BRR(BATTLE ROYALE REQUIEM)
第2部
〜 真実の神戸 〜


 

27 「炎の抵抗」

『パラララララ……』
 目の前、根岸美里(女子14番)に支給された首輪探知機が砕けた。
 倒した机の陰に飛び込む、同時に、
 小野田麻由(女子3番)は、痛みを感じた。
――なに?
 自分の体を見る。
――えっ?
 太ももの下あたりから血が溢れ出ていた。
 自分の体なのに、自分の体ではないような、とても非現実的な感じ。
『タタタタタ……』
『パン、パン』
『パラララララ……』
 辺りを飛び交う銃弾。
 とても近くのはずなのに、何だか、とても遠く。
 いや、位置だけではなく、時空さえも、次元さえも違うのではないか。
 そんな感覚。
 意識が遠のいていく。
『タン、タン』
『パラララララ……』
 それが、再び訪れた痛みに呼び戻された。
 いつもより、ずいぶんと狭い視界の中、左肘の上あたりの制服が朱に染まっていた。
――私、死ぬ、のかな?
 夢の中で考えているような、フワフワした気持ち。
 現実でも、空想でもない。
――何が、起こっているの。
 無理やりに顔を上げた。
 端のほうに暗幕がかかっているような画面の中、千田蘭(女子10番)が、拳銃の引き金を引いている。
――蘭ちゃん。どうして、映画なんかに出ているの?
 その向こう側には、白井由(女子7番)の姿も、
――由まで、そうして?
 撃ち合っている相手の方へと目を遣る。
 長身で、がっちりした体格、学ラン姿の少年がいた。
 ガラス張りの――とっくの昔に銃弾によって砕かれた扉、その破片を越え、本棚の陰に身を隠す。
 彼を狙ったと思われる銃弾が蔵書を貫く。
 少しして、顔を出した彼の手には、拳銃が握られていた。
 引き金が引かれる。
 スローモーションのように、ゆっくりと銃弾が迫って来る。
 左肩への衝撃。
「あぁああっ!」
 尻餅をついてしまった。
『タタタタタ……』
 新たな痛みによって、意識が覚醒した。
 耳に音が戻る。
 同時に、今、自分たちが置かれている状況が思い出された。
――戦闘実験第68番『プログラム』
 私たちは、攻撃されている。
 この殺し合いのゲームに乗った奴に。
 さっき見た相手の特徴を思い出す。
 長身で、がっちりした体格の男子で、
――間違いない。
 そして何より、わずかに見えた横顔、それは1人のクラスメイトと一致した。
「野村君」
「えっ!?」
 隣にいた美里が驚きの声を上げた。
「本当に、野村君なの?」
 1つ向こう側に倒してあった机の陰から、瀬川絵里香(女子9番)の少し上ずった問いかけ。
「うん、私、見たから」
 そう答えたところで気づいた、自分がかなりの重傷を負っていることに。
 左半身をはしる激痛。
 左肘と左肩の痛み、左手は使い物になりそうにない。
 いや、その前に、左太ももの傷、立ち上がるのも難しいかもしれない。
「大丈夫!」
 今、気付いたように――その通りに、今、気づいたのだろうけれど――美里が叫ぶ。
「どうしたの?」
 絵里香の声。
「どうしよう、麻由ちゃんが撃たれちゃった」
 迷子の子どもが「どうしよう、お母さんとはぐれちゃった」というような口調。
「由、蘭、少しだけお願い。くい止めて」
 2人が、銃を連射する。
 相手の動きを牽制してくれている間に、絵里香がこちらへと移ってくる。
――やめて!
 机と机の間は何もない。そこを通る間は、無防備になってしまう。
 自分のせいで、彼女に怪我なんてして欲しくなかった。
 彼女は、こちらの机の陰に到着すると同時に撃った。
 今度は、彼女が由と蘭の弾込めの時間を稼ぐために。
「大丈夫?」
 無理にうなずく――心配はさせたくなかった。
 野中遥(女子15番)は、何も言わない。いや、声を出せないのだろう――涙が止まらないせいで。
「絵里香」
 何とか、助けられないの? という目で絵里香を見る美里。
――どうしようもない。
 自分の体のことは、自分が一番よく分かるというヤツだ――ドラマでありがちなシーンは作り物だと思っていた。
――でも、意外にリアルなものだったのね。
 そんな思いに浸っている時間はなかった。
「突破されるわ!」
 由が叫ぶ。
「もう、一番手前の本棚まで来ているわ」
 悲鳴に近い蘭の声。
 もう自分はダメだ。
――じゃぁ、せめて。
「せめて、みんなを護りたい」
「麻由」
 絵里香の優しい声――意図を全て察してくれたようだ。
「行って」
 本当は、もっともっと言いたいことはあったのだけれども、時間も、話す体力も残されてはいなかった。
「由、蘭、脱出するわよ」
 美里と遥の手を引く絵里香。
 机づたいに、入り口へと進んでいく。
 由と蘭が、援護射撃をしている気がした――が、よく分からない。
 もう耳がダメになってきているのかも知れない。
 それはともかくとして、絵里香たちの姿がカウンターの向こう側へと消えるのを見とめた。
 最後の力を振り絞る。
 陰から顔を出すと、黒っぽい箱のような物を抱えた野村君が、本棚の陰から飛び出して来たところだった。
 絵里香たちが脱出しようとすることは、予測していたようだ。
 しかし、ここに自分が残されていることは予想していなかったようで、カウンターへと意識を集中させ、こちらの方向はがら空になっていた。
 火炎放射器のホースの先を野村君へと向けた。
 殺すためではない。
――絵里香を、みんなを護るために。
 レバーを握りしめた。
 勢いよく炎が噴出される。
 炎は、本棚の蔵書に、保管してあった過去何年分かの新聞や雑誌の山に燃え広がり、たちまち大きな炎へと成長していく。
 彼はどうなっただろう。
 もう目は、ほとんど見えない。
 絵里香たちを追っていった気配はなかった――と思う。
 いや、そう信じたい。
――館長さん、ごめんなさい。
 図書館と、それに、貴重な蔵書を燃やしてしまった。
――でも、許してくれますよね。
 だって、人の命よりも大切なものなんてないって言うじゃあないですか。
 そして、あなたにもありますよね。
 自分の命より、大切な命。
――私には、あります。
 あの日、帰宅部で、小学校の頃から内気で、友だちなんていなかった私に話しかけてくれた。
 絵里香、由、みんな、そして、寛子。
――私は、みんなを護りました。そのために図書館を燃やしてしまいました。野村君を殺してしまったかもしれません。それでも、分かってくれ……。
 そこで、麻由は全ての感覚を失った。

   §

 煙の吹き上がる図書館の中から、1人の少年が姿を現した。
 肩には、コルト9mmSMGを担ぎ、右手にはS&W M39――麻由にとどめを刺した拳銃を持っていた。
 彼は、何事もなかったように、制服についたすすを掃うと走り出した。
 残り5匹の獲物を狩るために。

                         <1人退場:残り37人>


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