BRR(BATTLE ROYALE REQUIEM)
第2部
〜 真実の神戸 〜
2 「小さな希望」
――ここは、一体……?
香川圭(男子4番)の思考回路はちょっとしたパニック状態に陥っていた。
自分たちは修学旅行の最中のはずだ。
広島県に入る手前までは思い出せる。しかし、その後が思い出せない。
――確か、ルートにこんな場所はなかったはずだよね?
誰に言うわけでもなく、心の中でひとりごちる。
腕時計を見た。しかし、薄暗い中では液晶機能なしのアナログ時計の針を読み取ることは出来なかった。
辺りの様子を見回す。しかし、この部屋(と、思われる空間)に、外からの光が入り込んできている気配はない。
窓でもあれば、外の様子を知る手がかりを得られるかもしれないのだが、
――窓がない部屋? それとも夜? そもそも、みんなは?
そうこう考えているうちに、目が慣れてくる。
徐々に浮き出るように鮮明になっていく光景に驚愕させられた。
周りにクラスメイトが倒れているのだ。
正確に言えば、倒れていた42名の中で1番に目が覚めたのだが、圭の考えはそこまでおよばなかった。
目の前の席には、ショートヘアーの中山幸恵(女子13番)が、隣では同じくらいの髪を頭頂部でまとめている函館もみじ(女子16番)が突っ伏している。
「ねぇ、起きてよ隆一」
すぐ横の席に倒れている同じ陸上部に所属する親友、安達隆一(男子1番)の体を揺する。
「う〜ん……圭、もう少し寝かせろよ……」
寝ボケ眼の隆一に、一刻も早く現状を理解してもらわなければならない。
「ねぇ、それどころじゃないよ。周りを見て」
「えっ……、周り……? それよか、圭、電気くらいつけようぜ……」
しばらくは目を擦ったり、あくびをしていた隆一だが、意識が覚醒し、目が慣れてくると周囲の光景の異常さに気づいたようだ。
「おい、これはどういうことなんだ!?」
胸ぐらを掴まれんばかりの口調だ。
「分からないよ……。バスの中で寝ちゃったみたいで、それで、目が覚めたらここにいたんだ。周りを見たら、みんな倒れてて、俺にも、わけわかんないんだ!」
思わず大声をだしてしまった。
「わけわかんないって、どういうことだよ!」
隆一は自分以上に混乱しているようだ。。
「ごめん、わかんないものは、わからないよ、だから、落ち着いて」
必死になだめた甲斐あって、隆一は落ち着きを取り戻してくれた――代わりに黙り込んでしまったが。
その騒ぎのためだろう、他のクラスメイトたちも目を覚ましはじめた。
「ここ、どこだよ?」
「修学旅行は、どうなったんだ?」
「誰か、明かりつけられないか」
「今、何時だよ?」
「私たち、バスの中にいたはずじゃ?」
口々に、言葉を発するが、自分たちに何が起こったのか誰も理解できていないようだ。
『パチッ』
音とともに、天井の蛍光灯がついた。
突然のことに、面食らったのか、声が止む。
不思議な静寂の中、お互いの顔を見合わせる。
圭と隆一も、多分にもれずそうしていた。
そうしているうちに、奇妙なことに気づく。
隆一も、そのまた隣にいる同じく陸上部の真中真美子(女子18番)も、その向こう側、ミュージカル研究会の東野みなみ(女子17番)も、その彼氏の小川正登(男子3番)も、他のみんなもペットの犬やなんかがつけるような首輪をしているのだ。
――何なのかな、あれ?
恐る恐る首に手を当てる。
すると、自分の首にもそれは巻かれていた。
金属製らしいその物体は、硬くてびくともしない。
その冷たさは、圭をより一層不安にさせた。
「ねぇ、これって」
首輪のことを隆一に尋ねようとした直後、
『ガシャッ!』
力任せに扉が開かれた。
クラスメイトたちの視線が集まる。
その中を、4人の男が入ってきた。
1人はスーツ姿、残りは迷彩服を着ている。。
――この人たち、誰なんだろう?
