BRR(BATTLE ROYALE REQUIEM)
第2部
〜 真実の神戸 〜
7 「最強と最優」
――なな、早く来て……。
津久井藍(女子12番)は本部である中学校の体育館裏で親友の桃井なな(女子19番)を待っていた。
『プログラム』に選ばれてしまったことは人生最大の不幸だけれども、ななと隣同士になれたのはせめてもの幸いだった。
さっそく落ち合う場所について話し合った。
先に出発することにあった藍からすると、安心できる場所に隠れて待ちたいというのが本音だった。
だが、ななに言わせれば、隠れたいと思うのは多くの人に共通することなので、同じ場所に人が集まってしまうかもしれない。こんな状況では、信用できない人と出会うリスクは避けるべきだというのだ。
そんなわけで、昇降口からわずか数十メートルのこの場所での集合となったのだ。
最後の1人が出発から20分で禁止エリアになる場所に近づく人なんていないというよみもあった。
だが、正直なところ不安でいっぱいだった。
――ななは来るだけだからいいけど、わたしは真っ暗な中で待ってないといけないのよ。待っている間に襲われたらどうするのよ。
ため息をつく。
――これじゃぁ、委員長失格かな……。
委員長といえば、強いリーダーシップを持ち、人を納得させる発言力があり、人望も厚い、そんなイメージだろう。
しかし、その中の何1つ持ち合わせてはいない。
クラス内のリーダーシップは、1学期委員委員長の龍野奈歩(女子11番)や3学期委員長当確と言われている瀬川絵里香(女子9番)には遠く及ばない。
といっても、絵里香が委員長をつとめるはずだった3学期は、もう訪れない――とうしようもなく悲しいことだけど。
それはさて置き、発言力や人望もおっとりタイプの彼女には無縁の言葉だ。
そんな彼女が、委員長に選ばれたのには、ちょっとした事情がある。
2学期のクラス委員長は自動的に生徒会役員になり、文化祭の運営に携わることになっているのだ。
クラスよりも学校全体を優先しなくてはならない役職に、クラスの中心である奈歩や絵里香が就くことは考えられなかった。
そこでクラス内で、これといった影響力を持たず、しかも、コツコツと自分の役割をこなすことの出来る彼女に白羽の矢が立ったというわけだ。
男子委員長の半田彰(男子15番)のほうは適任かどうかは怪しいが、このような面倒くさい役割への唯一の立候補者ということで、彼が委員長になることに反対する者はいなかった。
1人でいることが多く――わたしも、ななと2人きりばかりだけど……――クラスメイトの輪に入ろうとしない彼なので、クラスメイトと一緒に準備をしたくなかったのだろうか。
この『プログラム』の中でも、いつものように1人で過ごすつもりなのだろうか。
出発前、いつも以上に他人を寄せ付けないオーラを放っていた。
それに、あの一言。
「ところで、この『プログラム』はいつから始まるんですか?」
あれでは「僕は『プログラム』に乗ります」と宣言したようなものだ。
――そんなつもりないクセに。ホントは、その逆、みんなと集めて脱出したって思っているんでしょう。どこまで不器用なの。
多くのクラスメイトは「彰はゲームに乗る」と確信しているに違いない。
でも、それは誤解だ。
最初は、半田彰という少年とどのように関わっていけばよいのか分からなかった。けれども、一緒に活動をしているうちに気づいたのだ。
彼の中にある優しさや温かさに。
――半田くんが心を開いてくれたら、もっと仲良くなれるのに……。
今の正直な気持ちだ。といっても、それは恋愛感情とは異質なものだ――と思う。
こんな自分たちではあるが、3年4組の2学期委員長なのだ。
選出理由はどうあれ、こんな時こそリーダーシップをとらなければならないのだ。
「1人でいる半田君には、ななと2人のぶん、負けてないけどね」
拗ねた子供のように呟いた。
それが「藍の愛らしいところだ」と言てっくれる人もいる。
しかし、そんな自分があまり好きではなかった。
「あの返事出来なくて、ゴメンね」
頭の中にある光景が浮かぶ。
1週間前のことだ。
ここと瓜二つの場所、塩見一中の体育館裏。
幼なじみの中村達夫(3年3組男子13番)は、いつものおどけた感じとは打って変わった真剣な表情で言った。
「すっと好きだった。俺と付き合って欲しい」
答えられなかった。
告白されたことはうれしかった。
でも、答えられなかったのだ。
受け入れても、断っても、今までの幼なじみという関係が壊れてしまう。
テレビドラマでありがちなシーンも、当事者になると想像以上に辛いものだった。
そんなわたしに彼はいつもの笑顔で続けた。
「いいよ、別に。どうせ、家はすぐそこなわけだし、今の俺たちの学力なら高校も同じだろうしな。待ってるよ、例えNOでも構わないから、返事をくれる日まで」
10月の風が、セミロングの髪を揺らしていた。
――私がもう少し強い子なら……。
事情を知った3つ下の妹に言われた「お姉ちゃん、はっきりしないと愛想つかされちゃうよ」という言葉が胸に突き刺さる。
ため息も出なかった。
「藍、待った?」
聞きなれた声が心を明るくしてくれる。
「なな! もう、遅いよ!」
駆け寄っていく。
「でも、よかった。一緒になれて。私1人じゃぁ!」
思わず、歓喜の声を上げてしまう。
だが、ななの顔はさえない。
「ねぇ、もう少し静かにしてくれない」
――えっ!?
