BRR(BATTLE ROYALE REQUIEM)
第2部
〜 真実の神戸 〜


 

25 「不思議な気持ち」

 G9エリア、茂みの中。
 桃井なな(女子19番)は、物思いにふけっていた。
 半田彰(男子15番)の態度、言葉、服についていた血痕、すべてが分からなかった。
 あの日、彼にかけられた言葉。
――「さすが、校内最強の女だね」
 彼は続けた。
 こんな非力な自分では、ななには勝てないと。
 ストリートファイトなら、その通りだろう。
 だが、この『プログラム』の中となれば、話は別だった。
 背後をがら空きにしていた彼、甘い奴だと、口ほどにもない奴だと思った。
 しかし、防弾チョッキを着込んだうえ、血のり袋まで仕込まれていた。
 隙を見せたのは、誘いの罠だと気づいて後悔した時。
 やっぱり、一目置くべき存在だと思った。
 藍に脱衣を強要しようとした彼。
 本気で言っているとは、思えなかった。
――では、なぜ、そう思った? 
「脱いで」という言葉。
 狂ったような言動。
 それでも、彼が本気で『プログラム』に乗っているとは信じられなかった。
 深層心理では、そう思っていた。
――じゃぁ、どうして?
 どうして、血痕のついた制服を見た時、彼を攻撃した。
 避けてくれると信じていたから。
『プログラム』に乗っているなら殺しても構わないと思ったから。
 それとも、私自身、自分の知らないところで「私は半田君を殺せない」と悟っていたから。
 なんだか、頭の中に2人の自分がいるようだ。
『プログラム』に乗っていると確信している自分と、乗らないと信じている自分が。
 そして、どうやら、さっきの戦闘の時は、前者の自分の方が強かったらしい。
 今でも、『プログラム』に乗っているのか、いないのか、はっきりしない彼。
 次に出会ったら、どうするのだろう?
 攻撃してくるのだろうか?
 攻撃を仕掛けるのだろうか?
 藍は、彼を信じるのだろうか?
 分からない。
 そもそも、もう一度、会えるのだろうか。
――私、千野君よりも、半田君と決着をつけたがっているのかな。
 自問自答。
 千野直正(男子11番)との決着。
「20歳以下、市内王者決定戦」
 武術家としての想いから戦いを望んだ。
 半田彰(男子15番)との決着。
 さっきの仕返しをしたい?
 日頃の態度が許せない?
――いったい、何のために。
 自分の気持ちの源が、分からない。
 確かなことは、半田彰という少年には、全力で臨んでも勝てないかもしれないということだけだ。
 後は、何が起こるのか想像もつかない。

「なな」
 藍の声。
「なに?」
 顔を上げる。
「これから、私たちどうなるのかな?」
 不安そうな表情。
 大抵の人なら、この表情の意味を
――彼女は『プログラム』に巻き込まれた自分がどうなってしまうか不安なのだ。
 こう片付けて、彼女のことを分かったつもりなるだろう。
――違う!
 ななは知っている。
 彼女が、不安そうな、悲しそうな表情をするのは、自分のためにではないことを。
 友人が、家族が、悲しそうな顔をしている時、一緒になって悩んだり、泣いたりできる娘だ。
――そのクセ、自分が辛い時には、まったく顔に出さないのよね。
 友人を2年半ばっかりやっているが、本当の意味での『SOS』を感じ取ってあげられるまでには至っていないのが実情だ。
 その意味では、彼女は自分にとって彰の次に謎めいた存在なのかもしれない。
――私は、そんな藍のことが大好きなのだ。
口に出して言うと、嫌な顔をされるかもしれないけれど「護ってあげたい」と思えるのだ。
 妹みたいなものなかだろうか?
――でも、みみや茜ちゃんのことを同じようには思うわないし。まぁ、みみは生意気だし、茜ちゃんはしっかり者だから、違うのかもしれないけど。
 自分の3つ下の妹、藍の同じく3つ下の妹の顔が頭をよぎる。
 彼女たちを悲しませないためにも、なんとか生きてここを出ないと。もう1度、心を引き締めた。
――なんだか、話がそれてしまったけれど、とにかく、彼女が不安そうな原因は、彼女自身以外にあるのだ。
 思い当たる節があった。
「中村君のこと?」
 小さくうなずく。
 中村達夫(塩見一中3年3組男子13番)、彼女の幼なじみだ。
 彼女が、彼に告白されたことは聞いていた――まだ、返事をできずにいることも。
「せめて、外と連絡が取れればいいのにね」
 泣きそうな顔。
 自分が悩んでいたことが馬鹿らしくなる。
 千野君にしろ、半田君にしろ、この中で会える可能性は、十分に残されているのだ。
 真意はどうあれ、彰は「もう1度、戦いたい」と宣言して行った。
 藍と達夫はどうだろうか?
 達夫は、とても優しかった。
「何年でも待つ」
と言った。
「ゆっくり考えよう」
 藍も、そう考えている――と聞いていた、本人から。
 急に、ほぼ0になってしまったのだ。
 考える時間も、返事をできる可能性も。
 返事をもらえないまま、告白がこんな理不尽な理由で踏みにじられるとしたら、彼は、これからどんな気持ちで生きて行くのだろう――まさか、1校から2クラスは選ばれたりしないはずよ。
 ゆっくり考えたらYESだったかもしれない答え。
 新しい恋をすることは裏切りと思うかもしれない。
 そう思う時、彼女の心は締め付けられるのだろう。
 優勝すれば、ここから出られる。
 彼とも会える。だが、
 そうするには、彼女は優しすぎるのだ。
 優しすぎる彼女だからこそ、彼は好きなのだとしたら。
『プログラム』の生き残りとなった彼女のことを好きであり続けるのだろうか。
 突破口は見えない。ただ、
――このまま、藍を死なせたりはしない。
 悲しみを背負い、後悔の念を抱かせたまま、死なせたりはしない。
 だから、言った。
「大丈夫、野村君たちや皆田君たちなら『プログラム』のシステムなんて簡単に壊してくれるわ。みんなで脱出できるように頑張ろう」
 まったく確信はなかったのだけれど、彼女を勇気付けたかった。
「うん」
 彼女は、笑ってくれた。
 よかったと思うと同時に、申し訳なくも思った。
 笑ってくれたことには安心したが、無理に笑ってくれているのではないかという気がしたのだ。

 少し気が楽になったなな。
 何気なく、空を見上げた。
――ドン!
 瞬間、心が締め付けられるような感覚に襲われた。
 何とも言い難い、邪悪な何かが迫ってくるような感じだ。
 正体を探るべく、辺りを注意深く見回す。
 先ほどまでと変わらない風景が広がる視界の中、光が見えた。
 そして、すぐに消える。
 太陽光が、何かに反射しているようだ。
――なにかしら。
 と、もう1度、光った。
――マズイ!!
 光の正体に気づく。
「伏せて」
 叫ぶ――そして、跳ぶ。
『ドゥン』
 さっきまで、座っていた場所の地面が跳ねた。
 何のせいで跳ねたのか?
――銃弾のせいに決まっているでしょう!
 2人分のデイパック、それに、私物の入ったバックの計3つを担ぐ。
「こっち」
 藍の手を引き走り出す。
――藍は殺させない、絶対に!

   §

「さすがは、桃井さん。簡単には、殺らせてくれないな」
 F7の山中、新たな脅威が動き出した。

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