男たちを目で追う。先頭を歩いていた迷彩服の男が止まると残りの2人も立ち止まり、右向け右でこちらへと向いた。
スーツ姿の男は、部屋の圭から見た前側の中央にある教壇の前で止まる。その後ろには黒板もある。
そして、スーツ姿の男が部屋の前列中央に位置する教壇の前に立つ。
そこではじめて、ここが学校の教室なのだと気づいた。
迷彩服の男たち――3人の専守防衛軍兵士が肩から吊っていたアサルトライフルを手に取り、天井に向けて構える。
スーツ姿の男が、それを待っていたように口を開いた。
「みなさん、こんにちは」
「こ、こんにちは」
ぱらぱらとではあるが、何人かがあいさつを返した。
――誰……?。
この状況であいさつを返せる彼らはある意味で尊敬できるかもしれない――とても真似できないけど。
「え〜と、俺はお前らの新しい担任になるモリシマカズヒトだ。よろしくな」
男は黒板に『森嶋和仁』と白のチョークで書いた。
森嶋が自分たちに背を向けている間に、チラッと窓側に目をやる。窓には外側から雨戸のような物が取り付けられており、外の様子はうかがえない。
ますます分からない。
――一体、何だって言うんだよ。
「担任交代って、どういうことですか?」
声の主は1学期委員長の龍野奈歩(女子11番)だ。
それは、多くの者の気持ちを代弁している――と思う。
いくら自分たちが、担任の湊を嫌っているからといっても、こんなドッキリみたいな形で担任を変えてくれるほど融通の利く、その上、ユーモアセンスも持ち合わせている教育委員会ではないはずだ。
「それから、ここはどこなんですか?」
2つ目の質問が付け加えられる。
このあたり、さすがクラス女子の中でも1番の行動派だ。その無鉄砲さが仇となることもあるのだが、今回はどうやら吉と出ているようだ。
「安心しろ、その辺りはこれから説明する。まず、担任の話だが、これは俺から湊先生に頼んだことだ。湊先生は快く了承してくださって塩見市に帰られた。次に、ここはどこかということだが、ここは島だ。場所は瀬戸内海のどこか、それ以上のことは言えない」
「言えないって、どういうことですか?」
今度は演劇部の小山田寛子(女子4番)が少し震えた声で言った。
声の変化は、質問への答えに対する恐怖によるものだろう。
修学旅行中に1クラスの生徒をまとめて拉致、担任の交代、今いる場所は言えない。そして、首輪――ここまでくれば、大東亜共和国の健全な中学生なら10人に9人、いや、100人に99人は同じ答えにたどり着くだろう。
それが間違っていることを――ある者は正しいことを祈りながら。
圭自身も、それを否定するわずかな可能性にすべてを賭けた。
「お前ら、ここまで説明すれば、俺の口から言わなくてもわかるだろう。まぁ、それを否定したくなる気持ちもわかるがな」
森嶋がニッと笑う。
まるで、自分たちの気持ちを見透かしているように。
その笑みが、更なる恐怖心を誘う。
「お前らは『プログラム』に選ばれた」
予想通りだった。
ただ、それが揺るぎない真実へと姿を変えただけ――それだけなのに、どうしてだろう、胸の鼓動が加速していく。
これが、本当の恐怖なのか。
体が小刻みに震え出した。
そんな自分たちに構わず、森嶋は続けた。
「知っているとは思うが、これからお前らには殺し合いをしてもらう。それで、生き残った1人だけが家に帰れる。ここまでは常識だな」
森嶋は教壇の中から1巻きの大きな紙を取り出し、磁石で黒板に固定する。
「ここからが、詳しいルール説明だ。生き残りたいなら聞き逃すんじゃないぞ」
何人かの目つきが変わった気がした。
――みんな『プログラム』になんて乗らないよね?
