BRR(BATTLE ROYALE REQUIEM)
第2部
〜 真実の神戸 〜


 

3 「無表情の男」

――それにしても、こんな時によく冷静でいられるよね。
 高川裕雄(男子10番)は親友である久慈孔明(男子7番)を横目で見やりながら思った。
 森嶋の説明の間、孔明はずっとメモを取っていた。この状況に混乱、あるいは錯乱しているであろう多くのクラスメイトとは正反対のものだ。
 そもそも、ポケットの中にメモ帳を常備しているあたりから中学生離れしている。
 常に冷静な状況判断ができること、孔明の最大の長所だ。
 慌て者の裕雄にとっては大いに見習いたい部分だ。
――なぜかって? だって、テストでケアレスミスとかしなくなるよ……。
 あ〜あ、それにしても緊張感ないな。どうも自分は楽天家でいけない。今だって、クラス1の成績を誇り、コンピュータに精通する孔明の頭脳と、もう1人の親友である武術研究会の千野直正(男子11番)の戦闘力があれば政府を出し抜くこともできるのではないか。そんな甘い考えが頭の中から離れない。
――それにしても、『プログラム』に乗る人なんているのかな? う〜ん……。
 考えようとして、すぐにやめる。
 極限状態の中で誰がどんな行動に出るかなんて、はっきり言って予想不可能だ。
 理屈抜きで信用できる人以外は、信用出来ない――そういうことだ。
――政府の思うツボ、だよね。でも、死にたくないよ、何だかんだ言っても。
 信用できそうな人を頭の中でリストアップする。
 孔明と直正は文句なしとして、それ以外の人の中でだ。
――と言っても、この状況じゃ、少し仲がいいくらいだと危ないよね。なら、後はアイツくらいか……、でも、俺が信じても、アイツが俺を信じないか……。
 自嘲する。そして、机の上にある紙切れに視線を落とした。
――『私たちは殺し合いをする』『殺らなきゃ、殺られる』か、まぁ、死にたくはないよね。
「全員、書き終わったな」
 森嶋の自己紹介の時は、あいさつを返した人もいたが――恐らく半田彰(男子15番)と津久井藍(女子12番)の委員長コンビあたりだろう――『プログラム』という単語の出た後に、返事を返そうという者はいなかった。
――まぁ、そういうのも嫌いじゃないよ。俺も、小学生みたいな質問しちゃったしね。
「それじゃあ、これから出席番号順に出発してもらう。1番の人を決めるぞ」
 教壇の中から、直方体の箱を取り出す。
「ところで、この『プログラム』はいつから始まるんですか?」
 教室の1番後ろ、いつの間に動かしたのだろうか――いつの間にって、森嶋たちの来る前しか有り得ないよね。なら、俺たちよりかなり先に起きてたってことかな。そんなことはともかく、椅子と机を後ろに壁につけ、背もたれに余る背中を壁にぴったりとつけている。
 半田彰(男子15番)は、みんなの視線が集まる中でも、いつもの無表情だ。
――半田、まさか『プログラム』に乗る気、なの?
 顔がこわばる。
「え〜と、お前は半田だな。俺はうれしいよ。お前みたいなやる気の奴がいてな。開始は外に出たらすぐにだ。それから、言ってなかったが、今は夜の1時くらいだ。外は真っ暗だからそのつもりで行け。後、住人の皆さんに出て行ってもらった関係で送電も止まっているから、コンセントとかは使えないぞ。あっ、それと、もう1つ、親御さんには連絡済だから、心置きなく戦うように」
 彰の一言のお蔭で、だいぶ勿体ぶる形にはなったが、箱のフタが開けられた。中には、4つ折にされた紙がたくさん入っている。
「それじゃ、引くぞ」
 箱の中から1枚の紙を引く森嶋。言われずとも、くじで出発順を決めるのだとわかった。
「1番目の出発者は」
 張りつめた空気が流れる。
「男子2番池田元」
「はっ、はい」
 元が緊張気味に――ちょうど、ロボットのようなガクガクした動きで教室の前へと歩み出た。
「デイパックを渡すのと一緒に私物も返すぞ。何かの足しにしな」
 3人いる兵士のうち、1人が旅行カバンをもう1人がデイパックを渡す。
 元は、クラスメイトたちのほうへと振り返ると、何かを誇示するかのように旅行カバンを少し持ち上げて見せた。
 仲の良い野村将(男子14番)たちへのメッセージだったのだろうか――わからなかった。残ったのは、虚空の戦場へと元が旅立ったという事実だけだ。
――孔明は11番目、直正は19番目、そして、俺は17番目か。
 外に出てから、孔明を追うか、直正を待つかのどちらかだね。
 直正との間は、千田さんか。
 千田蘭(女子10番)は、おとなしくて優しい娘だ。危険はないと思う。
 しかし、17番目ともなると孔明以外の15人の中の誰かが待ち伏せているかもしれない。
 校舎前は全速力で通過して、孔明を追いかけるべきだね。
 直正は待ち伏せにあったとしても絶対に大丈夫だし――むしろ、合流していたら俺の方が足を引っ張りそうだ。
 心の中で苦笑する。
「次、女子2番井上あんり」
 あんりは、誰かに目で合図を送っていたようだ。恐らく合図した相手と合流するつもりなのだろう。
 この状況で、合流しようとするグループがいくつもあることは予想外だ。
――ちょっと、困ったことになるかもね。
 合流するグループが多いということは、多人数対多人数の戦闘が起こりやすいということだ。
 自分たち3人が、4人以上のグループと戦うことになれば、不利は否めない。
 しかも、グループ意識の強さは、他のグループの人は信用できないということの裏返しなのだ。他のグループと出会えば、問答無用で戦闘に突入するのことも十分に考えられる。
――誰かを愛するってことは、他の誰かを愛さないってことか……。
 頭の中に浮かんだ少女の姿を必死に打ち消す。

