BRR(BATTLE ROYALE REQUIEM)
第2部
〜 真実の神戸 〜
8 「ファンタジスタ」
――みんなどこにいるんだ?
池田元(男子2番)は、『H7』の茂みの中を移動していた。
1番最初に出発して元は、野村将(男子14番)から渡された紙の指示どおりにここまでやって来たのだ。
――今にしてみれば、1番はラッキーだったな。
「男子2番池田元」
森嶋に自分の名前を読みあげられたとき、大きな恐怖に襲われた。
当然、『プログラム』の対象クラスに選ばれたのだ。覚悟など決まっているはずもかった。
しかも、外は真夜中だ。
自分には千野直正(男子11番)のような武術の心得もなければ、皆田恭一(男子19番)のような発想力もない。
せめて、弓道部の部活動で使い慣れている弓でもあたれば別だが、武器はランダムだ。手に入る可能性は0と言ってよかった。
将から集合場所を示す紙を受け取ったものの、うまく合流する自信などなかった。
教壇へと歩み寄るときも、自分でも信じられないくらいに体が重くてうまく動けなかった。
しかし、デイパックを受け取ったところで気づいたのだ。
恐れる必要などまったくないということに。
1番に出発するということは、外には誰もいないということだ。
待伏せされることもなければ、移動中に襲われることもないのだ。
気づいてしまえば、こっちのものだ。
俄然余裕が生まれた。
教室を出る前に、『待ってるぞ』と荷物を持ち上げることで合図を送り、悠々とここまでやって来たのだ。
だが、その後が問題だった。
紙に『H7』としか書いてなかったために、エリア内を捜しまわるはめになったのだ。
しかも、やる気になっている人に見つかるわけにはいかないので、ハデに動くこともできなかった。
そんなわけで、ここに着いてから約1時間、捜索作業ははかどっていない。
――マズイな。半田にでも出会っちまったら、どうしようもないぜ。
教室内での言動から半田彰(男子15番)は間違いなく『プログラム』に乗ると確信していた。
支給武器によっては――元があたりで、彰がハズレならば、勝つことも可能だったかもしれない。
だが、デイパックの中には武器らしいものは入っていなかった。
代わりに入っていたのは、金属製の四角い物体だった。
使い方によれば、何かとんでもない効力を示すのかもしれない。
しかし、暗闇のせいで詳細を知ることはできなかった。
――とにかく、将たちを早く見つけないと。
物音を立てないように、ゆっくりと身を起こす。と、
――誰かいる!
さっと身を伏せる。
が、相手はこちらへと近づいてくる。
――これまで、なのか……。
もう目と鼻の先に迫っていた。
「誰だ!」
――この声!?
安堵の表情を浮かべた。
「勇矢、俺だ。元だ!」
「元! よかった、無事で」
目の前の草をかき分けて、声の主が顔を出す。
北沢勇矢(男子6番)。野村グループのサブリーダーにしてサッカー部副キャプテン、全国大会では準優勝チームからは異例のMVPに選出された男だ。
身長168cmとサッカー選手としては決して大きくはない体格ながらも、その体にはとてつもないパワーが秘められている。そのプレースタイルはまさに大東亜共和国サッカー界の未来を背負うファンタジスタだ。
野村将に対抗できる運動神経を持つ校内で唯一の男だ。
「ところで、勇矢は1人?」
「あぁ、1人だよ。将たちはどこにいるんだろうな?」
残念ながら彼も、誰かと出会う機会には恵まれなかったようだ。
「こっちに来てから、ずっと捜しているんだけど、中々動きがとれなくてさ」
「そうだな、無闇に動き回るのは危険だからな。ところで、展望台には行ったか?」
「展望台? そんなものがあるんだ。真っ暗で地図が見れなくてさ」
勇矢はポケットの中からペンライトを取り出すと、地図を照らしてみせた。
「この『H7』エリアの中で目立つ建物は展望台だけみたいだぜ」
「そっか、じゃぁ、展望台に行こう」
「あぁ、こっちだ」
勇矢の後について進むが、前方には暗闇が広がっているだけだ。
「本当に、こっちでいいのか?」
「間違いないはずだ。ほら、今、俺たちがいるのはここで、展望台がここだ」
コンパスと地図を使って説明する勇矢、最後に
「早く将たちと合流して、森嶋たちをぶっ潰してやろうぜ」
と付け加えた。
「あぁ、そうだな」
もちろん異存などない。
