BRR(BATTLE ROYALE REQUIEM)
第2部
〜 真実の神戸 〜


 

5 「少女の願い」

 時計の針は午前2時30分を回っていた。
 千田蘭(女子10番)は、目的地であるG3エリアの高校を目指している。
――寒い……。
 両手に余る大きさの支給武器――UZIピストルは暗闇の中で不気味に蠢いているようにも感じられた。
 すでに、9mmパラベラム弾25発が装填されている。
――わたしも、誰かを撃つことになるの……かな。
 セーフティーロックをかけてはあるが、襲われることがあれば引き金を引くことになるだろう。
――みんなと再会するまでは死ねない。

『プログラム』のことを告げられた瞬間、目の前が真っ暗になった。
 華道部に所属する彼女のささやかな夢。
 このまま華道を続け、生け花の先生か花屋さんになりたい。
 結婚したら小さくてもいいから、貧乏でもいいからその人と一緒の自分たちの店を持ちたい。
 ささやかな夢も水たまりに映った虹のように、はかなく消えてしまうのか。
『私たちは殺し合いをする』絶望の中で文字をつづっていた。
「蘭、G3の高校に集合ね」
 誰かに耳打ちされた。
――G3……高校!?
『殺らなきゃ、殺られる』、書きながら聞き返した。
「集合って、どういうこと?」
「バラバラにいるより、みんなで集まったほうが生き残る可能性は上がるでしょう。それに、生きてさえいれば、なんとかする方法が見つかるかもしれないじゃない」
 声の主、瀬川絵里香(女子9番)はいつも通りに落ち着いていた。
 しかし、発言の意図がわからない。
「なに言ってるの? 『プログラム』、『プログラム』なんだよ。1人しか生き残れないって、さっき言われたばかりなのに」
 思わず声が大きくなってしまう。
――シィー――絵里香はおなじみの、そして、また、この状況にはひどく不似合いな口唇の前に人差し指を立てる仕草をしてみせた。
「そうやって、みんながバラバラになったらアイツらの思うツボじゃない。だから、私たちは集まって、どうするべきか考えましょう。それとも、私と殺し合いなんて出来る?」
――出来ないよ……そんなこと。
 大きく左右に首を振る。
「それじゃぁ、G3の高校よ」
「うん、でも、どうして高校なの?」
 正面へと向き直ろうとしていた絵里香が、動きを止めた。
「やる気の人が来るかもしれないのに」
「大丈夫、可能性は引くわ。あの地図を見て」
 黒板を指差す絵里香。
「いい、今、私たちがいるのはG4の中学校よ。そのすぐ隣が高校よ。近すぎるから危ないと思うでしょう。でも、みんなそう考えるわ。だから、ここを出たら遠くに離れる人が多いバスよ。中学校の近くにいたら、どうしても後から出発してくる人と出会い易くなるから、当然ね。その裏をかいて私たちは1番近くて、1番大きな建物で合流するの。万が一、誰かがやって来ても学校なら隠れる場所もたくさんあるわ」
――そこまで考えているなんて、さすがは絵里香。
 もはや、絵里香を信じること以外、考えられなかった。
「わかったわ」
 笑顔の絵里香を見ていると心が軽くなった。
 この時ばかりは、友人との相談をOKしてくれた森嶋に感謝した。と、いってもほんの少し――ちょうど、4000円が3980円に変わったくらいのレベルで怒りのボルテージが下がったにすぎないのだが。

