BRR(BATTLE ROYALE REQUIEM)
第2部
〜 真実の神戸 〜
1 「選抜方法」
10月の少し肌寒い朝。
塩見第1中学校職員室。
「今、生徒たちはどのあたりですかね?」
「そうですね〜。出発してから3時間ですから、広島県に入ったくらいでしょう」
会話を交わす教師たちの向こう側、坂持金発(3年4組副担任)は赤褐色のソファーに腰掛けて新聞を広げていた。
いつもと変わらない日常、ひとつだけ違うことは、今日から4日間の予定で3年生が修学旅行に行っているのだ。その間は教壇に立つこともない――もっとも、彼を尊敬している生徒など皆無なのだが。
3時間前のことだ。出発前に彼が家庭の事情のために引率に行かないと知った生徒たちは、口にはしないものの笑うのをこらえているのが丸分かりだった。
そんなクラスメイトの態度を嫌そうに見ていたのは、気の優しい津久井藍(女子12番)くらいで、後は、独特のオーラでクラスメイトと一線を画す半田彰(男子15番)が「低レベルな奴らだ」というように呆れ顔をしていたくらいだ。要は2人とも、クラスメイトたちの子どもじみた行動が気に入らないだけで自分を尊敬しているわけではないのだ。
その様子を見た坂持は少し顔を歪めたのだが、それは数年前、やたらめったら問題の多いクラスを引き受けて以来、いつものことだった。
「坂持先生、お子さんはどうなんですか?」
面倒くさそうに新聞から顔をそらすと、そこでは田中基弥(保健体育担当教諭)が彼のことを見下ろしていた。
「いや〜、先生に聞いたのですが、どうやら向こう1週間は、その兆候はないようでして」
坂持が修学旅行の引率に行かないのは、妻の出産がせまっていたからなのだ。
しかし、生徒たちに伝えていない。
伝えたところで、「へぇ〜、坂持のような奴でも出来ることは出来るんだ」と陰口を叩かれるのがオチだとわかっていたからだ。
「そうですか、医師にそう言われても、ご心配はご心配でしょう」
「いや〜、まぁ、2人目ですので、1人目である程度はなれましたし」
長い髪をかき上げながら答えた。
「そういうことでしたら、実は、1つお願いがあるのですが、聞いていただけますか?」
「お願いですか?」
坂持のマユがぴくりと動く。
「はい。実は、ちょっと実家にどうしても帰らなくてはならなくなりまして、これから5日間ほど休暇をいただくことになりました。しかし、先生方は引率で出払っておられまして、代わりに体育の授業を見ていただけないでしょうか。課題は用意して、私の机の上に置いてありますので」
「そうですか〜、わかりました。私がやりましょう」
ポケットからスケジュール帳を取り出すと、頼まれた授業のところに印をつける。
「それでは、よろしくお願いします」
田中は、肩の荷が下りたという表情で職員室を後にした。
そんな姿を見送ることもせず、坂持は新聞へと視線を戻した。
それから数十分、坂持が読み終えた新聞を机に置いた直後、
「坂持先生!」
青ざめた顔の教頭が駆け込んできた。
「どうしたんですかぁ?」
対照的にノー天気な反応を返す。
「表に、せっ、せん、専守防衛軍兵士が来て、先生に用があると、もしかしたら、4組が『プログラム』に……」
狼狽する教頭に対して、坂持は諭すように言った。
「え〜、まぁ、話を聞いてみませんと真意はわかりません。ちょっと、行ってきます」
§
坂持と教頭の会話から遡ること1時間、塩見第1中学校3年4組の生徒たちはバスに揺られていた。
クラスメイトたちは沸いていた。坂持に続いて、湊も妻の出産に立ち会うために急遽帰宅することになったのだ。
嫌われ者2人の離脱は、クラスの雰囲気を一段と明るくした。
だが、皆田恭一(男子19番)の心は晴れなかった。
修学旅行の引率という重要な仕事をいくら家庭の事情とはいえ、正副担任が同時に休むことなどあり得るのだろうか。
それに、代わりの先生が乗り込んでくる様子もない。
――まぁ、このクラスにはリーダーシップをとれる人間が沢山いるから安心ってことか。
1学期女子委員長でクリケット部のエースの龍野奈歩(女子11番)、サッカー部副キャプテンして全国大会MVP男の北沢勇矢(男子6番)、放送部部長の瀬川絵理香(女子9番)、そして、バスケット部部長であった自分自身。もっとも、運動部については引退したので元がつくが。
他にも、学年1の秀才久慈孔明(男子7番)、男女の格闘NO.1の千野直正(男子11番)に桃井なな(女子19番)、そして、文武両道の天才野村将(男子14番)に、不気味なほど掴みどころのない半田彰(男子15番)がいる。
――おっと、野球部レギュラーショートストップを忘れていた。すまん、中里(=中里大作(男子13番))。
校内から選りすぐったようなメンバーだ。
後、『根暗カルテット』もいる――オレは、この呼び方、あんまり好きじゃないけどな。いくらなんでも、バカにし過ぎてるぜ。そんなこと言っていると、万が一……!?