予期せぬ言葉に硬直させられた。
「そんなに大声出したら、見つかっちゃうかもしれないでしょう」
ななは、ずっと冷静だ。
「あっ、ゴメン……」
感情がすぐに表情に出てしまう。
今も母親に叱られた後の幼い子供のような顔をしていることだろう。
「ところで、デイパックの中身はもう確認したの?」
デイパックのファスナーに手をかけるなな。
こころなしか、それは自分のものよりも、一回り大きく見えた。
「まだだけど。ななのとわたしのって、大きさが違うよね?」
「たぶん、中身が違うのよ」
言われてみれば、他にも色々な大きさや形のデイパックが配られていた気がする。
ななと同じようにデイパックの中身をさぐる。
そして、手に触れたのは、
「わたしの支給武器はこれみたい」
拳銃――ルガー ブラックフォークだった。
「これって、銃、だよね」
声がふるえていた。
果たして、こんな物を持っていて良いのだろうか。
「ねぇ、わたしには扱えそうもないから、ななが持っていてくれないかな」
進んで使ってもらおうということではないが、こういう物はななの方が似合う気がする。
「そうかもしれないわね。でも、こっちの方が銃以上に使い手を選びそうだわ」
ななが手にしているのは、鉄の鎖の塊のような物だ。
「それって?」
「鎖鎌っていうの。このクラスでちゃんと扱えるのは私だけよ」
左手で柄を持ち、右手で鎖の部分をクルクルと回してみせた。鎖の先には鋭利な刃がついている。
あれで斬られたり、鎖の部分で殴られたりしたらひとたまりもないだろう。
「どうやら、藍が銃を持ったほうがよさそうね」
銃は勇気を出せば撃つことができるかもしれないが、鎖鎌はどうあがいても使えそうにない。
「わかったよ。ところで、これからどうしよっか?」
「そうね。とりあえずは、2人で生きられるだけ生きてみるってところね。藍は?」
「わたしは、できれば仲間を集めたい。やる気になってない人が集まればもしかしたら……それにわたしは一応は委員長だから」
「ダメ、無理よ」
引きつった表情のななに言葉を遮られる。
――どうして……。
反対されるなどとは夢にも思っていなかった。
「どうしてよ、2人だけよりは、そっちのほうが!」
「だから、ダメなのよ。私は、クラス1優しいと思われている藍とは違うのよ!」
――わたしとは、違う?
再び鎖鎌を手にしたななは、ひとしきり回転させて勢いをつけた。
そして、投げる。
壁際に置いてあった植木鉢が砕けた。
「武道をやってる私は、その気になれば優勝も狙えると思われてるわ。この前、半田くんに言われたの『校内最強の女』だって、この状況で私を信じてくれる人なんて、ほとんどいないわ。今、私が無条件で一緒にいられるのは藍くらいなのよ」
確かにななの言うとおりかもしれない。
「でも、それじゃぁ!」
「わかってるわ。私が言っているのは、自分たちから声をかけるのはやめようってことよ。私がいることを承知で仲間に誘ってくれる人がいて、その人が信用のおける人なら仲間になっても構わないわ」
普段はあまり表情を変えないななだが、今はとても悲しそうな顔をしている。
――なな……。
かける言葉が見つからない。
少しの間の沈黙。
「とりあえず、ここを離れてどこか安全な場所を探しましょう」
デイパックを担ぎ上げたななは、いつもの表情に戻っていた。
「行くわよ。ここはもうすぐ禁止エリアになるわ」
返事を待つこともなく歩き出してしまう。
「あっ、もう、待ってよ」
慌てて後を追う。
『最強』と『最優』。2人の少女の『プログラム』が始まった。
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