そこにいるはずの将や金村良和(男子4番)、中里大作(男子13番)、それに藤枝善也(男子16番)と合流し、森嶋たちを潰してやるのだ。
勇矢に続いて、山の中を数十メートル進んだ。
すると、前方に建物らしい影が浮き出るように現れた。
「あれみたいだな」
――やっと、みんなに会える。
勇矢が言うか言わないかのタイミングで走りだしていた。
軽い上り坂を登って行くと、建物の外壁が序々に鮮明に見えてくる。
その概観はまさしく展望台だ。
「あんまり無茶するなよ。会う人間がみんな味方だとは限らないんだからな」
勇矢が追いかけてきた。
「まぁ、そう言わない。大丈夫だったんだから、結果オーライだよ」
忠告を笑い飛ばす元。
「勇矢に元か、遅かったな」
落ち着いた低い声が聞こえた。
「そっちは何人?」
声の主、野村将に問いかける。
「残念ながら1人だ。今、そっちに行く」
1メートル近い高さの手すりを軽く飛び越えると、小走りにこちらへと向ってくる。
身長175cm、78kgのがっちりとした体格からは想像出来ないほどの機敏な動きだ。
帰宅部の将だが、その運動能力からしてどの部に入ったとしてもレギュラー確実だろう。
そして、また、もしもサッカー部に入っていたなら準優勝に終わった全国大会でも間違いなく優勝していたことだろう。
「もう支給武器は確認したか?」
階段をゆっくりと下りながら、将が言った。
「俺のは、これみたいなんだけど、使い道が分からなくてさ」
デイパックから例の直方体を取り出す。
「なるほど、それで勇矢は?」
受け取った箱を見つめていた将が勇矢へと視線を移す。。
「俺の方は武器らしいものは入っていなかったんだ。どうも、ハズレだったらしいぜ。そっちは?」
「俺のはこれだ」
肩にかけていたベルトとつながっているらしい角ばった箱を体の前方へと向ける将
「コルト9mmSMG(Sub Machine Gun)だ」
すっと持ち上げられていく銃口。
その動きに目を奪われる俺とは対照的に勇矢の反応は早かった。
全国大会の準決勝、相手チームの勝ち越しゴールになるはずだったシュートをブロックした時を思い出させるような素早い反応で将の手を蹴り上げる。
『パラッ、パララララ……』
あさっての方向を向いた銃口から、9mmパラベラム弾が勢いよく撃ち出された。
体勢を立て直そうとする将だが、それよりも先に勇矢の2発目のキックに襲われる。
将に比べれば細い体に見える勇矢だが、キック力はかなりのものだ。地区予選の決勝では、ペナルティーライン付近から放った強烈なシュートがキーパーの手を弾き飛ばすようにしてゴールネットに突き刺さった。このパワーの前には、さすがの将もSMGの所有権を手放さざるを得ない。
だが、将もこれで終わるような男ではない。SMGを持っていたのとは反対の手で、胸ポケットから拳銃を取り出した。
「勇矢の武器はハズレだったらしいが、俺のは特別付録付でな。こっちはS&WM39だ」
不適な笑みを浮かべながら、狙いを定める。
だが、今度も勇矢のほうが早い。
左ハイキックが拳銃を蹴り飛ばし、流れるように放った右ローキックが将の足を払う。
更に体当たり。
将が地面に叩きつけられる。
その光景はスクリーンの中の出来事のように非現実的に感じられた。
「走れ!」
それを現実に引き戻すように勇矢が叫んだ。
――信じたくないことだが、将は『プログラム』に乗ってしまったのだ。となれば、これほどの強敵はいない。しかも、将の武器は2丁の銃だ。今は、逃げるしか手がない。
全力で展望台から離れる。、
10メートル、20メートル……。
「おい、元と勇矢だろ。そんなに慌てて、どうしたんだ」
「理由は後だ。死にたくないなら、一緒に来い」
勇矢が声の主――藤枝善也(男子16番)の腕を強引に引っ張る。
「どうしたって言うんだよ」
「バカッ! さっきの銃声が聞こえなかったのか!」
戸惑う善也だったが、
『パラララララ……』
勇矢の声に続くように響いたあの小気味良い音ですべてを悟ったらしい。
「もう言わなくても分かるだろ」
「あぁ」
3人一緒に全速力で山を下る。
その途中で「この場に現れなかった金村良和(男子4番)と中里大作(男子13番)はこうなることを予感していたのだろうか?」という疑問が頭をかすめたが、考えている余裕はなかった。
裏切りの銃声が『プログラム』の開始を告げた。
<残り42人>