BRR(BATTLE ROYALE REQUIEM)
第2部
〜 真実の神戸 〜
4 「オッズ」
E3とD3の境あたりの森の中。
茶髪に加工した眉という少々不良っぽい面立ちと、それに似合わない太い腿に象徴される筋肉質に鍛えられたスポーツ少年の肉体、塩見第1中学校内では野村将(男子15番)と並んで帰宅部らしからぬ運動神経の持つ主と称される金村良和(男子5番)は、茂みの中に身を潜めていた。
――みんなには悪いが、殺し合いはイヤだ。
クラスの中では将のグループに属する良和、実のところ、出発前に『H7』と書かれた紙を受け取っていた。
同じ物は、北沢勇矢(男子6番)、中里大作(男子13番)、藤沢善也(男子16番)、そして、1番に出発した池田元(男子2番)にも渡されていたようだ。
出発の時に元が見せた仕草は、将に対しての『了解』というメッセージだったのだろう。
『プログラム』に乗るのなら、仲間を集める必要などない。
ということは、将は集めたメンバーで協力して何かするつもりなのだろう。
それは『プログラム』の破壊以外に考えられない。
他に、全員が生きる道はないのだ。
良和も『プログラム』の破壊自体には賛成だ。
だが、『プログラム』を破壊して、この島から脱出するとなれば、あの森嶋という担当官や『プログラム』の管理をしている兵士たちを倒さなくてはならない。
つまり、『プログラム』に優勝して生き残るためにも、逃げ出すためにも、誰かの命を奪わなくてはならないのだ。
――そんなのはイヤだ。
殺し合いを完全に拒否してする道を選んだ良和には、将の作戦に参加する選択肢はない。
もちろん、『プログラム』に乗る選択肢はない。
今の予定では、将たちの作戦成功に便乗させてもらうというところだろうか。
それに、将たちが万が一、失敗したとしても、このクラスには、久慈孔明(男子7番)、高川裕雄(男子10番)、千野直正(男子11番)のトリオもいる。
彼らをはじめとする将たち以外のグループが『プログラム』を破壊してくれたらくれたで、それに便乗させてもらえばいい。
もしも、誰も『プログラム』を止めることが出来なければ、自分以外に残った人たちが相討ちしてくれることを祈るのみだ。
――人殺しとして生きていくよりマシだ。
決意を固めた良和は、ズボンの右ポケットに突っ込んである支給武器、コルト ディテクティブ エリートという拳銃も威嚇以外の目的では使わないつもりだ。
――それにしても、政府を相手に戦おうなんてホントに凄いよ。
将は、これといった分野に興味を示すことはなかったが、何をしても人並み以上の、いや中学生トップクラスの実力を発揮することが出来る。
例えば、勉強は学年トップの久慈孔明にはわずかに及ばないが、学年1の努力家である津久井藍(女子12番)と2位を争っている。
また、格闘では武術研究会の千野直正と市内の道場に通う桃井なな(女子19番)以外には、クラス内、いや、塩見中学校に将とわたり合える者はいないだろう――それも、教職員を含めてだ。。
他にも、ギターを弾かせれば――ロックは禁止されているのでジャズだ――バンド部の部坂昇(男子17番)とほぼ互角のテクニックを見せ、英語を喋らせれば英語研究会の吉岡治(男子20番)を凌駕した――米帝は敵性国家だが、大英帝国はそうではないので英語を喋ること自体に問題はない。
そして、特にスポーツに関しては手がつけられない。サッカー部に将がいたら、全国大会準優勝に終わることなどなかったに違いない。もしかしたら、全国大会MVPも勇矢ではなく将だったかもしれない。
将がピッチャーをしていれば、県大会止まりだった全国大会に出場できたに違いない。
言えばきりがないが、それほど、将は様々な種目で、超中学生級の力を発揮できるのだ。
その上に人望も厚い。
非の打ち所のない人間とは、将のような人のことを言うのだろう。
周りには、人も揃っている。
まずは、サッカー部の北沢勇矢だ。さっきも言ったけれど全国大会MVP選手だ。
次に、中里大作。野球部のレギュラーショートストップで2人に劣らない身体能力を持っている。
