BRR(BATTLE ROYALE REQUIEM)
第2部
〜 真実の神戸 〜
20 「ブラックジョーク」
E4の茂みの中、香川圭(男子4番)は、言葉を失くしていた。
部坂昇(男子17番)の死、フォークギターを抱えていた笑顔が思い出される。
『プログラム』の中で1人だけというのは、他に比べて少ない方なのかもしれない。
だが、そんなことはどうでもよかった。命は何にだって1つしかないのだ。
安達隆一(男子1番)と真中真美子(女子18番)も無言でいる。陸上部トリオと呼ばれている自分たちが合流できていることさえも、すごく奇跡的なことなのかもしれない。
昇の死によって「一言で言えば、現実を思い知らさせた」というところだ――先週、国語の授業で習った言葉を思い出した。
国語といえば、国語教師の坂持金発はどうしているだろう。
正直、好きになれない教師だったが、さすがに教え子のために涙の1つでも流してくれているだろうか。
そんなことを考えていると家族の顔が浮かんできた。
よく子どもが『プログラム』に選ばれたことに逆上して、兵士に食ってかかり、射殺される人がいると聞く。
うちの家族は大丈夫だろうか。
平凡な、そして気弱なサラリーマンの父、あまり好きではなかった。
しかし、今回ばかりは、持ち前の気弱さで、兵士に刃向かわないことを祈るばかりだ。
ふと、顔を上がる。真美子の顔がこっくりこっくりと揺れていた。どうやら、うとうとしているようだ。
「真中さん、疲れてるみたいだね」
「あぁ、この状況じゃぁ、仕方ない」
久々の会話だった。
「ちょっと、外の様子を見てくる」
「大丈夫かな、危険じゃない?」
見つからないように深い茂みの中にいるために、外の様子が全く分からない。
「危険がないとはいえない。けど、このままだと、敵が近づいて来ているかも分からない」
「分かったよ。気をつけてね」
隆一は、音をたてないように、茂みの中を慎重に進んで行く。
後ろ姿を見ながら、
――昨日まで机を並べていたクラスメイトが『敵』なのか。
そんなことを思う。
信じたくはないが、何人かのクラスメイトが『プログラム』に乗ったことは確かなのだ。
隆一も真美子も、銃声を聞くたびに悲しそうな顔をしていた。
――こんな時こそ、笑いが必要かもね。
3人の中では、お笑い担当の圭、いつも、雰囲気を和ませてきた。
『プログラム』の中だからこそ、それが必要だと思った。
ある種の使命感に近い気持ちが浮かんだ。
――さて、どういうネタにしようかな。
準備は整った。もちろん、小道具もなければ、新しいシチュエーションも用意できないので、主には心の準備だったが。
真美子の支給武器である拳銃――デトニクスを手に取る。
悪趣味なネタだが、笑顔が見られるなら、それでよかった。
うとうとしていた真美子に銃口を向けて叫ぶ。
「バーン!!」
少し間をとってから、
――なんてね。
それで済むはずだった。
しかし、
「キャーッ!!」
真美子は叫び、掴みかかってきた。
「ちょっと、真中さん」
声は届かない。強く手を押さえられる――引き金を引かせないように必死なのだろう。
「イヤッーー!!!」
「いや、だから……だから……その」
真美子を元に戻す方法が見つからない。
いつもならともかく、この状況では、ネタを受け入れる余裕はなかったようだ。
「ちょっと、落ち着いてよ」
「イヤ! 私は死にたくない」
もはや、パニックだ。
――どうしよう……そうだ!