「男子2番池田元」
 最初の出発者が決まった。
 これによって蘭の出発順も決まった。42人中18番目、待ち伏せの可能性もあるが、半分より前なら上々と言えるだろう。もっとも、前後の2人、待ち伏せと追撃の危険性が最も高い2人は変わらないのだが。
 1つ前に出発者する高川裕雄(男子10番)は、野球部の万年補欠だ。その立場からバカにされることもあったが、腹を立てることもなく誰とでも分け隔てなく接するクラスのムードメーカーだ。
――やっぱり、委員長は1学期の2人のほうがよかったよ。
 今の委員長である2人、いつも無表情の半田彰(男子15番)とどこか悲しげな顔をしている津久井藍(女子12番)は、どうも苦手なのだ。
――だって、見ているとわたしまで暗くなりそうだもの。
 確かにおとなしくてしっかり者で、文化祭の準備でも活躍しているだが、クラスをまとめる器ではない気がする。
 おっとりしたタイプの藍は、1学期女子委員長で行動的な龍野奈歩(女子11番)に比べてリーダーシップに欠け、一匹狼の彰は1学期男子委員長の裕雄と比べて人望がないといったところだろうか。
 つきつめれば、どちらの2人がいいかなど好みの問題になるかもしれないが彼女はそう考えていた。
 はっきり言えば、彰や藍のことが信用できないのかもしれない。
 今でも、2人が『プログラム』に乗るのではないかという考えが頭を離れない。
 話はそれてしまったけれど、裕雄は信用できるということだ。
 一方、1つ後に出発するのは千野直正(男子11番)、武術同好会に所属する裕雄の親友だ。
 正直に言えば、長身で筋肉質、しかも、鋭い目付きの彼には恐怖心を感じたこともあった。
 しかし、話してみればユーモアセンスがあるどこにでもいるような好青年だった。それに、、何よりも武道で鍛えた強い精神力を持っている。
『プログラム』に乗ったり、錯乱したりしていきなり襲いかかってくることはないだろう。
――それに、高川君の信じる人なら、私も信じられる。
 同じクラスになってから、裕雄には惹かれるものを感じていた。
 でも、もし結ばれたとしても最低でもどちらか1人は死ななければならない『プログラム』の中で告白する気にはなれなかった。
――それに高川君は……。
「次、男子10番高川裕雄」
 森嶋の声によって思考が打ち切られた。
 デイパックを受け取った裕雄、1度だけこちらへと振り向いてから出て行った。
 直正への合図だったのか、意図があったのか、少なくとも自分へのメッセージでなかったことは確かだ。
 それからの2分が、たったの2分がとても長く感じられた。
――校舎を出たところで高川君は千野君を待っているかもしれない。
 最後に一言だけ話がしたかった。
 絵里香からの提案に乗ったものの心の奥底には『プログラム』=「1人しか生き残れない」という方程式が「1+1=2」以上の強固さで植えつけられていた。「次、女子10番千田蘭」
 ついに出発の時を迎えた。
 大きく息を吸い込み立ち上がった。
 投げ出すようにして渡されたデイパックを方にかけ、裕雄が直正を待っていることを祈りながら、外へ急いだ。
 しかし、グランドで待っていたのは少々冷たい10月の夜風だけだった。
 目を凝らして辺りを見回すが人影はなかった。
 どうやら裕雄は、後から出てくる直正を待つのではなく先に出発した久慈孔明(男子7番)を追うことにしたようだ。
 同じく裕雄の前、4分前に出発した絵里香の姿もなかった。一足先に高校へと向かったようだ。
――仕方ないよね……、早く高校に行かないと。
 そう、感慨に浸っている暇はない。今は『プログラム』の最中なのだ。
『G3の高校』
 絵里香との約束はなんとしても守らなければならない。自分の気持ちなどニの次だ。
 1歩1歩グランドの土を踏みしめるように進んだ。
――もしも、高校に行くまでに誰かに会ってしまったらどうしよう。
 前触れなく不安が頭をかすめた。
 急に心臓の鼓動が早くなった。
 当然のことだが、注意すべき相手は前後の2人だけではなかったのだ。
 すでに、20人近い人間が出発していた。
 こうしている間にも誰かの命が奪われているかもしれなかった。
――とにかく、支給武器を確めないと。
 デイパックに手をかけるが、暗闇のせいでチャックの位置さえもよく分からなかった。
 こうなれば急いで高校に向かうしかなかった。
 校門を出ると左右に道がわかれていた。左は山陰へと続く上り坂、右は住宅街へと続く下り坂、迷うことなく右を選んだ。
 黒板に貼られた地図から考えると、高校までは数百メートルたらずの道のりとなるのはずだ。
 小走りに坂を下っていた。
――パッ!――突然、光に包まれた。
「誰!?」
 思わず口を開いてしまった。殺る気の相手と出会っていたなら、この時点で命はなかっただろう。
 幸いなことに反応もなければ返事もなかった。
 念のために近くの塀の蔭に入り、様子をうかがった。
 少し待ってみたが人の気配はなく、恐る恐る顔を出したが人影も見えなかった。
 どこかに身を隠れて自分を狙っているかもしれない。だが、それなら、自ら光を放つようなことをするだろうか。
 考え込んでいると、今度は急に光がなくなった。
――どうなってるの?
 様子を見ようと、左右に首を振った。
 すると、再び光が灯った。
 これで謎が解けた。相手の正体は、センサー付きの玄関灯だったのだ。
 夜道を歩いていると、やたらめった灯って驚かせてくれるヤツだ。
――でも、送電は止まっているはずなので、どうして?
 あとには送電が止まっているのに、どこから電気が来ているのかという疑問が残っていたが、電池式という実に単純な答えが導かれた。
 しかも、つまみの操作ひとつで懐中電灯に早がわりという便利グッズだ。
 ひょんなことからでじゃあるが、暗闇という不安から開放され、支給武器であるUZIピストルの装備も完了して今に至るわけだ。
 テレビショッピングで売っていても、サクラの主婦が「安〜ぃ」と言ったとしても、決して買う気にはならないだろう『懐中電灯機能つき電池式玄関灯』などという舌をかみそうな名前の商品に助けられている自分が、不思議に思えて仕方なかった。
 もっとも、命のかかったこの場面では「利用できる物は利用しろ」という考えこそが正義なのかもしれないが。

