BRR(BATTLE ROYALE REQUIEM)
第2部
〜 真実の神戸 〜
6 「カケガエノナイモノ」
「私の支給武器って、これなのかな?」
小村典佳(女子6番)はデイパックの中から一通の封筒を取り出した。
「もう何も入ってないんだよな」
前田利次(男子18番)が、修学旅行の夜の必須アイテム『懐中電灯』を手に典佳のデイパックを覗き込む。
くまなく探すが、他には地図や時計などが入っているだけだ。
「まったく、封筒が武器で、どうやって戦うんだよ!!」
思いっきり地面を蹴る。
「イタイ、なにするのよ!」
隣に座っていた井上あんり(女子2番)に睨みつけられた。どうやら、小石か何かが飛んでしまったようだ。
「あぁ。悪りぃ、悪りぃ」
「あんたねぇ、本当に悪かったって思ってる。もう、髪の間に入っちゃったじゃない」
女の子にしてはかなり短めの髪を整える。
「いやさぁ、そこまでは飛んでないだろう。まぁ、いいや。それより、お前の支給武器は何だよ?」
「これよ」
あんりは拳銃――ベレッタ タクティカル エリートを持ち上げてみせた。
「拳銃、かよ」
いつもなら素っ気ない答え方に文句の1つでも言ってやるところなのだが、初めて見る拳銃に目を奪われる。
「怖いの?」
「そんなことないよ」
声が少しうわずる。
「それにしても、この封筒は何なんだ?」
話をそらそうと、例の封筒へと視線を戻す。
「開けて、みよっか?」
恐る恐るといった感じで封筒の口にハサミをあてる典佳。
「危なくないかな。中身は毒薬の粉とか」
いきなり自分たちをさらうような連中だ。それくらいのことは、やりかねない。
「それはないと思うよ。だって『プログラム』の私たちを戦わせるためのものでしょう。こんなことで参加者を殺すなんて無駄以外の何物でもないわ」
あんりは賛成、提案者の典佳も当然賛成に含まれるので、2対1だ。多数決よろしく封筒の口にハサミが入れられた。
もともと薄っぺらい封筒なので強力な武器が入っていると期待していたわけではないが、さすがに頭を抱えた。
中に入っていたのは紙切れが1枚だけだったのだ。
――確かに、危険はなかったけど、余計に意味がわからなくなったな。
首を傾げる。
「武器はないってことなんじゃないの。ほら、武器はランダムって言ってし、スカもあるって意味だったのよ」
典佳の言うとおりだとしたら、かなり酷い話だ。
「そういうことかよ。ナメあがって!!」
本部の方向――今は、F4のスポーツ公園にいるので、G4の本部は南の方角だ――を睨む。
「でも、あたしの拳銃は当たり武器だし、1つハズれでも、クジ運はよかったってことになるんじゃないの」
あんりは冷静だ。
確かにそうかもしれないが、『プログラム』における銃器の希少性がわからないので何とも言えない。
「なぇ、ここを見て」
典佳が何かに気づいたようだ・
「何か書いてあるよ」
紙切れを懐中電灯で照らす。
『2389205 → 13138914572114』
数字の羅列だ。意味があるとは思えない。
――クソッ、おちょくりあがって!
破り捨てようと手を伸ばす。
「待ちなさいよ!」
あんりに腕を掴まれた。
「アンタねぇ、意味もなくこんな物が入っているわけないでしょう。単純なんだから」
ため息をつき、続ける。
「だから、これが支給武器ってことなら、この数字が暗号ってことよ」
――暗号か。
まだ、ブツブツ言っているあんりを無視して、暗号へと視線を落とす。
「二百三十八万九千二百五 → 十三兆千三百八十九億千四百五十七万二千百十四」
――これって、まさか!?
