BRR(BATTLE ROYALE REQUIEM)
第2部
〜 真実の神戸 〜


 

プロローグ 「負の感情を抱きし者」

「いいかぁ〜。ここはポイントだぞぉ。覚えとけぇ〜」
 長髪の、そして、その髪と同じくらい語尾を伸ばす話し方が悪い意味で生徒たちに親しまれている国語教師、坂持金発(山口県塩見市立塩見第1中学校3年4組副担任)はニヤニヤしながら言った。
 坂持のことを少々、憂鬱そうな顔で見ていた生徒たちの表情が変わる。
 チャイムまでは2〜3分を残しているが、ポイント説明で授業を締めくくるのが坂持のスタイルだからだ。
――やっと、終わった。
 口には出さないまでも、多くの者はそう思っているのだろう。
――自分たちのクラスは、なんと運がないのだろうか?
 クラス発表を見た後のほとんどのクラスメイトの感想だろう。
 何と言っても、学校内の不人気教師トップ2が正副担任だっただから。
 今、自分たちの目の前にいる一般的に考えれば、ふざけた名前と口調の副担任。
 更には、彼よりも酷いと言われている担任の湊崇志。彼は、顧問をしている野球部の部員に嫌がらせや虐待を繰り返していると聞く。それにくじけて、あるいは反発して野球を捨てた者も多い。 多くの者からすれば、最悪の2人と言って過言ではないだろう。
――まぁ、俺には関係のないことだ。
 教室の左前角の席に座る少年、半田彰(男子15番)は、心の中で呟いた。
 正直なところ、彼は2人について、何とも思っていなかった。多くの者ように、見た目への嫌悪感だけで人を嫌いになりはしなかったし、元野球部員の者のような被害を受けたこともなかったからだ。
 それに、仮にそう思ったとしても、クラスメイトたちのように振舞うことは意味のないことだ。いくら陰口を叩こうと、何をしようと担任が交代することはないのだ。
 もっとも、クラス発表をみてため息をついていたクラスメイトたちも、彰も半年後に坂持が政府の高級官僚に取立てられ『プログラム』担当官という憎まれるべき役職に就くことなど知る由もなかった。同様に、1年後には湊が野球部員の保護者からの抗議で山口県を追われ、香川県で再就職し、そこでも同じ過ちを繰り返すことも、そして、更に、5年後に香川県で行われた『プログラム』の管理に当たっていた坂持が、彼らの5つ上の先輩で専守防衛軍に入隊していた加藤たちとともに命を落とすことなど、考えも及ばなかった――当然のことながら。
「は〜い、今日の授業はここまでぇ〜。ちゃんと、復習するんだぞぉ」
 続いて女子委員長の津久井藍(女子12番)が号令をかける。
「きおつけ、礼」
「ありがとうございました」
 ほぼ同時にチャイムが鳴る。
「よっしゃ、帰ろうか!」
 放課後を迎えた直後、高川裕雄(男子10番)が友人2人の呼びかけた。
「おう!」
 千野直正(男子11番)が応じる。
「おい、そんなに急いで荷物、ちゃんと持ったのか」
 早くも教室を出ようとしている2人の後に、久慈孔明(男子7番)も続く。
「大丈夫だよ」
 175cmを越える長身の直正と孔明に対して、裕雄は165cmそこそこ、その後姿が2人の兄と年の離れた弟のように見えた。
――それにしても、この3人はどのようにして出会ったんだろう。
 考えれば考えるほど分からない。
 野球部の裕雄、武術研究会の直正、それに、PC研究会の孔明、何の共通点もないように思える。だが、なぜかとても仲がいい。その理由が少し気になっていた。ただ、3年生になって彼らと初めて同じクラスになった自分には知る由もないことであるし、詮索すべきことでもないと分かっていた。そもそも、彰にとってそれを知ることは、ムダ知識が1つ増える程度の意味しかなかった。いのだが、少し気になっている。
 それをもう1つ、孔明の体調も気になるところだ。何でも、生まれつき極度の血行障害があるという話で、体育の授業や遠足などを見学することが多いの――ちなみに、遠足の時は先生の車で移動していた。
 それは、体育好きからは「かわいそう」と同情され、体育嫌いからは「ずるい」と非難されているのだが、真相を知る者はいなかった。
「ねぇ、高川くんたちは?」
 彼らと入れ替わりに、女子委員長の津久井藍が戻って来た。
 どこかと教室を急いで往復して来たのだろう。息を切らせている。
「千野くんたちなら、もう帰ったわ」
 藍の親友である桃井なな(女子19番)が素っ気なく答えた。初対面の相手に同じ答え方をすれば嫌われそうなほど無愛想な答え方だったが、2人の仲なら問題ないのだろう。
 少しの間、困り顔で教室の出口を眺めていた藍だったが、黒板に向かい何かを書きはじめた。
『文化祭のステージプログラムが決まりました。見て下さい(特に、出演予定の人はお願いします)』
 横には、スケジュールが印刷されたプリントが添えられている。
 それを見て、裕雄たち3人がステージ発表でコントをすることを思い出した。
 役目を終えた藍は、ななに手を振ると、再び教室を後にする。
 その後から、園芸部の下田要一(男子8番)、英語研究会の吉岡治(男子20番)、化学部の渡会博(男子21番)の3人も教室を出て行く。運動神経ゼロの要一、部室に篭り洋画を見続ける治、理科室で実験を繰り返す博、これに帰宅部で葬儀屋の息子である富川幸和(男子12番)を入れた4人は、一部の女子から『根暗カルテット』と意味悪がられていた――もっとも、彰から言わせてもらえば、そういうことを言うヤツに方がどうかしていると思う。2人の担任の件同様、自分には関係ないことだが、意見を求められればそう答えるだろう。
 半月後にせまった文化祭の準備で、文化部の部員は忙しいようだ。特に、例年と違い文化祭前に修学旅行が入ることで、更に準備が大変になっている――ちなみに行き先は、ありがちなパターンの1つである京都・奈良・大阪だ。
 映画研究会の安東初江(女子1番)や演劇部の小山田寛子(女子4番)、手芸部の加藤妙子(女子5番)らも後を追うように教室を後にした。
 こうして、教室には運動部――すでに、引退しているので正確には元運動部だ――や帰宅部の生徒が残った。
 文化部の生徒はは自分たちの部室で、コントをする裕雄たちは誰かの自宅で準備を進めるのだろう。
「ねぇ、奈歩。クレープなんてどうかな?」
「そうね。私は、フリーマーケットなんてどうかと思うけど」
 教室の真ん中あたりではクリケット部の龍野奈歩(女子11番)、馬術部の函館もみじ(女子16番)、水球部の山北加奈(女子20番)という模擬店担当の3人がメニューを考えている。この3人はクラスの女子の中では数少ない屋外のスポーツのプレーヤーということもあって仲がいい。
 その向こう側では、バスケット部の井上あんり(女子2番)やバレー部の前田利次(男子18番)たち、屋内スポーツのプレーヤーグループも話し合いをしている。輪の中心には、彼らのリーダーでバスケット部元キャプテンの皆田恭一(男子19番)がいた。彼らは、クラス展示の担当だ。
 教室の後ろのほうに目を向けると、安達隆一(男子1番)、香川圭(男子4番)、真中真美子(女子18番)の陸上部トリオがクラス旗を作っている。
 その隣では、サッカー部のファンタジスタで全国大会MVP男の北沢勇矢(男子6番)や水泳部の藤枝善也(男子16番)、帰宅部ながらも中々の運動神経を誇る金村良和(男子5番)、そして、同じく帰宅部ながらも文武両道において校内トップクラスを誇る野村将(男子14番)たちがステージ発表するダンスの練習をしている。
 そして、教室の1番隅っこでは、テニス部の小川正登(男子3番)とミュージカル研究会の東野みなみ(女子17番)のクラス公認カップルも何やら作業をしている。ミュージカル研究会も準備も忙しいはずだが、おそらく他の部員たちが気を利かせてくれているのだろう。

