BRR(BATTLE ROYALE REQUIEM)
第2部
〜 真実の神戸 〜
21 「会うべき人」
D7エリアの山中、森の中を進むと突如として巨大な施設が姿を現す。
かつて、この島を支配していた海賊の流れを組み、江戸時代には公儀隠密としても活躍した忍者衆の歴史を紹介する資料館だ。
「それにしても、ピッキングなんてどこで覚えたんだ?」
筋肉質で長身の少年、千野直正(男子11番)は、どこか呆れたような笑みを浮かべている。
「そうだよ、びっくりしたよ」
『プログラム』の中であることを感じさせない穏やかな口調で、高川裕雄(男子10番)も続く。
「まぁ、色々あってな。役に立ったわけだし、問題なしだろ。それより、そっちの準備はどうなのか?」
久慈孔明(男子7番)は、手の中で支給武器――ギンバー1911をクルッと回転させ、直正へと照準を合わせてみせる。
「パーン! なんてな」
「中々の早撃ちだな。でも、もう0.2秒くらい早くしてくれないと、俺には当たらないぜ。それくらいあれば、物陰にでも飛び込める」
「なるほどね」
どこか楽しげな孔明だ。
「よし、あった、あった。大漁、大漁」
直正は、ここに入ってからというもの、展示品をあさり続けていた。
武術をやっていく中で、手裏剣や刀などにも興味を持ち始めた直正には、ここは宝の山に見えるに違いない。
「これから、どうするの?」
裕雄の問いかけ。
「う〜ん、そうだな。とりあえず、ここに立て籠もるっているのも悪くないが、俺には会っておきたいヤツもいるしな」
「会っておきたい人って?」
「大したことじゃない。野暮用ってヤツだ。女に会いたがっているお前らとは、違うぜ」
ニヤッと笑う――いつものように。
「違うよ。直正は、桃井さんと決着をつけたいだけだよ。どっちが、市内の20歳以下、No.1かの」
夏休みに開催された市内の武術大会。20歳以下の部に出場した直正とななは、それぞれ、高校生や大学生を押しのけ、男子、女子の部を制していた。
その優勝インタビューでななは『千野君と対決して、市内の20歳以下NO.1を決めたい』と話したのだ。
「そういえば、直正。どうして、対決を受けることにしたの? 男女差もあるし、どうしてもしないといけないってことも、なかったんじゃない」
裕雄の問いが進むにつれて直正の顔が険しくなっていく。そして、らしくない真顔で答えた。
「あのなぁ、女相手に逃げるわけにはいかないだろう。俺は、プライドを持ってやってきたんだ。男だろうが、女だろうが、流派が違おうが、挑まれた勝負から逃げることはできない」
武術に関しては、譲れない考えを持っている直正だ。
しかし、冬休みに予定されていた2人の対決が実現することはない――彼らのクラスは『プログラム』に選ばれてしまったのだから。
「確かに、直正の件はわからなくもない。けど、裕雄の方はどうなんだ?」
「俺は、俺も、決着を着けたいだけだよ。俺とアイツ、どっちの生き方が、やり方が正しいか。だから、俺は会えなくても構わない。自分の中で、アイツに勝っていると思えれば」
「そうか? それにしちゃぁ、いつも2人でじゃれ合って喜んでいるじゃないか」
真剣な裕雄を茶化すように言う。
「あれは、アイツが突っかかってくるからだよ!」
「はい、はい。そういうことにしておいてやるよ」
裕雄の方をポンポンと叩く孔明。
「それはそうと、これから、どうするかって話に戻ろうぜ」
2人の会話に直正が割り込む。
「そうだな。とりあえず、しばらくは、ここにいるしかないだろう。俺たちは、人を殺したくないと思っている以上、会場を動き回っても仕方ない。リスクを負って誰かの命を救っても、優勝者は1人である以上、そのことは、結局、何の意味も成さない」
孔明は俯き――少し間を空けてから続けた。
「それぞれ、会いたい人はいる。でも、そいつらと会うことよりも、俺は、3人で居る時間を大切にしたい。最後になりそうだからな」
「そうか、残念だな。せっかく、武器の準備もできたっていうのに。でも、孔明の言うとおりだな。俺は同感だ」
まいったというように笑う。
「孔明の言うとおりだね。俺も、賛成だよ」
裕雄もうなずく。
孔明がカバンからノートPCを取り出した――誰かの部屋に集まった時と同じように。
と、裕雄が声を上げる。
「そうだよ、孔明。そのパソコンで『プログラム』のシステムを破壊できないかな!? ハッキングってヤツ。さっきのピッキングみたいにできないの?」
目を輝かせる裕雄。
「そう言われてもなぁ、1字違いで大違いだ。この島には電波の中継局なんてないだろうし、こんな田舎の島に海底ケーブル通しているとも思えない。つまり、アクセスする術がないってことさ。それに」
孔明は悔しそうに続けた。
「普通のサイトならともかく、政府のシステムは特別だ。そんな技術があるなら、2年生の最終日にでも、ハッキングして、俺たちが『プログラム』に選ばれていないか確かめたさ。それに、失敗した場合には『自分の命』と『家族の自由』が犠牲になる。今回は代わりに首輪の爆破だろう。とにかく、俺にそこまでの技術はないし、万が一に賭ける、チャンスもないんだ」
「ごめん……」
裕雄は軽々しく、ハッキングなんて口にしたことを後悔していた。
「いや、気にするな。少しでも、可能性があるなら、それを探すのは大切なことだ。見てくれ」
直正と裕雄は、ノートPCの画面を覗き込む。
そこには、いつ取り込んだのか、島の地図――しかも、禁止エリアのデータ入りだ――とクラスメイトの行動予測が表示されていた。
「しかし、中里が、野村グループを離れるていとは思わなかったな」
「どうして分かるの?」
「里中と野村の出席番号は1番違いだろう。2人の間には、中山さんがいるけど、彼女は『プログラム』に乗るような娘じゃあない。もし、錯乱していて襲われたとしても、中里と中山さんでは勝負にならない。待っていればいいものを移動していたんだからな」
相変わらずの冷静な分析だ。
「他に何かあるの? あっ、このオッズ予想って」
「おい、待てよ」
裕雄が、半ば強引にアイコンをクリックする。
「へぇ〜、競馬風の優勝確率予想かぁ! やっぱり、直正は上位だよね。って、自分で自分を高評価するなよ」
「でも、冷静に考えたらこうなるだろ」
「しかも、俺はランク外、いくらなんでも酷くない!?」
「いや、これは……」
友と過ごすことを選んだ3人の取り留めのない会話が続く。
ただ、3人の心の中から、会うべき人の顔が消えることはなかった。
<残り40人>