思い切って手を離してしまうのは、どうだろう。
身の危険を感じていることがパニックの原因なら、危険が去れば――銃を奪い返せば、正気に戻るかもしれない。
所有権を放棄しようと手の力を緩めた。しかし、指が引き金にかかってしまう。
――しまった。
『パーン』
思ったのと同時に銃弾が発射された。
真美子も圭も、発射の衝撃で後ろに尻餅をついた。
「えっ!?」
目を開けると、真美子が目をパチクリさせていた――やっと、正気に戻ったらしい。
銃を持っている右手を不思議そうに見つめ、左手で頬に触る。
手にベッタリと血が付着した。
「私、どうしたの?」
まったく理解できない様子だ。
「ごめん」
凍り付いている真美子に、声が届くかは分からない。だが、それしか言えなかった。
「どうしたんだ!?」
隆一が駆けつけてきた。
「真中さん、その傷!?」
銃声、ケガをしている当人が握っている拳銃、訳が分からないのも仕方がない。
「ごめん。僕がいけないんだ。驚かせるだけのつもりだったのに、そしたら、真中さんがパニクッちゃって、それで、それで、もみ合いになって、そしたら、弾が出て、それで」
どう説明していいのか分からない。
――どうして、どうして、こうなっちゃったのかな。
自問自答するが、答えはでない。
真美子は相変わらず、凍りつたままで、まったく動かない。
「とにかく、手当てをしよう。圭、タオルか何かないか?」
この一言のお蔭で、何とか正気に戻ることができた。
2人で真美子の手当てをした――と言っても、傷口を消毒した後で、包帯代わりのタオルを巻く程度のことしか出来ないのだが。
その間中、真美子は一言も発することはなかった。
気がつくと手の中にあった拳銃、それに、女の子にとって一番大切な顔に一生消えないであろう傷がついてしまったショックもあるのだろう。
――僕は、そうすればいいの?。
ただ、こんな状況だからこそ、2人には笑っていて欲しかった。
それだけなのに。
もう一度、真美子の顔を見た。巻かれたタオルが痛々しい。
と、その向こうに何かが見えた。数メートルくらい向こう、目と鼻の先だ。
――何だろう?
目を凝らす。黒くて角ばった箱のようなもの、それは――正体が分かった瞬間には体が動いていた。
『パパパパパ……』
真美子を突き飛ばす。右腕と右肩と右足と、体のあちこちに熱いものを感じた。
不思議なことに痛みはない。
「クソッ」
隆一のワルサーP38が火を噴いた。
「大丈夫か、圭!」
隆一の声がする。
しかし、数十センチメートルしか離れていないはずの隆一が、はるか彼方にいるような感覚。
そして、未だにおとずれない痛み。体が長くはもたないことを示していた。
「残念だけど、新記録は無理かな」
こんな時にも、こんなことしか言えない自分が、どうしようもなく滑稽に思えた。でも、足りないボキャブラリーを追加する時間は残されていない――残念ながら。
「隆一、真中さんと一緒に行って。ここは、くい止めるから」
デイパックを開き、支給武器の火炎ビンを2つ手に取る。
重りをいくつもつけられたように腕が重い。
「デイパックは持って行って、くい止めるだけなら、これで十分だから」
「あぁ、わかった」
放心状態の真美子だったが、隆一に手を引かれてなんとか立ち上がる。
――隆一なら、大丈夫。真中さんをお願い。
「3、2、1だよ」
隆一が頷き、ワルサーP38がもう一度、火を噴いた。
「3、2、1」
『パン』
最後の一発だ。
次の瞬間、走り出す真美子と隆一、圭は反対方向へと飛び出す。
「うわぁぁ!! お前だけは!」
叫びながら、火炎ビンを投げつけた。
季節は10月、紅葉の秋だ。火炎ビンから生まれた炎は、たちまち落ち葉に燃え広がっていく。
意表を突かれたせいか、敵は動きを見せなかった。
2つ目を投げようと振りかぶる。
最後の力を振り絞った。
だが、もう限界だった、2投目は、1投目の半分も飛ばなかった。
――隆一、真中さん、僕はもうダメだけど、2人は生きてね。もう笑わせてあげられないけど、笑顔を絶。
そこで、圭の思考は途絶えた。
「まったく、あんたのせいで2人も殺りそこねたじゃない。どうしてくれるのよ。それに、また、ディパック持ってないし」
圭の亡骸を見下ろしながら『戦姫』が呟く。
彼女のシンデレラストーリーは、まだ、始まったばかりだった。
<1人退場:残り40人>