「でも割り算だとしたら、暗号は無理だな。そもそも、13兆っていくらだよ」
「ウチの国の国家予算が64兆円ってところだから、その5分の1だわ」
典佳はまるで社会の先生だ。
「国家予算!? 社会は苦手だなぁ」
小枝を持って地面に向かう。
「何してるの?」
不思議そうに手元を覗いてくる典佳。
「とりあえず、割り算してみようかと思って」
「すごいよ」
ちなみに、この桁数の暗算はできないが数学は得意だ。
「2人とも、絶対に間違ってるわよ、それ」
1人、呆れ顔のあんりだ。
「見てろ、絶対に解いてやるからな」
1分後。
「こんなの電卓なしじゃ無理だよ。そもそも、割り切れなさそうな雰囲気だし」
小枝を投げ捨てる。
「だから、割り算すること自体が間違っているのよ。それに、そんな枝で地面に式を書いたって解けるわけないじゃない」
「そんなことないよ。ピタゴラスだって、アリストテレスだって、紙のなかった時代の学者たちはこうやって問題を解いていたんだ。俺にだってできる」
「でも、今はできなかったのよね」
典佳が呟く。いつもは優しい彼女なのだが、こういう時に限って痛いツッコミを入れてくれる。
「典佳の言うとおりよ。ピタゴラスやアリストテレスの半分もIQのなさそうなアンタには一生無理」
たたみかけてくるあんり。
「うるさいな!! そこまで言ってくれるんなら、お前は解けるのかよ、この暗号」
「そ、それは……」
口ごもるあんり。
今までの歯切れのよさは影をひそめる。
「人のことばっかり言ってくれて、お前は出来ないのかよ!!」
良くないとわかりつつ、声を荒げてしまう。いつものパターンとはいえ、我ながら困ったことだと思う。
「まったく、騒々しいなぁ。やる気になってる奴に居場所がバレたら。どうするんだ」
背後からの声。
振り向くと皆田恭一(男子19番)が、苦笑い浮かべていた。
整った顔に、茶髪がかった髪、モデル並のルックスの上、バスケット部キャプテンにしてのレギュラーセンターを務める塩見一中ナンバー1の美少年だ。
今いる3人と湯浅波江(女子21番)をここに集めたのも恭一だ。
「恭一」
「皆田君」
あんりと同時に彼の名を呼ぶ。
「おい、ハモルなよ」
「私だって、別にハモリたかったわけじゃないわ」
先ほどに続いていつものパターンの口ゲンカ。
「いつも通りで安心したぜ。『プログラム』の最中にこんな光景が見られるとはな。小村さんも、この2人と一緒で疲れたんじゃないのかい?」
ニヤッと笑う恭一。
「うんうん、私1人だったら怖くて冷静ではいられなかったよ」
そう言いつつも、3人の時よりも明らかに元気そうな口調の典佳だ。
「そうか。たまには、本音を言うのも悪くないもんだぜ。素直に暑苦しいってな」
「どういう意味よ」
「そうだな、愛の力ってところだな」
「えっ! あたしは、そんなこと思ってないよ……愛だなんて、そんな」
慌てふためくあんりだが、こちらにはまったく心当たりがない。
「恭一、愛の力ってどういうことだよ? あいつは、どうしてあんなに慌ててるんだ」
「いや〜、まぁ、それはさておき、何であんなにもめてたんだ、お前ら?」
苦笑いモード全開の恭一だ。
「それは、これのせいなの」
例の紙切れを差し出す典佳。
「それにしても、利次のヤツは勘が悪いなぁ」
恭一は典佳にだけ呟いたつもりなのかもしれないが、しっかりと聞こえている。
「でも、勘が良かったら、それは前田君じゃないわ」
「それも、そうだな」
酷い言われ様だ。
――いくらんなでも、もう少し言い方があるだろう。
などと考えているうちに恭一は数字の羅列を読み解いていく。
「よし、湯浅さんが来たらすぐに出発だ」
「わかったのか!?」
身を乗り出す。
「まぁな、それより、利次の支給武器はなんだったんだ? オレのは、これ、9mm拳銃ってやつだ」
恭一のズボンのポケットから拳銃が半分だけはみ出していた。
――えぇっと、俺の支給武器は、
答えようとして気づく、
――しまった。まだ、確認してなかった。
慌ててデイパックに手を伸ばす。
「つくづく抜けてるな……お前ってヤツは。まぁ、利次が完璧な人間だったら、こうして、俺たちが一緒にいることもないだろうけどな」
「それは、悪かったな」
言葉とは裏腹に笑顔で向き合う。
死と隣り合わせの今、こんな他愛のない会話も、かけがえのない物に感じられた。
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