BRR(BATTLE ROYALE REQUIEM)
第2部
〜 真実の神戸 〜


 

19 「剣舞」

「命乞いするなら裸でしてよ」
 半田彰(男子15番)の言葉。
 意味を理解できずに立ち尽くす津久井藍(女子12番)。
 そこから数メートル離れた茂みの中、桃井なな(女子19番)は動きを取れずにいた。
――半田君、一体、何を考えているの?
 普通に考えれば、彰は『プログラム』に乗っている、それだけのことだ。
 しかし、どうしても腑に落ちない。
 小さな違和感があった。彰が自ら防弾チョッキを着ていると明かしたことだ。
 例えば、私が藍のことは諦めて彰を倒そうとするかもしれない。そもそも、私は藍を盾にするつもりで一緒にいたのかもしれない――もちろん、そんな気はないけど。
 様々な可能性を考えた時、防弾チョッキを着ていると知られることは、大きな失策だ。この場合、重傷を負いながらも反撃しているということにした方がいい。
――私の知っている半田君は、そんな甘い男ではない。
 では、藍を見捨てることはないと高をくくっているのだろうか。
 いや、むしろ、見捨てることはないと、藍のことに関してだけは非情になれないことを見透かされているのだろう。
 悔しいが、その通りである以上、反論の余地はない。
 だが、この考えさえも推測に過ぎない。
 武術を通じて鍛えてきた洞察力が、全く通じない。
 彼という存在は、ななにとって興味深いものであった――もっとも、それは同時に『プログラム』の中で最も出会いたくない男だということと同意なのだが。
 鎖鎌を持つ手が小刻みに震えている。
 こんな感覚は、本気の師範と手合わせして以来だ。
 だが、手をこまねいているわけにもいかない。
「どうしたの。早くしてよ」
 しらないことだらけだが、それをおしてでも藍を助けなければならない。
 藍はどう思っているのだろうか? 彰の言葉は本気ではないと、そして、突きつけられている銃の引き金も引かれないと信じているのだろうか。
「なんなら、脱がせてあげようか」
 いつもの声、いつもの無表情で、とんでもないことをさらりと言ってのける。
 鎖鎌を持つ手に力を込める。
 藍の体へと手が延びていく。
「!!」
 一瞬の隙だった。
 常にクールな――悪く言えば、不気味なほど無感情の――彰にしては珍しいミステイクだった。
 銃をスボンのポケットに差し込んで、両手を延ばしたのだ。
 見逃す手はない。
 鎖鎌は空気を切り裂き、彰の体を目指す。
 彼が、それに気づいた素振りはない――ハズだった。
――もらった!
 その瞬間、彰が振り返ることもなく体をひねった。
――カッ!
 金属音がひびく。鎖鎌の先端が、彰のポケットの拳銃――ルガー ブラックホークを捕らえたのだ。
 ルガー ブラックホークが宙を舞う。
 地を蹴るなな。
「やるね。さすがは、桃井さん」
 不適に笑う彰、体勢を立て直し、彼もまた地を蹴る。


「悪いね。残念だけど、こんなことじゃあ、生き残れないよ」
 決着がついた。
 ななの額に突きつけられた銃。
 頬をつたう汗。
「ふっ、はははぁ……!!」
 勝ち誇ったように笑う。全ては計算どおりだったに違いない、恐らく鎖鎌の先端が銃を捕らえたことさえも。
「つまらない、つまらないよ。桃井なな――校内最強の女が人質を取られたくらいで、こんなに弱くなるなんて。『プログラム』は最高にワクワクする『ゲーム』のはずなのに、これじゃあ、ただの曲芸だ。僕以外は全員ピエロさ」
 ななが顔をこわばらせる。
「どうして?」
 信じられない、それが正直なところだ。
「まぁ、次に会う時は」
――生まれ変わって次に会う時は、
 もう終わりだと覚悟した。
 向こうでは、藍が呆然とした表情で彰を見つめている。
「まぁ、次に会う時には、人質を取るなんて、つまらないことはしないから、楽しませてよね」
 彰は銃をクルッと1回転させた。
「えっ!?」
 戸惑うななに、強引に銃を持たせる。
「じゃぁね。次に会うまでに死なないでよ。わざわざ生かしてあげた意味がなくなるから。それから、皆田に野村、高川たちなんかは、こっちの獲物だから、横取りしないでね」
 言い終わると、こちらに背を向けて歩き出す。
「待ちなさいよ。人に散々言ってくれたのくせに、銃も持っている相手に背を向けるの」
「あぁ、だったら、引き金を引いてみれば、弾なんて入っていないけどね」
――ウソ!?
 今まで、弾の入っていない銃で手玉に取られていたというのか、信じられない。
 だが、マガジンを取り出したななは言葉を失った。本当に弾は入っていなかったのだ。藍が装填したはずの弾が、いつの間にか全て抜き取られていた。
「あっ、それから、さっきの銃声を聞きつけて殺る気になっているヤツが来るかもしれないから、動いた方がいいよ。大抵のヤツなら桃井さんの敵じゃあないだろうけど、野村なんかが来たらマズイでしょう」
 言いながら遠ざかっていく。
 ななは不思議そうに後ろ姿を見つめていた。
――どうして? どうして、私たちを殺すって言ったり、助けるようなことを言ったりするの? 何を考えているの? 分からないよ?
 終始、ある種の狂気を放っていた彰だったが、最後の言葉は明らかにアドバイスだった。
 そこまでして、もう一度私と戦いたいの。
 でも、実力差は明らかだったのに――武術場では負ける気はしないけれど、『プログラム』のフィールドでは、私は半田君の敵ではなかったのに。
 それでも、もう一度戦いたいの?
――分からないよ、何も……。
「私たちも、行こうよ」
 藍の声で我に返る。
「そうね」
 2人並んで歩き出す。

 その後も、いくら考えても彰の行動の真意は分からなかった。

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