返り血よ!!」
 何かが背中を薙いで行くのを感じた。
――ふっ、血のりを落としてなかったのは、さすがにマズかったよね。でも!
「そう簡単には、やられたりしないよ」
 彰の目が、すっと細くなった。

   §

「部坂……」
 B8エリア内、公民館の第1会議室。
 澄井愛美(女子8番)の視線の先、田尾繁(男子9番)が呟いた。
 音楽系の部活動をしていた3人は、とても仲が良かった。
 休み時間は音楽の話題で盛り上がっていた。
『プログラム』の中でも、いつも通りに行動を共にすることにしていた。
 嫌な予感はあった。昇の到着だけが、やけに遅かったのだ。
 でも、クラスメイトの誰かに殺されるなんて。
――一体、誰が!?
 クラスメイトを疑うことは、森嶋たちの主催者の思うツボだろう。
――分かっているよ、そんなこと。
 だとしても、考えずにはいられなかった。
 最初に思い浮かんだのは、やはり半田彰(男子15番)だ。
 性格的に見れば、犯人の第1候補と言っていい。
 しかし、運動能力的となるとどうだろうか。
 持久力と球技に関しては平均以上の能力があるものの、他の種目ではまったくいいところがない。
 体育が雨だった日のことだ。クラスで腕相撲大会が開かれた。その時には、陸上部の短距離選手の安達隆一(男子1番)への1勝しかできなかったはずだ。確か、希望参加していた女子、桃井なな(女子19番)は別格としても、山北加奈(女子21番)あたりにも負けてしまっていた。
 正直、クラス全員が『プログラム』に乗り、かつ、冷静でいられるとしたら彰に対して優勝候補のレッテルを貼る者などいないだろう。
 もっとも、誰もが『プログラム』に乗り、かつ、冷静であることなどあり得ないことなのだが。
 そんな彰と戦ってやられたとしても、相手が悪かったとまで言えるだろうか。
 むしろ、相手が悪いと言うなら、野村将(男子14番)や千野直正(男子11番)のような猛者の方が納得がいく。
 腕相撲大会の決勝も、大方の予想通りこの2人の対決となり、これまた大方の予想通りに直正の勝利に終わっている。
――でも、野村君や千野君は『プログラム』には乗らない気がする。
 出発前の様子からして、2人とも仲間と合流しているに違いない。
――う〜ん……。
 考え込んでしまう。
――そもそも、私はみんなの何を知っているの?
 例えば、趣味。
 千野君や桃井さんが武道を習っていることは知っている。
 北沢君がサッカーをしていることも知っている。
 なぜか? それは、3人がそれを公言しているし、大会で優勝して表彰されたりしているからだ。
 クラス内に一子相伝の武術を密かに継承している者がいたとしても知る由もないわけだ。
 支給武器の拳銃の特性を知り尽くしているガンマニアや、科学者である父から薬品の調合を教え込まれている者などにも同じことが言える。
 自分の知らない特殊スキルを備えている可能性はいくらでもあるのだ。
 願わくば、その能力を『プログラム』の破壊に使って欲しい。
 そう願っているのは自分だけではないはずだ。
「これから、どうする?」
 放送終了から続いていた沈黙を繁が破る。
「どうするって? しばらく、ここに隠れているんじゃなかったの」
 ここに辿り着いた時に、そう決めたはずだ。
「あぁ、外に出ない方が安全に決まっている。だから、本当は隠れていたいところだ。でも、ここは9時には禁止エリアになる」
――あっ!
 禁止エリアという言葉を聞いた瞬間、背中に電気が走った。
 昇の名前を聞いて、気が動転していたせいで、禁止エリアのことを失念していたのだ。
 繁が聞いていたからよかったものの、1人だったなら致命傷になっていたに違いない。
 それを言うことも、弱みを見せるようで嫌だった。
 だから、
「田尾君に任せるよ」
 そう答えた。
「じゃぁ、西へ行こう。夜に銃声が聞こえたのは、南と南東から、そっちに行くのは危険だよ。B7のバス会社の社員寮に行って、安全そうなら隠れよう」
 地図を指差しながら説明する繁。
「うん、わかったわ」
 繁が、支給武器である拳銃――スマイソンを手に先導する繁。
 後に付いて行く。
 実は、支給武器である手榴弾も繁に渡してあった。
 持っているのが、怖かったのだ。
――持っていると、それを使って人を殺してしまいそうで――

 道中でも、クラスメイトを疑う気持ちが愛美の心から消えることはなかった。

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