ハッとした。考えてみれば、このクラス編成は怪しすぎないか。
塩見一中3年の主要生徒のほとんどが集められているではないか。後、勇矢と一緒に全国大会ベストイレブンに選ばれたサッカー部元キャプテンの中村達夫(3年3組男子13番)くらいだ。達夫も同じクラスだったとしたら、
――いや、むしろその逆……カモフラージュか!?
「おい、利次!」
隣に座る前田利次(男子18番)に話そうとしたが、彼は眠ってしまっていた。
――朝早かったからって、寝るにはまだ早いぜ。でも、そういえば俺も……。
周りを見回すと、利次だけではなくクラスメイトのほとんどが眠っていた。
――そうか……ガス……しまっ……。
少しして4組のバスだけが隊列を離れ、来た道を戻りはじめた。
§
「お久しぶりですねぇ、武田さん」
坂持は、応接室に入るなり兵士に話しかけた。
「そうですね。坂持先生」
2人の兵士のうち年配のほう――大体、30代半ばくらいだろうか――が答えた。
互いに笑みを浮かべている。
対象クラスの担任と報告の兵士の会話としては、普通では考えられないことだ。
多くの場合、突然の宣告への驚きで自失状態に陥ったり、悲しみのあまり号泣したり、その場で退職届を出したり、中には、教え子への想いのあまりに彼らより先に昇天してしまう者までいる。
しかし、坂持に動じる様子はない。
「ところで湊先生への連絡は?」
「はい、もう済んでおります。坂持先生のお話通り、とても話の分かる方で、こちらとしましても無用の混乱をまねくとこともなく、また、無益な殺生をせずに済みましたことをとても喜んでおります」
「そうですか。いや〜、それはなによりです」
そう、坂持は知っていたのだ。
自らが副担任を務めるクラス、塩見第1中学校3年4組が『プログラム』に選ばれたことを。
いや、むしろ、全ては仕組まれていたのだ。学校の主要人物が1クラスに集中していたことも、国の命令に対して歯向かうことは100%ありえないであろう湊が担任となったことも、坂持が裏で糸を引いた結果だ。
だが、湊を担任に推薦したのは、担任が殺されないようにという配慮からではない。単に、自分の試験への悪影響を恐れたためだ。
「『プログラム』は明日の深夜0時過ぎに始まる予定で、私たちもこれから会場へと向かいます。オッズのほうは……、中田くん、例の資料を頼む」
坂持は、その時初めてもう1人の兵士へと目を向けた。
兵士中田は、武田の指示に対して黙ってうなずくと、カバンの中からホッチキスで閉じられた冊子を取り出し、坂持に手渡した。 一連の動作の間、ずっと俯きかげんで軍帽を深めかぶった中田の表情をうかがい知ることはできなかった。
「そういえば彼は、武田さんの部下ですか?」
中田の姿を不信そうに見つめなる坂持。
「ええ、今回の『プログラム』が初仕事の新兵なんですよ。ちょっと無愛想な感じですけど、緊張しているだけですから、大目に見てやってください」
「そうでしたか」
うなづきながらページをめくる。
そこには、3年4組の生徒の詳細なデータが掲載されていた。
これこそが、坂持金発が受けた試験の全容なのだ。
『プログラム』担当官になるにはいくつかの道がある。
軍を経る道、公務員を経る道、中には親が軍人という流れて後を継ぐための訓練の一環として担当官になる者もいる。
そんな道の中の1つ、教師を経る道。
その試験は、受験者が『プログラム』対象クラスの担任、もしくは副担任となることから始まる。
受験者に課せられる課題は、対象クラスの生徒についてのデータを収集し、今、坂持の手の中にあるようなリストを作ることだ。
つまり、政府高官の間で密かに行われているトトカルチョのためのデータを用意することなのだ。
そして、受験者の作った資料――『プログラム』版の競馬新聞といったところだ――が気に入られれば合格となり、晴れて『プログラム』担当官となれるわけだ。
「それで、結果のほうはなのですが……」
今までとはうってかわって真剣な表情の武田。
坂持も、いつものニヤニヤした顔つきを忘れてしまったような神妙な面持ちだ。
「合格です。坂持先生の作られた資料は大好評で、文句なしの合格、なんと全会一致でした」
「いや〜、ありがとうございます」
いつものニヤニヤとは、一味も二味も違う笑顔で武田と握手を交わす。
「欲を言えば、中村達夫くんにも参加して欲しかったという話もありましたが、仕方ないことは私たちも承知しております」
「はい、流石に中村まで4組にいるとなれば、クラス編成の不自然さに勘のいい連中、皆田か久慈あたりが気づいてしまいますから」
「それでですね。これによって、先生にもトトカルチョへの参加資格が与えられました。誰を買われますか?」
「え〜と、そうですね……」
坂持は、いつものようにニヤニヤしながらオッズ表へと視線を向けた。
塩見第1中学校3年4組の『プログラム』開始は13時間後に迫っていた。