 そんなクラスメイトたちから視線をいそらすと、ガラス戸を開けてベランダへと出る。
 親子2代にわたって通う生徒も少ないない古い校舎だが、文化祭に向けて活気に包まれている生徒の姿と重なったそれは、とても価値のある建物に感じられた。
 瀬戸内海から吹き上げてくる10月の風が、髪と制服を揺らす。
 彰は笑った、正確には嗤った。
 いつも抱いている負の感情というやつに秋風が拍車をかけたからだ。
 彼はこうして1人でいることが多い。
 友だたがいないわけではない。同じ学年の男子ならほとんどと会話することが出来る。多くの人よりも広い人脈を持っている自信がある。
 しかし、その代償とでも言える問題を抱えていた。友だちは多いのだが、親友がと呼べる人がいないのだ。そのためか、このような行事の時、グループを作りなさいと言われると、あぶれてしまうことが多い。
 あぶれなかったとしても、そのグループにいることが、しっくりこないのだ。
 帰宅部なのも、そのためだ。
 そんなこともあって、彼の心はいつも満たされない物を感じていた。
 そして、時々、自分の存在が分からなくなるのだ。
――ふぅ〜……。と、彰はため息をつく。
 背後に気配を感じた彼は、思考を中断した。
「半田くん、前夜祭のプログラムを決める会議があるから生徒会室に集合だそうよ。藍はもう行ったわよ」
 振り返るまでもなく、それが、桃井ななのものだと分かった。
 クラス委員長の仕事も、クラス委員が自動的に加入する生徒会役員の仕事も、親友の藍に任せ切りの彰にしびれを切らせたようだった。
 ちなみに、藍とななも帰宅部で、ななは市内の道場で武術を学んでいる。彰には、関係ないことだが。
「わかった。すぐに行くよ」
 自分の心を落ち着かせるように、手をぽんぽんと叩く。
 しかし、生徒会室へと向かおうとした彼に対して、なながかけた言葉が感情を爆発させてしまう。
「それにしても、毎日、大変ね。まぁ、藍と違って半田くんの場合は好きでやってるんだから関係ないわね」
「……」
 何も答えない彼、そして、
――パチッ、という音が響く。
 振り向きざまに放った右ストレート。ななが左の手の平で受け止めた音だった。クラスメイトたちの視線が集まる。
「何するのよ!」
 ななが叫ぶ。彰は、無表情で言い返す。
「さっきの質問への回答だよ。行動で示したほうが伝わると思ってね」
「何よ、それ! そんな理由で女に手を上げるの?!」
 怒りに満ちた表情のななをからかうように彰が言った。
「女……? 桃井さんじゃなかったらこんなことはしないよ」
「どういう意味よ!」
「桃井さんなら、こんな非力な男のパンチなんて痛くもかゆくもないはずだよ。だからだよ。流石は、校内最強の女だね」
「何が言いたいのよ!」
「いや、別に……」
 真っ赤になっているななに対して、終始無表情の彰。だが、ここで少しだけ表情が変わった。それは、周りで見ているクラスメイトたちには分からないくらいの小さなレベルだった。
 ただ、彰は顔の筋肉の緩みに気づいていた。そして、武術で鍛えたするどい洞察力を持つななには分かってしまったのではないかと恐れていた。
「悪いけど会議、遅れるわけにはいかないから」
 冷たく言い放つと教室を後にした。

 そのことは、彰にとって敗北を意味していた。

                         


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