更に、弓道部の池田元、弓道で鍛えた集中力は郡を抜いている。
また、藤枝善也の水泳で鍛えたスタミナはまさに無尽蔵といえる。
まさに、無敵の布陣だ。
誰かと戦闘になっても負けることはないだろう。
彼らなら必ず政府を倒してくれるに違いない。
――俺は手伝えないけど頼むぞ。
心の中で祈り続けた。
§
「武田さん、最終オッズが確定しました」
本部の一室、新人特有の鍛えたりない細身の体が初々しい兵士中田が報告する。
がっちりとした肉体が、30代に入ってもまだまだ若いと自己主張しているような上官武田がディスクを受け取る。
2人は、坂持金発(1992年度プログラム担当官選抜試験合格者)と面会し、試験結果を伝えた後、この島へと入った。
午後3時に到着してから今まで、パソコンに向かい続け、トトカルチョ関係のデータ整理をしていたのだ。
ちなみに、オッズ確定がこの時間になるのは、担当官の説明開始直前までは賭ける人間の変更が認められるためだ。
「さっそく、抗議の電話がかかってきましたよ」
苦笑いの中田だ。
「内容は?」
「陸軍大臣からで、グループの相談を認めると、一匹狼の半田彰(男子15番)には不利ではないかというものでした」
陸軍大臣といえば、中田たち下級軍人からすらば泣く子も黙るような存在なのだが、武田は意に返さない。
どうやら、この種の抗議はいつものことのようだ。
「それで、どう答えた?」
「はい、やる気になった生徒が一度に複数の生徒を相手を倒すチャンスが増えるということと、仲間と合流しても、いつまで和を保てるかなど、たかが知れています。という感じで答えておきました」
「そうか……、次もそれでいい」
話に耳を傾けつつ、武田は熱心にパソコンにディスプレイを見つめている。
ちなみに上位人気(オッズ100倍以下)の生徒は次のとおりだ。
1番人気 野村 将 (男子14番) 9.8倍
2番人気 千野 直正(男子11番) 13.6倍
3番人気 桃井 なな(女子19番) 15.7倍
4番人気 半田 彰 (男子15番) 19.2倍
5番人気 金村 良和(男子 5番) 28.3倍
6番人気 北沢 勇矢(男子 6番) 37.5倍
7番人気 中里 大作(男子13番) 48.0倍
8番人気 久慈 孔明(男子 7番) 57.4倍
9番人気 皆田 恭一(男子19番) 78.9倍
10番人気 山北 加奈(女子20番) 99.1倍
「う〜ん……、やはり相談ありは問題だったかもしれないな」
武田は難しい表情で続ける。
「1番人気の野村と6番人気の北沢、7番人気の中里が合流、野村の誘いを断った5番人気の金村は期待出来るかと思ったが、森に隠れて参戦拒否状態。2番人気の千野と8番人気の久慈も合流……、なんとも盛り上がらないな」
お偉いさんの機嫌を損ねるのではないかと頭を悩ませているようだ。
「まぁ、この極限状態です。そのうち、仲間割れを起こすでしょう」
武田は更に顔をしかめた。
「それはそうかもしれないが、有力者同士の決着が寝首を狩られたり、背後から撃たれたりというのは、トトカルチョ参加者にはつまらないだろう。競馬で言えば、騎手落馬ってところだ」
「騎手落馬、ですか」
『プログラム』は、政府の上層部、つまり、トトカルチョ参加者たちにとってはショーなのだ。
単に賭けが成り立てば良いというわけではない。
武田に言わせれば、盛り上がらなくては意味がないのだ――ちょうど、第4コーナーを立ち上がった後の直線のように。
「こうなったら、一匹狼の半田彰か、校内最強の女、桃井ななあたりに頑張ってもらわないとな」
資料のページをめくりながら武田が頭を抱えた。
「大丈夫ですよ。『プログラム』での多人数対多人数の戦闘なんて、なかなか見られないものではありませんから。きっと、盛り上がりますよ」
「それも、そうだな。これからは抗議があったら、そう答えてくれ」
「わかりました」
答えた直後、電話のベルが鳴った。
兵士たちのほぼ不眠不休の作業は『プログラム』が終了し、トトカルチョの配当が行われるまで続く。
<トトカルチョ終了までに必要な退場者数41人>