誰を信じたらいいのかわからない。
「お前らがここから出発する時、1人に1つデイパックを渡す。ちなみに出発は2分に1人ずつだ。それで、その中には水と食料、そして、武器が入っている。武器は1人1人違う。個人差による不公平を減らすためだ。それから、おい、そこ、こいつは写さなくていいぞ。これと同じ地図と、あっ、もちろん縮小版だぞ。と、コンパス、時計もデイパックの中に入ってるからな」
クラスメイトの視線が黒板に集まる。
地図は森嶋の言ったとおりに、ここが島であることを示していた。そして、それは10×10の100個の正方形に区切られている。
「先生、その区切りは何なんですか?」
野球部の万年補欠――すでに半マネージャー化している高川裕雄(男子10番)だ。
クラスで先生に質問するなら彼だ。気になれば、すぐに質問する彼のお蔭で先生に連絡を忘れられたことは皆無だ。ただし、みんなが見るだけでわかるようなことまで質問してしまうことが玉に傷なのだが。
「そうあせるな。これから説明するところだ」
100個の正方形にA−1、A−2、A−3……、次の行はB−1、B−2……というように番号がふられていく。
「ここを出たら、この島の中ならどこへ行っても構わない。地図の中なら、海を泳いでもいいぞ。ただし、俺が午前と午後の0時と6時に全島放送をする。その時に、このエリアは危ないぞと言う。そうしたらそこにいる奴は、そこを離れろ。そうしないと……死ぬ!」
ちょっとしたどよめきが起こる。
――でも、どうやって殺すのかな? ただの脅し、ってことはないか。
「お前は香川だったな、解せないって顔してるな」
突然の声に、体が硬直した。
「他の奴らもだぞ。お前ら、意外とカンが悪いな。首を触ってみな」
――この首輪、ついてるのは知っていたけど……。
いまひとつ、言葉の意味がわからない。
一方、森嶋に言われてから初めて首輪に気づいた者が驚きの声を上げた。中には必死に外そうとしている者もいる。
「おい、そこ、あんまりいじくるな。あんまりいじくると……爆発するぞ」
教室の空気が凍りつく。
首輪を外そうとしていた者も、慌てて手を離した。
「そういうことだ。逃げ遅れた奴の首輪に、こっちから電波を送る。そうしたら、首輪が爆発するってわけだ。無理に分解しようとしたり、この会場から逃げ出そうとしても爆発するから気をつけるように」
「クソッ……」
誰かが悔しそうに呟いた。
聞こえているのかいないのか、森嶋は相変わらずの笑みで続けた。
「禁止エリアは原則放送の時に発表するが、1箇所だけ例外がある。それが、ここだ。ここはG4の中学校なんだが、G4だけは最後の奴が出発してから20分後には禁止エリアになるぞ。あと、もう1つタイムリミットというヤツがある。24時間以内に誰も死ななかった時だ。その時は、生き残ってる奴全員の首輪が爆発する。つまり優勝者なしだ。ちなみに死んだ奴がいるかどうかは6時間ごとの放送で言うからそれで確認しろ」
それ切りで、森嶋は黙った。どうやら、説明は終わりのようだ。
――僕は、どうしたらいいの? 死にたくはないよ、当然でしょう。でも、まともに戦って優勝を狙うのも嫌だよ。人殺しなんてできないよ。でも、誰も死なないとタイムリミットになんだよね、一体、どうしたらいいの?
周囲の空気が重く感じられた。
それを打ち破るように森嶋の声が響いた。
「あ〜、そうそう、1つ忘れていた。お前らの座っている順番だが、事前に調べたデータに基づいて、仲のいい奴同士を近くにしてやってある。必要なら集合場所やら、作戦やら話し合っていいぞ。この状況でも信頼できる相手がいるんならな。ただし、最後、自分たちだけになったら潔く優勝者を決めるんだぞ。それじゃあ、確認な。制服の胸ポケットから紙とえんぴつを出しな」
ポケットを探るといつの間に入れたのか、紙とえんぴつが入っていた。
「それじゃあ、いくぞ。『私たちは殺し合いをする』、3回書きな」
――みんな乗らないよね?
横目で顔色をうかがう。
「次、『やらなきゃ、やられる』。これも3回だ」
――僕も、殺られるのかな?
押しつぶされそうになる。
その時、誰かに手を握られた。
反射的に払いのけようとした。しかし、やめた。それが、安達隆一(男子1番)の手だと分かったからだ。
彼の手が離れた後には、紙切れが残される。
そこには『E3、湖』と書かれていた。
――そうだ。僕には、信じられる仲間がいるんだ。
冷静になると、他のクラスメイトたちも色々な方法で集合場所を伝え合っているのが分かった。
自分に渡された紙と同じものは、真中真美子(女子18番)にも渡されたようだ。とりあえず、これで陸上部トリオは合流できるだろう。
圭は『プログラム』という絶望の中でも希望を感じていた。
それは、本当に小さなものだったけれども、今の圭が自分を見失わないためには十分なものだった。
しかし、圭も隆一も、そして真美子も知る由もなかった。陸上部トリオの合流が新たな悲劇を生むことを。
塩見第1中学校3年4組の『プログラム』の開始は目前に迫っていた。
<残り42人>