BRR(BATTLE ROYALE REQUIEM)
第2部
〜 真実の神戸 〜
28 「スペシャルアイテムII」
B6エリア、バス会社の社屋付近。
藤枝善也(男子16番)は、体の震えを抑えられずにいた。
ここに向かってくる途中、B7エリアで見たもの。
それは、女子生徒の亡骸だったのだ。
一瞬、捨てられたマネキンかと思った――いや、そうであればいいと願った。
だが、近づいてみると、それは変わり果てた姿のクラスメイトに間違いなかった。
「澄井さん、かな」
同行している池田元(男子2番)が力なく呟いた。
「辺りには、誰もいないみたいだ」
北沢勇矢(男子6番)は、肩から善也の支給武器であるショットガン――ベネリM1スーパーを下げている。
「将、なのかな?」
野村将(男子14番)を何とか振り切った3人は、バス会社の寮付近に差し掛かかっていた。
全身に銃弾を浴びている様子の愛美。しかも、右の肘から下は原形をとどめていない。
「マシンガンだろ、でなきゃ、こんなにはならない」
「確かに、拳銃とか、ショットガンだと、こうはならないよな。でも、マシンガンが1丁とは限らない。それに、将に撃たれた時の銃声と、2時間くらい前に聞こえた銃声、少し違った気がするぜ」
この場でも、冷静な勇矢が信じられない。
――そういえば、勇矢の目指している海外リーグって。
少し前に見た海外スポーツの特番――と、いっても放送内容は友好国の映像に限られるが――で見た大英帝国のフーリガンを思い出した。
マナーが悪く、時にひどく暴れることもある過激なサポーターだ。
自分のチームの本拠地での声援の裏返しである、相手チームへの激しいブーイング。
スポーツは国と国、あるいは街と街の威信を賭けた戦いともいわれる。
その中に身を置くには、このくらいの精神力が必要なのかもしれない。
ただ、戦いといっても、こんなクソな戦闘実験とは大違いの、最高に華やかで、熱く、爽快なものなのだが。
海外リーグで活躍するサッカープレーヤー北沢勇矢、天才スイマー藤枝善也、スナイパー池田元でオリンピックに出られたら――残念ながら弓道はないので、元には射撃かアーチェリーあたりをやってもらう。
不意に、そんな思考が沸いてきた。
そして、同級生たちがインタビューを受けるのだ。
もちろん、中里大作(男子15番)や高川裕雄(男子10番)は野球で、千野直正(男子11番)と桃井なな(女子19番)は柔道かテコンドーあたりで出場し、インタビュアーは放送部の瀬川絵里香(女子10番)が担当する。
――おっと、解説の藤枝さん、テニス部の小川さんやバスケット部の皆田さんたちを忘れていませんか? 高川君より出場できる可能性は高いと思いますが。
どこからともなく聞こえた――気がした声に苦笑させられる。
――そんなに上手く行くはずがない。
――十分、承知しているさ。夢なんだよ、夢見て何が悪い。みんなの夢が叶うことを願って。
だが、もうその一角は崩れている。夢の中では、メジャーデビューして、応援歌を歌うはずだった澄井愛美(女子8番)と部坂昇(男子17番)は、もういない――そういえば、音楽好き3人組の最後の1人、
――そうだよ、もう最後の1人なんだよ、クソッ!
田尾繁(男子9番)は、どうしたのだろうか。
3人一緒のところを襲われて、昇1人がやられ、また襲われて、愛美がやられたのだろうか――分からない。
まぁ、そんなことはどうだってよかった。
それよりも、目の前の人生最悪の眺めの方が問題だった。
錆びた鉄のような臭いに、思考を断ち切られ現実に呼び戻された。
――誰がこんなことを、誰が!