 坂を下り終えてから右に折れると学校らしき建物が目に入ってきた。
――ここのようね。
 本部中学校よりもふいと回り大きな建物、門を抜けて構内へと足を踏み入れる。
 到着すれば、すぐに再会できると思っていたのだが、人影はなかった。
――高校の中のどこかまで聞いておけば、よかったなぁ。
 ボヤキつつ校舎の壁に沿って歩く。
 すると、体育館の入り口あたりで数人の人影が動いているように見えた。
「蘭? それとも、遥?」
 暗くて表情までは分からないが、間違いなく絵里香の声だ。
「わたしよ、蘭よ!」
「よかった。遅いから心配してたのよ」
 駆け寄って来たのは、蘭よりも10分以上後に出発したはずの根岸美里(女子14番)だ。
 色々と道草している間に追い抜かれてしまったようだ。どうりで心配されるわけだ。
 体育館に近づくと、小野田麻由(女子3番)、小山田寛子(女子4番)、加藤妙子(女子5番)、白井由(女子7番)の姿もある。
「ゴメン、でも、遅れた代わりにいい物見つけてきたのよ」
 例の玄関灯を差し出した。
「いいじゃない。明かりがなくて困っていたのよ」
「役に立てて良かったよ」
 少々自慢気に答え続ける。
「ところで、これからどうするの?」
「とりあえず、遥と初江を待ちましょう。それからのことはまだ決めてないけど、明るくなるまではここにいつもりよ」
「そっか。うん、わかったわ」
 うなずきながら、感心していた。
『プログラム』の中にも関わらず絵里香は、8人もの人間を集めてしまったのだ。
 とても、自分には真似出来ない。
――絵里香なら、『プログラム』から逃げ出す方法を見つけてくれるかもしれない。
 期待が膨らんでいく。

 できることなら、その時はみんなで、もちろんあの人も一緒に。
 少女は夜空の星に願いをかけた。


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