 その後も、2分間隔でクラスメイトが出発して行った。
 小川正登(男子3番)は、彼女の東野みなみ(女子17番)に何やら呟いて、小野田麻由(女子4番)は不安そうに血の気の引いた顔で、香川圭(男子4番)は陸上部トリオの2人と握手して……。

「次、男子7番久慈孔明」
 遂に孔明の番だ。
 ゆっくりと立ち上がる。極度の血行障害のために外出機会が少ない彼の色白な顔、短髪黒毛の校則遵守ファッション、表情はいつもと変わらない落ち着いたものだった。
 そして、それを一瞬たりとも崩すことなく出発して行った。
 しっかりと私物のバックも受け取っていた。私物は没収されてしまうのではないかと思っていた裕雄はホッとした。
 バックの中に入っている孔明自慢の改造ノートパソコン――あれさえあれば、政府の連中に必ず一泡ふかせてやることができる。
 裕雄は孔明を信頼していた――ちょうど、三国志の英雄、劉備玄徳が軍師諸葛亮孔明を信頼していたように。
――見てろよ、森嶋!
 こぶしを握りしめた。

「次、男子10番高川裕雄」
 自分の順番だとわかっていても、体に電気が走った。これが、生死を賭けた戦いの緊張感というやつなのだろう。
 立ち上がり、出口へと向かう。
 兵士がぶっきらぼうな感じで、旅行カバンとデイパックを差し出してきた。
 受け取り、教室を出る。
 その時、チラッとだけ振り返り、これで見納めになるかもしれないクラスメイトの顔を見た。
 みんな一様に不安そうな顔をしている。
 その中で、ただ1人、半田彰(男子15番)だけが、相変わらずの無表情で壁にすがっていた。

 廊下へと出ると、天井についている古びた蛍光灯が道しるべのように、一方にだけ灯っていた。
 さっそくデイパックを開く。
 外での待ち伏せに備え、支給武器を確認するためだ。
 デイパックに手を入れると、最初に手についたのは政府支給の腕時計だった。
 さっそく自分のものと付け替える。
 私物の時計の場合、『プログラム』の管理システムの時計とずれているかもしれないからだ。
 その1分1秒が命取りになる、特に禁止エリアに関しては。
 次に支給武器をさがす。すると、何かが手にふれた。
――なんだよ、これ?
 支給武器らしき物を取り出す。しかし、見た目には、武器には見えない。
 ご丁寧に同封されていた取り扱い説明書を開く。
――というより、説明書なきゃ、何か、さっぱりわからないよ。
 心の中でボヤきつつ、目を通していく。
――なうほどね。こいつは、使えそうだね。
 ページが進むにつれて、顔が明るくなっていく。
 この状況では不謹慎な表情だったかもしれないが、どうでもいい。
 次に、地図を取り出す。
 実は、孔明たちと集合場所の打ち合わせをしていないのだ。盗み聞きされたり、覗き見されたら困るからだ。
 だが、100%合流する自信があった。
――よし、ここしかないな。
 目が地図の一点に釘付けになる。
――俺たち3人には打ち合わせの必要なんてない。

 意気揚々と校舎を後にする裕雄。
 ただ1つ、半田彰(男子15番)の無表情だけが気がかりだった。

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