怒りがこみ上げる。目からは涙は出ないけれど、心は泣いていた。
意を決して、しゃがみ込む。
「何をするんだ?」
元が、面食らったように呟いた。
手を伸ばすと、血だまりの中心ある澄井の体に触れる。
――せめて、安らかに。
開いたままだった目を閉じてやった。
立ち上がり、手を合わせた――誰も合図したわけでもないのに、示し合わせたように、3人同時に。
「こっちだ」
勇矢が、手招きした。
社屋の隣、バスの車庫――バス用だけに、一般車用のものの数倍もある。
その前に立ち止まる。
「この辺りなんだけどな」
手に持った紙に目を落とす勇矢。
元も、隣から覗き込む。
朝になるまで、勇矢は自分の支給武器はないと――彼の言葉を借りると「ハズレ」だと思い込んでいた。
しかし、夜が明けてから、ありがたい政府支給のパンで朝食を摂ろうとした時、ディパックの内ポケットに折りたたまれた紙が入っていることに気づいたのだ。
開いてみると、それは地図で、更に別の内ポケットには、鍵が入っていた。
地図の指し示す場所へ行って鍵を開けると、支給武器が手に入る。
――政府も、また手の込んだことをしてくれる。それとも、ディパックに入らないほどの大きさの支給武器だというのだろうか。
考えるよりも、目的地に向かう方が早い――行動しない限りには、どうにもならいない。
というわけで、ここまでやって来たのだ。
「ここに、鍵穴があるよ」
車庫のシャッターの右下辺り、ごく最近――『プログラム』の実施が決まってから、取り付けられたと思われる目新しい装置が目に入った。その証拠に雨露で汚れた様子がない。
「罠かもしれないよ」
政府ならやりかねない。
それによって命を落とした人を見た人に、誰かが『プログラム』に乗っていると思い込ませるために。
「大丈夫だ。俺は北沢勇矢だぜ」
聞き返そうとした時、ある噂話を思い出した。
政府の高官たちが『プログラム』において、競馬のような賭け事『トトカルチョ』を行っているというヤツだ。
事実なら『ファンタジスタ』北沢勇矢には、多くの票が集まっているはずだ。
罠なんかで退場させることはないに違いない。
勇矢が鍵を差し込む。と、
「何だ!」
元が、声を上げた。
慌てて振り向く。
すると、背後の、ちょうど、ちょうど、本部の方向から黒々とした煙が上がっていた。
それも、2箇所から――一方は、小野田麻由(女子3番)の火炎放射器によって燃えている図書館、もう一方は、香川圭(男子4番)の投げた火炎瓶のよって燃え上がった枯れ葉から山火事が起こっていたものだ。
すでに故人である2人がマシンガンから仲間を必死に護ろうとした、最後の抵抗の証であるのだが、善也たちには知る由もない。
「本部が、燃えているのかな」
元が、小さな希望を口にする。
「どうかな。それに、これくらいの火事で脱出できるなら、とっくの昔に『プログラム』なんてもの崩壊しているさ。脱出者が続出してな」
「それは、そうかもしれないけど」
勇矢の言葉に、元は俯いてしまう。
「だけど、派手な戦闘になっているのは確かだな」
空を見上げる勇矢。
2人の話だと、将はサブマシンガンの他に拳銃も持っていたらしい。
更に、勇矢の言うとおりに銃声が違ったとしたら、最低でも2丁のサブマシンガンが出回っていることになる――しかも、所有者は2人とも殺る気だ。
この分だと、ショットガンも自分たちのもの1丁だけではない可能性が高いだろう。
その他、拳銃が多数。
――クソ政府さん、支給武器に強力な物、多すぎじゃあ、ありませんか。
当たり武器がであれば、優勝出来るかもしれないという誘惑に駆られて『プログラム』に乗ってしまう可能性も高まる。
どこまで、人間の心理を悪用すれば気が済むのだろう――この『プログラム』というヤツは。
――それでも。
「それでも、ささやかな抵抗くらいはしてみたくないか」
「そうだな」
「うん」
元が、うなずく。
勇矢は、鍵を時計回りに回す。
音をたてながらシャッターが開いていく。
姿を現した支給武器。
「これなら、このスペシャルアイテムなら、将を止められる」
勇矢の言葉に、大きくうなずいた。
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